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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1016/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その六十一

かつて城砦騎士団の誇る騎士や兵士を

数千名屠った恐るべき魔が存在した。


一度目の顕現は「血の宴」と言われる。

一夜にして平原西方諸国を灰燼かいじんに帰せしめた

魔軍のうちに「業火の嵐」を巻き起こす

恐るべき魔が在ったと伝わっている。


この伝承は多分に黒竜伝説とも重複するため

真偽については議論の余地がある。だが実際

そう(・・)であったなら、億の民をも屠ったろう。



次の顕現は連合軍100万の荒野侵攻作戦

「退魔の楔」における現在中央城砦の在る

高台を制圧する大会戦においてだ。


この時現れたこの魔は数十万を焼き尽くし、結果

「退魔の大軍」の総司令官たる初代連合軍師長

ユーツィヒ・ウィヌム連合辺境伯をはじめ、

多くの将兵が帰らぬ人となった。


3度目の顕現は城砦暦40年代。西方諸国連合国中

序列1位。要でもあった帝政トリクティアによる

提供義務の拒否もあり、戦力の不安定であった

中央城砦は陥落し城砦騎士団は壊滅した。

生存者1名。それが現参謀長セラエノだ。



4度目の顕現は城砦暦60年代。事前に

顕現の周期が読めていたため対策はあった。

この魔は強すぎて周囲との連携が取れず、

他の魔も眷属もすべて焼き尽くす。


よって囮を用いて業火の嵐を魔軍中枢に誘導、

その殲滅に用い、後はひたすら防壁で凌ぐ手

を採った。この時囮を買って出たのはかの

初代第一戦隊長ガラールと彼の率いる

第一戦隊総員300名であった。


この際判明した事は、この魔は業火の嵐で

多量の敵を一薙ぎに屠るとそれで満足して

帰って行くということだ。


お陰でこの時の宴はガラールらと魔軍の

壊乱を切っ掛けに一夜のみで終息した。





90年代初頭、五度目の顕現ではさらに

戦術が整備されていた。前回同様囮を用いるが

加えて別働軍をも用意して、一頻り暴れた末に

去り往く魔を即刻追尾し寝入りと同時に襲う

というものである。


前回同様第一戦隊総員400名が囮を務め

第二戦隊総員300名が追討を行なった。

この魔は余りに強く敵を殲滅して寝入るが故に

警戒心が薄かった。そのため追尾とねぐら襲撃の

過程で当時の二戦隊長をはじめ半数近い死傷者

を出すも、ついに討ち取る事に成功した。


討ち取ったのは第二戦隊独立強襲中隊。

またの名を「紅蓮の愚連隊」だ。


隊長は史上最年少の城砦騎士ローディス。

副官に若手筆頭騎士「閃剣せんけん」のグラドゥス。

グラドゥスの義弟、トリクティアの英雄

ライナスやフェルモリアの剣豪ベオルク等

錚々(そうそう)たる顔ぶれが含まれていた。



とまれこうした経緯を以て、人類最大の敵の

一柱と目されていた大いなる荒神は討たれた。

推定戦力指数166。諡号しごう「紅蓮の大公」。

名をベルゼビュート。


再び高次の概念へと戻り損ね、遂に討たれた

大魔ベルゼビュートは、自らを貫く鉄片に

己が全てを宿す事とした。


星の欠片を取り込んで、当代一の名工インクス

が鍛えに鍛えたその剣は、新たなベルゼビュート

の依り代となった。


こうして世に魔剣ベルゼビュートが誕生し、

新たな第二戦隊長ローディスは剣聖と成った。




つまるところ魔剣とは、通例無数の屍をその

依り代として顕現する高次の概念存在たる魔が

鉄塊たる剣を不可逆的な依り代とした姿である。


依り代とした屍から概念への昇華を邪魔され

瀕死の状態で剣へと逃げ込んだ魔には、最早

残滓程度の力しかない。


だが残滓といっても元が元だ。

単独にして戦力指数16.6を有する。

その上意志を持ち「生きている」のだ。


元より魔は異形を自侭に操り軍勢とも

成さしめる文字通り「魔力」を有している。


これが剣と成った自らの主に向かわぬはずも

なく、魔剣は依り代の依り代とでも言うべき

所持者の精神を侵し自侭に操ろうと画策する。


魔剣の所有者は自らの魔力と精神力を以て

魔剣に対し抗せねばならない。負ければ

魔剣の命ずるままに人と異形の区別なく

ただ殺戮してまわる人形と化す。


そう、魔人とでも呼ぶべき存在に

なってしまうのだ。



魔剣は平素は鞘の内で眠る。そしてふとした

折にそれとなく主の精神に忍び入り、これを

巧みに自侭に操る。


一度魔剣の主となった者は常住坐臥じょうじゅうざが、いつ

何時と言えど気が抜けぬ。それでは堪らぬ

のでまずもって魔剣を屈服させねばならぬ。


ベテラン城砦騎士並みの戦力指数を有する

魔剣は、短時間であれば自力で宙を舞い

敵を斬り捨てる程度の事はやってのける。


なのでまずは自身の腰、その鞘にて眠らせ

大人しく佩かせしめる、そこが既に戦いだ。


その上勝手にするりと抜け暴れる一方で

気が乗らねば鞘から出てこない。無理やり

引っこ抜いても暴れまわってまともに振らせて

くれぬ上、隙あらば味方に斬り掛かろうとする。


その上恐ろしく嫉妬深く、他の剣を用いようと

すると怒り狂って喚き散らし頭が割れそうに

なるのだとか。


まったくもって暴れ馬どころではない。

こうした余人には想像も形容もし難い壮絶な

せめぎ合いの末、魔剣使いは魔剣を用いる

のであった。





史上魔剣は2振りしか存在しない。

だが意志を持つ武具や魔法生物の類は

それなりの数が知られている。


騎士団ではそうした存在を飼いならし自侭に

操る技能を最も難度の高い魔剣に合わせ、

「魔剣技能」と総称していた。


第四戦隊副長であり「魔剣の主」とも呼ばれる

魔剣使いベオルクは、この「魔剣技能」が

10と最高値に達していた。


かつて「冷厳公」と呼ばれ「紅蓮の大公」共々

無数の将兵を屠ってきた「フルーレティ」は

今やベオルクの忠実な僕となっており、平素

より何くれとなく力を貸しているとの事。


一方剣聖ローディスは魔剣の扱いにおいては

ベオルクに劣る。技能値としては7であった。


技能値7とは名人の域であり、ローディスは

かつて紅蓮の大公であった、かのベルゼビュート

を自身の腰の鞘で落ち着かせ己が意のままに

振るうところまでは達成していた。


ただしローディスはベルゼビュートの意志

そのものを屈服させたわけではなかった。


よって明確に敵対こそせぬものの、

ベルゼビュートは未だ自侭に振舞う

余地を有していた。


そうして先刻はローディス当人すら気付かぬ

うちに極自然に挙措を操って自身に触れさせ、

語り掛けたのだ。


無論ローディスのためにではない。

魔剣ベルゼビュート自身のために。





ベルゼビュートはこう語っていた。

久々に、喰いでのある大物が来る。

もうすぐそこまで迫っている、と。


これがいわゆる「魔剣の報せ」だ。

要は腹が減ったと騒いでいるのだ。


だが、それでも十分役には立った。

この戦、この戦場、この状況において。


大物の異形が誇るべき威容を押し隠し

放つべき威風を押し殺してまで密やかに

迫り襲わんとする理由。その目標は唯一人。


当節公爵級として知られる、かの大魔。

「奸智公爵」の飛び切りのお気に入り。


独立機動大隊ヴァルキュリユル大隊長。

城砦騎士団兵団長にして第三戦隊長代行。

西方諸国連合準爵、騎士団領ラインドルフ領主。


サイアス・ラインドルフに違いなかった。

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