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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1021/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その六十六

城砦騎士団では近接戦闘における時の流れを

拍と瞬という2単位で分析する。1拍は4秒

であり20瞬と規定されていた。


そして3秒目と4秒目の狭間。すなわち

直撃間際の5瞬における突然の突撃。


企図としては疾駆より丁度1拍目、すなわち

4秒目の訪れと同時にサイアスへと襲い掛かる

見積もりであった、2体の大柄なできそこない。


彼らはそれまで棒立ちであったサイアスと

シヴァの突然の突撃によって、自らが脳裏に

思い描いていた攻撃の「完成形のイメージ」

を狂わされた。


地上の陽光、金色のシヴァの疾駆は余りに鋭く、

2体が詰まった距離を鑑み姿勢を調整し早めに

攻め手を繰り出すべく身を起こそうと、突進に

制動をかけたその時には既に眼前に在った。


シヴァは文字通り1瞬を以て、襲い来る2体

の眼前へと逆に飛び込んだのだ、そして2瞬目

には既に肢体を左方へと振って2体のうち

左の固体へと首を向けていた。


そしてこれに遅れる事1瞬。すなわち3瞬目に

鞭の如くしなるくろがねがほとばしり、

およそ在り得ぬ破裂音が発生した。



パパァアンッ!!



破裂音は2つ連なっていた。


名馬シヴァの圧倒的な膂力と敏捷、そして

サイアスの技量が繰り出す剣聖剣技「旋」が

剣の如く撓る螺旋の柄を持つ鉄槍アーグレの

穂先を躍らせたのだ。


助走たる疾駆に続く相手の「実の攻め手」。

その挙動が生じる、まさにその出掛かりを潰す。


剣術、否戦術の高等技法「先の先」。

これを乱戦時の狭所を正鵠に捕らえて

螺旋の膂力で刺突と斬撃両方の性質を持つ

一撃を放つ奥義「旋」を、2度繰り出す。


一言で言えば、完全に格が違っていた。


そして2体はそうした格差を

理解する機会を永遠に失った。


4瞬目。2体の上体の中央上方に確かに在った

それぞれの頭部はどこぞへと吹き飛んでいた。


在るべきものを失った残る胴体は不安定で

不恰好な台座と化して、首の残滓から

篝火かがりびの如き紫の血飛沫を上げ始めていた。


こうして戦力指数6と通常の固体に倍する強さ

を有したできそこない2体は、名馬シヴァと

兵団長サイアスによる人馬一体の一挙二閃を

以て、まとめて文字通り瞬殺された。





瞬時に2体を屠ったサイアスとシヴァだが、

余韻に耽るような事はなかった。いやそも、

残心する余裕すらありはしなかった。


両の首を飛ばしたその直後、シヴァは

両の胴から遠ざかるように斜め左方へと

横っ飛びに退いた。


突如首無しの胴のうち右側の胸部が張り裂けた。

裂けて生じた空隙からは巨大な貫手ぬきてが生えた。


貫手とは手指を切っ先や穂先の如く

ピタリと揃えて敵を串刺す徒手の技である。


肉と骨でできた人の貫手では

貫けるものなどたかが知れている。


だが強大な異形の体躯と鉤爪が在れば

それは破城槌にも匹敵する破壊力と成る。


現にできあがりの放つ飛び込みざまの貫手は

大柄なできそこないの胴を貫通するどころか

引き裂いて、直前までサイアスとシヴァの

占めていた空間を殲断せんだんしていた。


首無しの肉壁が無かったならばどれほどの

速度、そして威力であった事か。逆に言えば

できあがりの奇襲を予見していたサイアスらに

とっては、それらのお陰でこの貫手の回避は

容易な部類であった。



だが、これは欺瞞ぎまんなのだ。

敢えて判る速度の一撃を見せ、

続く一撃の必殺を招く、そのための欺瞞。



右方の首無し胴を貫いて繰り出された貫手は

すぐに拳へと返じて奥へと引き戻され、

間髪入れず左方から突風が吹き荒れた。


貫手を引き下げる動きそのものが、

その突風と同時な補助動作であった。


ゴバァッッ!!


左方の首無し胴の上部、燃え盛る紫の篝火

の如き血飛沫が轟音と共に掻き消えた。


できあがりの放った巨木の如き左の回し蹴りが

突風を伴って袈裟に迸って鞍上のサイアスを

薙ぎ払いにきたのだ。





サイアスは貫手の時点で既にこれを読んでいた。

もっとも読みを遥かに上回る速度と威風で

できあがりの蹴りは飛来して、読みきった

上でも回避は際どく、サイアスは左方へと

駆けるシヴァの鞍上に突っ伏していた。


そして。


サイアスとシヴァが奇襲の貫手を。

さらには必殺の蹴りをも回避してのける

であろう事を、できあがりは予測していた。


豪快にぶん回す左の回し蹴りそのままに

巨躯を左旋回させたできあがり。その後方

からは大蛇の如き野太い漆黒の尾が撓っていた。


端から3撃1組だったのだ。


つまり貫手も、貫手を囮とした回し蹴りも

尾による3撃目のための布石であったのだ。



ゴヒュンッッ!!



大気を切り裂き巨大な鞭と化したできあがりの

尾撃がサイアスとシヴァの側面を襲い、



ガァアアンッッ!!



と弾き飛ばされた。





左に回る身体に合わせ、尾を追うようにして

左に振り返ったできあがりは瞠目した。


できあがりの放った荒れ狂う大蛇の如き尾撃は、

サイアスが振り上げた蛇の女王の名を持つ鉄槍、

アーグレによって打ち払われていた。


回し蹴りをかわすサイアスの見せた鞍上に

突っ伏す挙動は果たして、手にしたアーグレを

首無し胴を利してできあがりの視界から隠し、

馬体の下方を大きく振り子のように振って

盛大に撓らせて尾撃を弾くための、

予備動作であったのだ。



できあがりの貫手がそうであったように、

サイアスは続くアーグレの切り上げのために

敢えて鞍上に突っ伏していたのだ。


実の所順序は逆で、突っ伏した挙動を結果的に

アーグレの切り上げに活かしたとした方が

より精確になるだろう。


ともあれサイアスは端からできあがりによる

1組3撃を読みきっていた。その上で全ての

挙動をおこなっていた。そういうことだ。



2体を囮に奇襲して、どれも必殺の一撃を3度。

それらはどれも独立した「強撃」であり、かつ

連続連動した「連撃」でもあった。


そうであるにもかかわらず。

完全に看破されものの見事にかわされた。

それも、自身より遥か格下の相手に、だ。


尾撃を打ち払ったまま一気に駆けて距離を取り、

されど逃げる事なく振り返って再びアーグレを

構え、穂先を定めるサイアスとシヴァ。


怒りもなく、恐怖もなく。動揺もない。

人馬はただ静かに、只管ひたすら静かに佇んでいた。



ゆっくり巨躯を翻し、再び人馬と対面し

一幅の絵画の如くその様を眺める上位眷属

できあがり。その胸中には沸々と戦の愉悦が

沸き起こり、その口からは知らず哄笑が溢れた。

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