サイアスの千日物語 百四十三日目 その七十三
その後も暫し武芸に酒に音楽にと歓談に
花を咲かせた一同だが、ここは異形の棲まう
荒野の只中。今は大規模作戦の真っ最中である。
流石にこれ以上は宜しからずとて、一向は
本アイーダ作戦の目的地であるオアシスへと
向かうべく気持ちを切り替え南面した。
午前11時30分。まだ主力軍の到着には
先んじる事ができそうであった。
まずは露払いとてラーズと抜刀隊5番隊。
次いでサイアスとローディスが追う形で
動き始めたその途端、
「あ、そうだ」
とサイアスが馬足を止めた。
優れた将であり武人であり、かつ軍師でもある
サイアスの思惑ともなればただ事ではないと
皆一斉に足をとめそちらを見やる。
するとサイアスは
「ベリルにお土産を約束していたんだ」
と続けて馬首を翻し、付近を物色し始めた。
サイアスは、単騎殿となるべく下がる際に
ベリルにそう約束したのだと傍らに語り掛け、
語り掛けられたローディスは大いに慌てた。
「ムッ、ベリルに土産だと?
ならば『できあがり』の立派な
角や翼は…… 燃やしてしまったな……」
岩だらけ、土くれだらけの不毛極まるこの辺で
目ぼしい土産といえば、まずは戦利品としての
異形の欠片である。
人より強大な異形の皮革や爪牙などは
衣服や武具、装飾品の素材として
抜群の価値を有していた。
一際大振りな上位眷属「できあがり」の
立派な角や翼であれば、さぞ素晴らしい
装備装飾と成り得るだろう。
だがそのできあがりは一際派手に調理され
魔剣ベルゼビュートがお召し上がりだ。
いまやすっかり跡形もない。
これではベリルに合わす顔が無い、と
やってもぅた感満載で額を押さえる
赤おじ様な剣聖閣下であった。
「大柄なできそこない2体分のは……
どっちも首が吹き飛んでるわ残りは
踏み付けでグチャグチャだわで、
ちぃと話にならんぜ」
酷ぇ有様だ、とラーズは肩を竦めた。
流石にあの状況で素材化を踏まえて
行動する余裕なぞサイアスにはなかった。
逆説的に、平素ふらりと荒野を散歩し
多量の素材を持ち帰ってみせるマナサらの
技量の凄まじさが伺い知れるというものだった。
「むむ、どうしたものか」
子煩悩げな剣聖閣下と共に
すっかり途方に暮れる兵団長閣下。
親馬鹿振りなら負けてはいなかった。
「岩場の連中は数のみ多い
小物でしたので……」
何に対してかと明言はせぬものの
とにかく困ったと嘆く5番隊組長シモン。
一同はガン首揃えて途方に暮れたものだが、
すぐに
「あっ、あちらに健全な屍が」
と抜刀隊の一人が指差し駆け寄ったその先には。
やたらと馬鹿でかい一本の、腕が転がっていた。
サイアスをカチ上げ着地したところを
ラーズの魔弾で狙撃・切断され、怒り狂って
ブン回した折に背後から脅されて勢いよく
ブン投げられ。
それゆえに魔剣の一閃にて燃え尽きずそのまま
残っていた、それは、できあがりの右腕だった。
「……おぃ」
随分とドスの利いた声で
報告した隊士に声を掛ける剣聖閣下。
「ハッ」
「9歳のいたいけな少女がだ。
身の丈より遥かに馬鹿デカい
化け物の大腕を貰って喜ぶとでも」
「あっ、いや、それは……」
お師匠様のジト目を受け、直弟子で
内弟子な隊士はそれは大いにうろたえた。
だが。
「案外喜ぶかも?」
「マジかよ!」
サイアスの物言いに全力で突っ込むラーズ。
他の隊士が、シモンが、剣聖閣下でさえもが
呆気に取られた。
もっともサイアスは一向に気にせず。
「とりあえず他に無い事だし、これにしよう」
サイアスは一人納得して頷くと
抜刀隊士ら向け、すぃと左手を差し伸べた。
隊士らは顔を見合わせ激しく動揺しつつも
唯々諾々と上位眷属「できあがり」の
半オッピ強はある鉄柱の如き巨腕を担ぎあげた。
その様にニコリとして
「ではオアシスへ向かおう」
とのたまう兵団長閣下。
おぅと応じヨッハと声も軽やかに
神輿か山車か何かの如くオアシスを目指す
ヤバみ溢れる抜刀隊5番隊。
続く組長シモンは全力でドン引きしていたが
こっちはこっちで紫の返り血滴る佳い女
状態なため、ヤヴァさ加減ではまったく
引けを取ってはいなかった。
盛大に首を傾げるラーズやローディスと
轡を並べ、至極ご機嫌のサイアスは
こうして緩やかにオアシスへと歩みだした。
サイアスらがオアシスへと到着したのは
午前11時40分の事。既に野戦陣の設営は
かなり進んでいた。
シュタイナー率いる予備隊から測量結果を得た
アトリアは、サイアスの意図を最大限に汲んで
ヴァルキュリユルの到着地点を野戦陣設営の
基点に選んだ。
中央城砦とオアシスを結ぶ線分のうち最も
城砦寄りとなるのはオアシスの北部から北西部。
よってここを中心に据えれば退却戦が最も
スムースに進むだろうとの判断であった。
ヴァルキュリユル本隊の構成員数150余の
うち工兵50名は輜重車両の大半と共に同地に
残留し、残りは設営作業の初動が済み次第
城砦へと引き返す事となる。
サイアスが本隊から切り離し動かした隠密の
うち1名はオアシスへと先行し、シュタイナー
ら予備隊がサイアスの意向通りに先行しての
測量を引き受けた事を、オアシス到着前の
本体へと報じていた。
これを受けアトリアはオアシス入りして直ぐ、
測量の謝礼としての意味合いを示唆する形で
残留する工兵50名の指揮代行をシュタイナー
へと依頼し、残る工兵50名をその補助に回した。
シュタイナーは機微を完全に理解し快諾した。
そして予備隊ともども発奮せしめ、3隊で成果を
競い合うようにして適宜施工を開始させ監督。
サイアスらが到着するその前にかなりの進捗を
実現する事で、度重なる厚意への返礼と成した。
お陰でサイアスらがオアシス入りする頃には、
野戦陣の外壁は既に完成しつつあったのだった。
「抜群の手際だな」
オアシス入りした剣聖ローディスは
そうした一切の状況を即座に理解し
クツクツと実に楽しげであった。
「シュタイナー様は文武の司として
理想的な才覚をお持ちのようです」
とサイアス。
「それはお前、あのオッピの部下だからな。
副長ともども胃薬の欠かせぬ暮らしだろう」
と笑うローディス。
「何の。胃も鍛えれば良いのです。
剣聖閣下、そしてサイアス卿。
ご無事の来着、まさに祝着至極にて」
出迎えたシュタイナーは朗らかに返じ敬礼した。




