表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1025/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その七十

中央城砦の在る高台よりも1オッピは低い

オアシス近郊の大地より上方凡そ30オッピ。


中央城砦本城の頭頂部よりなお高い

上空で、サイアスと異形は対峙していた。


平素サイアスが飛行する際には高度制限が

設けられていた。城砦騎士団戦闘員1400名

のうち、曲りなりにも空を飛べるのはサイアス

唯一人。それも数分間の事でしかない。


孤立の危険性、そして地上への戻りを

鑑みて、高く飛ぶ事は厳に戒められていた。


そも羽牙の飛行高度が3から4オッピ。

城砦外郭防壁ギリギリの高さである。


ゆえにサイアスへは5から6オッピを限度に

せよと、今一人飛翔し得る者。そして異形ら

以上に自在に空を行き来できる参謀長から

申し付けられており、サイアスはそれを

厳格に遵守していた。


その事を、奸智公爵と奸魔軍は知っていた。

ゆえに本来の飛行高度に5倍する高さにまで

釣り上げて、慌てて戻ろうとするところを

さらに上空から。退路の死守戦でサイアスが

見せたように、日輪を背に死角から襲う。


それがこの、かつては四枚羽と呼ばれた

異形の担う役どころであった。





だがサイアスはそうした奸智公爵の意図に

気付く事ができた。クリームヒルトの命で

放たれた征矢の群れのきらめきが、貪瓏男爵戦で

自身が企図した反射板による戦術。


すなわち闇夜をつんざく「ヒカリ」で貪瓏男爵を

苛立たせ、同時に「ノチアメアラレ」を最前線

の騎士隊に報せたあの策を想起させたのだ。


こうしてサイアスは奸智公からの謎掛けを

見事看破し、天空にて奇襲を目論む異形へと

逆に先制してみせたのだった。



「キサマヲ、クシザシニ

 デキヌノハ、ザンネンダガ」



巨大な獅子の頭部そのものである異形は

厳かに語った。その声はあきれるほど

威厳ある人の声に似ていた。



「ヨイミセモノダッタ。

 ココハ、ミノガシテヤルト、シヨウ」



地上における百獣の王たる頭部は

風に棚引く豪壮なるたてがみの狭間で

空の王者たる荒鷲の翼を多数はばたかせ

そう告げた。



翼なく制限のあるサイアスと多数の翼を有し

自在に飛べるこの異形とではこの状況下、

空中戦において余りに勝手が違い過ぎる。


さらに未だ異形はサイアスより高みにある。

高度を速度に変換して戦う空中戦において

上空の有利は絶対であり、アーグレによる

先制の一撃が不首尾に終わった以上、

サイアスとシヴァに勝ち目は乏しかった。


何となればただ上空を維持し睨み合っている

だけで、サイアスは飛行時間の限界を迎え墜落

するのだ。一言で言えば、カモとネギだった。


そうした圧倒的に有利な状況を放棄して、

ここは見逃してやるという。無論異形の意思

ではなく、異形を操る奸智公爵からの心遣い

という事なのだろう。これに対してサイアスは



「使い走り風情が随分と調子に乗る。

 身の程を教えてやるから掛かって来い」



と平素の挙措からは在り得ぬほどに

実に挑発的な応答を成した。





ほぼ1拍。濃密過ぎる殺気が大気に溢れ、

その後殺気の中心たる異形は口を開いた。



「……ククク、ナルホドナ」



異形は獅子の顔で笑った。

どう見ても威嚇いかくにしか見えぬが

心地としては愉快げに笑っていた。



「コノゴニ、オヨンデ

 ナオ、オトリト、ナルカ」



言うが早いか腕を振り上げ手にした

稲妻に似た剣状の欠片を翻す。



ゴッ、ガンッ、ガァンッッ!!



それぞれ別個の軌道を取って飛来した

3本の征矢が稲妻の剣によって打ち払われた。


異形と対峙するサイアスとシヴァ。

これらを結ぶ線分を地表へ下ろした先、すなわち

異形の死角から、遂に現場へと到着したラーズが

サイアスを目隠しとして魔弾による狙撃を

おこなったのだ。


矢弾の数には限りがある。

そして奇襲は気付かれていた。

ラーズは不首尾を悟り狙撃を中断。


残る矢はサイアスの上空からの撤退を

支援するのに使う。そういう肚積もりだ。


「気付いたのか。

 食えない奴だ」


先刻までの勢いはどこへやら、

小さく肩を竦めるサイアス。


「キサマニ、イワレタクハ、ナイゾ」


さらに笑ったつもりの顔を作る異形。





「キサマトノ、ケッチャクハ

 グンヲヒキイタ、イクサデツケル」


異形は厳粛な面持ちとなりそう語った。

互いに軍勢を率いる将同士、決着は

大戦の勝敗に託すとの事だ。


そこには破壊への衝動と殺戮さつりくへの愉悦、

さらには捕食への渇望すらも無かった。



「サァ、ワガシュノ、キガ

 カワラヌウチニ、ウセヨ」



異形と言えど一廉ひとかどの将。かつて

四枚羽と呼ばれたその獅子はそう告げた。

だがその一方で



「それだけでは足りないな。

 良い見世物だったのだろう?

 なら相応の見料を払って頂こう」



と、およそ正気と思えぬ強気のサイアス。

強気と言うより歌姫としての矜持きょうじか。


これに対し異形は暫し思案した後



「……カミハトキヲモタヌ」



と述べた。



「……ッ」



サイアスがその言葉の真意を得ようと

思案に気を取られた一瞬を利して

異形は5枚の翼で一気に羽ばたいた。


突如の爆風にサイアスとシヴァは

下方かつ後方へと押しやられた。



「デハ、サラバダ」



異形はそう言い残すと東へと。

大湿原上空を目指し飛び去った。

1オッピ≒4メートル

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ