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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十三日目 その七十二

「『できあがり』か……」


ローディスは誰にともなく呟いた。

自然に下ろした右手には魔剣。


剣身が荒野の大地に注ぐ紅蓮の輝きも

今はすっかり小降りに落ち着き、赤に

染まる世界は随分と小さくなっていた。


魔剣はさっさと鞘に戻せとでも言いたげに

あくびするが如くに明滅する。平素ローディス

当人の語るように、相当な気分屋のようだ。


もっとも最低限、食事の礼程度に

返事はしたらしく、


「ほぅ、育てているのか」


とローディスは再び呟いた。


「数が減るのは結構な事だが。

 痛し痒しといったところだな」


ローディスはついと右手を持ち上げざま

くるりと魔剣を翻し逆手に持ち変えて

左手で鞘を支え迎えにやった。


魔剣は我が意を得たりとばかりにするすると

鞘へと滑り込み、ほどなく再びの微睡まどろみへ。


こうして荒野の大地には元の色味が還ってきた。





魔剣が荒野を朱に染めるうちは

けして寄るまいと遠巻きであったラーズは


「剣聖閣下、お手数をお掛けしました」


と声を掛け駆け寄った。


「そうかしこまるな。

 お互い様だ、礼には及ばん」


ローディスは下馬し敬礼しようとする

ラーズを制止し、背後からひょいと鼻先を

突き出した自身の愛馬の鞍上へと。


「良い折に仕掛けてくれた。

 逃げられていたら大事だった」


魔剣が荒れて、とまでは言わず。


「ハハ、そいつぁ良かった」


ラーズは言外に察して苦笑した。



「剣聖閣下! ラーズ!」



そこに空から声が降って来た。


軽快に跳ねて駆け下りるように

サイアスとシヴァは高度を落とす。


ローディスとラーズは宙を下る人馬の

足元に岩なりの傾斜が在るような錯覚を

得つつ地上への到着を見守った。





「閣下、感謝の念に堪えませぬ。

 ラーズもありがとう。抜刀隊は?」


先刻までの修羅場の気配を微塵も感じさせず、

穏やかな微笑すら湛えてサイアスは問うた。



「シモンが引き継いでくれたぜ。

 御礼に酒を贈ると約束したんだが」


「銘酒『歌姫』がまだあったはずだ。

 閣下と5番隊に1本ずつ貰って頂こう」


「おぉ、これは儲けたな」



三者は三様に笑んでみせた。


 

「何の、正直なところ飛んだ後の事は

 まるで考えておりませんでしたので

 救援は本当に助かりました」



サイアスとしては、謎を解いた褒美として

奸智公爵が異形らを引き揚げさせる可能性は

高いと踏んではいた。


だがそれはサイアスの希望的観測に過ぎず、

実際に地上の脅威を排除してのけたのは

間違いなく剣聖ローディスと魔弾のラーズだ。



「魔剣が随分と騒いだものでな。

 流石に2体だとは思わなかったが

 とまれ無事でいてくれて嬉しいぞ」



ローディスは目を細め

もの柔らかい表情で頷いた。


聞けばローディスはサイアスと3体の邂逅時点

から遠眼鏡で成り行きをうかがっていたために、

ラーズ以上にハラハラし通しだったらしい。



「有り難きお言葉。

 ご心配をお掛けしました。

 それより先刻の剣技は……」



一頻ひとしきり礼を述べるサイアス。もっとも

興味の中心は自身の安否ではなく。


先刻できあがりを屠ったローディスの

剣技が気になって仕方ないらしい。

剣士の性分とでも言うべきか。

ラーズもまた同様のようだ。



「見ていたか。

 お前の伯父の得意技だ」



そんなサイアスらにローディスは

クツクツと笑って答えた。


これに納得した風に頷くサイアス。



「故郷を発つ前日に、伯父に見せて貰った

 ものとよく似ていました。その技に

 名前はあるのですか?」


「うむ。『せん』という。

 アイツが『閃剣』と呼ばれる所以だ」





そして剣聖剣技3種とは剣の師であった

グラドゥスより教わった内容をさらに

無数の実戦で昇華させ、エッセンスのみ

抽出し表裏に分けたものだ、という

言わば剣聖剣技の「裏」を教えた。


そのため先刻の技はグラドゥスと、彼に

直接習ったローディスにしか使えないのだと。


直弟子集団たる抜刀隊のうちでは、剣聖剣技

3種の表裏を全て習得したミツルギのみが

近い解釈の技を使うのだ、とも語った。


要は『奥義』だという事だ。



「剣聖剣技とは勘所を纏めたものだ。

 そして複数の勘所を会得したものは

 自らのうちでそれを磨き、昇華させて

 己独自の技を生む。


 ベオルクの使う『レクイエム』

 ミツルギの使う『円月』などがそうだ。


『旋』と『断』の表裏を得たお前にも

 ゆくゆくは新たな技を編み出して貰いたい。

 構えの方は既に一つ手に入れたようだがな」

 

かつてローディスは、サイアスの剣術技能が

「ガーダント」の習得により6に到達すると

見做していた。今はその境地よりさらに一段上

に在る。ローディスはそう観て満足げに頷いた。



「ハハッ」



威儀を正して返ずるサイアス。


どうやらサイアス独自の流儀となる

異種二刀流での「真のガーダント」に

ついても、しかと見られていたようだ。


すぐに苦笑し、再び三者は揃って三様に笑った。





「随分楽しそうな会話をしておられますね。

 是非我らも混ぜていただきましょう」


そこに東の方より抜刀隊5番隊が現れた。

10人全て揃っており、装束や装備に痛みは

見えるが五体満足のようだ。


「シモンか。

 お前たちもよくやってくれた」


とローディス。


「何の。閣下(・・)らの戦振りを拝見した後では

 到底誇る気などにはなれませぬ」


とシモンはやんわり微笑んだ。


抜刀隊士は皆城砦兵士長以上の階級にある。

そして兵士長以上の者は、大抵備品として

遠眼鏡を携行している。要は当地での3名の

戦い振りを抜かりなく堪能済みだという事だ。



「クク、どいつもこいつも食えぬな……

 まぁ互いに背中を守り合う仲だ。

 技を隠しあって得るものなど無い。


 飛び切りの美酒を頂戴できるという話もある。

 遠からず酒宴を開き存分に語り合うとしよう」



「まぁ、それは宜しゅう御座いますな。

 お師様。是非笛をお聴かせくださいませ」


とシモン。やや表情が引き攣っていた。


「私も聴きたいです」


これにはサイアスも即座に賛同。



我も我も、と声があがった。

真意としては笛を聴きたいというよりも

歌を聴きたくないのだと、そういう事らしい。

皆そこはかとなく命懸けで懇願していた。



「クックック、そこまでせがまれては

 悪い気はせん。俺も練習しておこう」



ローディスはすっかり上機嫌となった。

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