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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
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サイアスの千日物語 百四十三日目 その七十一

哀しいほどに済み渡る秋空のまさにその最中で

有史以来初となる、人と魔軍の将官同士による

「会談」が執り行われた少し前。


現場の直下たるオアシス近郊の東手より

自身が預かる小隊を離れ、主君サイアスに

加勢すべく疾駆するサイアス小隊三人衆が一人

「魔弾」のラーズは、これまでの戦場経験で

ついぞ聞いた事のない恐るべき咆哮を耳にした。


荒野の不整地と言えど馬の背は高く、また

ラーズは魔力の影響もありズバ抜けて目が良い。

お陰で数十オッピと進まぬうちに、咆哮の主たる

異形の捕捉に成功していた。


かつては馴染みの陸生眷属「できそこない」

であったのだろう残滓は随所に感じられるが、

到底同定できぬ規模と迫力だ。


異形の誇る余りの威容にラーズは血相を変えた。

無論身に迫る危機への恐怖からではなかった。



――ありゃ幾ら大将でも無理だ。

  どう見てもオッピ級じゃねぇか。



栄えある第一戦隊長を車両か船舶の単位

の如く扱いつつ、ラーズはさらに現場を詳察。

見れば両者の近場には、特大のできそこない

の首無し死体が概ね2つ分転がっていた。



――既に戦闘中か。一刻の猶予も無ぇ。



距離およそ120。魔弾には手頃な距離感だ。

不整地ゆえ上下動の激しい軍馬グラニートの

鞍上で狙撃のタイミングを計るラーズは

直ぐに舌打ちする羽目となった。


轟然と、そして粛然と。さも当然のように

両者が互いに向け突進を開始したからだ。


これでは撃てない。射た矢には飛翔し到達

するまでの時間が掛かる。複雑に機動し軌道を

変じる魔弾なら尚更だ。端的に言って、魔弾は

遅攻の類なのだ。


そしてラーズには遠間の敵を間断なく、

閃光の如く射抜く技を持たなかった。

それができる神箭手しんせんしゅはこの世に唯一人。

第三戦隊長クラニール・ブークその人のみだ。


正面切って殺到する両者の距離は瞬く間に

詰まる。そしてサイアスは敵の頭上に在った。


ひゅぅ、と口笛になり損ねた溜息を付くラーズ。

すぐに再び慌てだした。異形の巨躯がサイアス

を担いだまま、上空目指して飛び立ったからだ。



――くそ、まるで展開が読めん!



予測が立たねば魔弾が使えぬ。

緻密な計算あっての技なのだ。


ラーズは苛立ちつつ一旦落とした

馬足を速め、なおも西へとひた駆けた。





一方。


怒り狂うできあがりによって派手に上空へと

打ち上げられたサイアスとシヴァは、足場の

状態を窺って視線を下方へと向けていた。


高度が上がるにつれ眼下の視界は広がりゆく。

お陰でサイアスは直ぐに東より駆け来る

ラーズの存在にも気付いた。


この時点でサイアスは、ラーズを隠し弾

として用いる事を思い付いていたのであった。





小賢しくふざけた事に自身を踏み台とし、

あまつさえ突きまた刻んだ人の子を

遥か高みへと打ち上げた後。


できあがりは半ば墜落するような勢いで

元居た大地へと落着した。


ズゥン、と足場を砕き砂塵を上げ、

着地の衝撃を押し殺すべく暫し硬直した

上位眷属できあがり。


右肩に受けた繚星の斬撃は想像以上に深手。

そしてどこまでも精緻であり、骨と骨との狭間

を切り裂き肩と腕との連結を断たんとしていた。

さらに腕ももげよとの無理な扱いが祟って、

豪腕は半ば以上千切れ掛けていた。



骨自体が断たれた訳ではない。件の刃に

斬られた部位が最早元に戻らぬのだとしても、

繋ぎ合わせて使えるようにはできよう。

ただし再生に三月は掛かろうか。



そんな所見を抱いたできあがりが、押さえた

傷口から左手を放し、代わりに右肘辺りを掴んで

割けた肩口を強引に押し付け繋げようと目論んだ、

その刹那。



ドザザンッッ!!



と白刃が閃いた。





南面するできあがりの巨躯の前後から。

そして地表から掬い上げるように下方から。


人の手首から伸ばした中指の先までの刃渡り

を持つ短剣、それに近似した刃渡りを持つ

やじりを有する、それは3本の征矢そやだった。



3本の征矢は庇う左手の失せた右肩の傷口を

正鵠に、そして冷酷に捉えた。複雑怪奇な

軌道を取って三方から飛来したその征矢は

肩と腕のなけなしの繋がりを完全に絶った。



衝撃、激痛。そして絶叫。

千切れた右の豪腕を棍棒の如くに振り回し

猛り狂って襲撃者を探すできあがりはすぐに

左方、すなわち東手の遠からぬ位置に

卑劣なる下手人を見つけた。


姑息にも不意撃ちをくれた下手人は

何と逃げも隠れもすることなく、今は

上空へと矢をつがえ狙いを定めているではないか。


愚弄、完全なる愚弄。

先の人馬に関しては荒神の命があった。

ゆえに耐え難きを耐えて忍んだがこれは別だ。


激昂と狂乱の極みとなった上位眷属

できあがりは、その巨躯を東へと向けて

一気に飛び掛ろうとして



ぞわり。



と総身を怖気立たせた。





背後。西手に。


何かが居る。


途轍もなく恐ろしい何か。


それが、西手に、居る。



そう理解したできあがりは、丸太より野太い

首筋がチリチリと痛むのを感じ、もどかしく

動かぬ巨躯を懸命に背後へと、西へと

向けようともがいていた。



西の方からは一騎の人馬が迫っていた。

前後不覚になるほどの恐ろしい何かは馬上の

人影、その腰辺りよりひたひたと溢れていた。



できあがりはただ呆然と、半ば以上木偶(でく)

化して人馬の接近を甘受していた。


と、残り10オッピ程となった頃、

馬上の人影が不意に飛び立った。


実際は馬が急に歩みを止めて騎者のみが前方

へと飛び流れたものだが、できあがりには

真紅と白銀の鎧を纏いコートをはためかせる

その様からまるで目を逸らす事ができず。


ただ敬虔かつ厳粛な信徒の心地を以て

微動だにできず来着を待ち受けた。



そう、これは神。荒野に在りて世を統べる

彼らの崇め奉る荒神の御成りに他ならぬ。

できあがりは遂に自らの抱く恐怖を超えた

恐怖の正体を理解した。



「弟子たちが世話になったようだ」



真紅を纏う人影は腰の剣を抜いた。

鞘走る剣身は斜陽の紅に世界を染めゆき

不毛に満ちた荒野の大地は一面の紅葉に

包まれたが如く朱に、赤に真紅に染まり

煌きを増して、



そして剣身は紅蓮の炎を纏った。



「供物となるべき栄誉をやろう」



すぅ、と剣聖の手に沿って、

魔剣が、その刃が宙を泳ぐ。



ついと棚引き右八双。

大上段を経て左八双。



火の鳥が舞い遊ぶが如く紅蓮の輝きは

緩やかに踊り、そしてどっと大気をいだ。


魔剣の刃、その輝きは甲高い声で啼き

飛翔する眩き鳳凰へと化生した如くに

大形の異形、その威容目掛けて

閃光と剣風をほとばしらせた。


こうして奸魔軍の第二機動中隊を率いた

上位眷属、できあがりは、この世に在った

跡形もなく、めらめらと輝き燃え尽きた。

1オッピ≒4メートル

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