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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1015/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その六十

――あれから11年経ったか――


オアシスへ向かう馬の背に揺られ、

ローディスはかつての夜を思い出していた。


――まだ将に成りきれてはいなかった――


鞍の上下動にラメラーの小札こざねが揺れ

しゃなりと鳴る。仄かな追い風が時折吹いて

銀の髪をなびかせていた。



先代の戦死を受けて第二戦隊長を継いでより

1年とは経って居なかった。それまでは

己が身の事にしか気を回さぬ生き物であった。

それでも小隊や中隊は問題なく回っていた。


いや、回っていたというよりも。

とにかくふざけた副官の尻拭いをしている

うちに回させられていた、というべきか。


文句と溜息に溺れつつあれこれ仕方なく

やっていた事が、結果それなりに隊の

ためになっていた。


だからと言って「俺が育てた」などと

言われると、すこぶる頭に来てしまう。

あの野郎、まったくふざけやがって。


副官で目付けでその上師匠。

とんだ目の上のたんこぶだが、そんな

あいつが俺に教えてくれたのは悪事だけだ。


そのうち最たる悪事とは、剣にて敵を屠る業。





楽しかったのは間違いない。

あの頃は毎日が熱病のようだった。

だが、それもやがては終わった。


普段はどんな厄介事も丸投げし

悪事には必ず巻き込むくせをして。


あの時だけは一人で殿しんがりになった。


300の配下を一息に200も失って

自棄やけに成っていたあの時の俺では、

足手まといだったのかも知れぬ。


手にした魔剣に振り回されてもいた。

あぁ、確かに足手まといだったな……



結局あいつは生き延びた。

瀕死の重傷と引き換えに。そして

悪党の中の悪党が騎士の中の騎士に成った。


まったく良い格好をして、美味しい所だけ

持って行く。お陰でこっちは一生分の借り

まで出来た。返し見返すにはせめて

この手であの魔を



「討たねばな……」


「何をだ」



傍らで顎に手を当てて愉快げにこちらを覗く

騎士団長チェルニーに、ローディスは苦笑し

短く応えた。



「魔だ」


因縁いんねんの相手か」



どうやら心中を読まれたらしい。

コイツも中々に悪党の類だ。





「次の顕現は何時になる」


はっきりと視界に入ったオアシスを眺め

チェルニーはざっくばらんにそう問うた。


騎士団長と第二戦隊長という兵団内の役職を

除けば、騎士会の序列でも年齢でもあらゆる

点でローディスの方が格上ではあるのだが、

元々王族たるチェルニーは誰に対しても

この調子だ。


もっとも目下に対しても常にこの調子

なのは、王族にしては珍しいと言えた。



参謀長セラエノは来年辺りだと言っていたな」



至極自然にローディスは応えた。

互いにかしずかれる事の方が多い。

直言できる関係は貴重であった。



「成る程。引退試合の相手にする気か」



とにかく遠慮斟酌えんりょしんしゃくというものをしない。

ズケズケとチェルニーはそう問うた。


この男は誰に対してもこうだ。無論女に

対しても。だから参謀部の軍師衆に大層

不評なのではあるが、こと連中に関しては

お互い様と言うべきか。



「フフ、どうかな…… まぁその後が

 消化試合なのは間違いなかろう」



ローディスは涼しげな笑みを浮かべ

徐々に大きくなるオアシスを見た。


剣聖ローディスは参謀部が集計し公表する

「城砦何でもランキング」のイケメン部門で

かのサイアスに次ぐ2位である。


その涼しげな笑みとくれば周囲の女性兵士

としては色めき立たずには居れぬのだが、

それをやるとそれは恐ろしい女騎士2名に

にらまれてしまう。


来る者は拒まず、厄介事は関知せず。

この方針でのらりくらりとやって来た結果、

壮絶な争奪戦の末恋愛蟲毒(こどく)坩堝るつぼに残った

最強の毒虫もとい女傑が件の2名だ。


お陰で平素ローディスに言い寄る者は

その2名を除き皆無であった。


もっとも当の剣聖閣下はその2名をずっと

袖にし続けている。理由を知る者は古参に

数名、それきりだった。





「デレクらはどうだ?」


ローディスがチェルニーに問うた。



「本隊の南200辺りで適宜

 小勢を蹴散らしているようだ。


 東手までは流石に手が回らんようだが、

 その分をサイにゃんが引き取る意図

 なのだろうな」



チェルニーはオアシスの北方で

見えぬ消えぬする車列に目を細めた。



「随分甘やかしてくれるものだ。

『城砦の姉』くらいには敬わねばなるまい」



とローディス。



「矢張りアイツは一刻も早く副団長に

 すべきだぞ。いっそ騎士団長でもいい。


 王族でなければどうのと

 つまらん理由でゴネるヤツは潰せ」



とチェルニー。



「それは今後のお前の仕事だな」


「チッ、薮蛇か……」



舌打ちするチェルニーに目のみで笑んで

ローディスは左腰に佩くただ一つの武器、

魔剣ベルゼビュートの柄頭ポメルに手を置いた。


それは何気ない、極自然な動作ではあった。

だが、実のところ。それは魔剣によって

強いられた挙措であった。


魔剣は平素鞘のうちで眠る。

そして某か主張が在れば、こうして

自身に触れさせるのだ。


ベオルクのように魔剣と完全な疎通を持つ

訳ではないローディスにとり、そうした

形で魔剣は語りかけるのであった。


「……チェルニー」


ローディスの真紅の眼差しは

遥か北東を見据えていた。


「敵か」


短く応じる騎士団長チェルニー。


聡いヤツだと内心苦笑しつつ



「魔剣の報せだ。

 暫し隊を離れるぞ」



ローディスは自身の副官たる二戦隊副長

ファーレンハイトを呼んで後を任すよう

言い残し、単騎北東へと駆けた。

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