付録・番外編「孤独の城砦グルメ飯」 一章「ヴァルハラ飯」その5
カウンター、そしてホプロンの列は奥へと続く。
第一関門を突破した位置から見るに概ね10。
そう、先には10が連なっていた。
ヴァルハラ飯とスイーツ飯の基幹セットを
得たホプロンの空白な区画はあと6つ。
続く4つのカウンターでは、それぞれ
4区画分の両飯の共通メニューが
盛り付けられる様だ。
8分の2を占めた穀物主体の食品群に続く
8分の4とは第一戦隊員の主食。肉である。
いや間違いではない。第一戦隊員の主食は肉。
彼らは肉食動物だ。それで何ら間違いはない。
大抵の人が穀物を主食と成すのはそれが最も
効率が良いからだ。膨大な量を安定して生産
できる穀物は家畜等より得られる肉より安い。
その上、生命を挙動せしめる要素。
ウィスまたはエネルゲンと呼ばれる要素を最も
多く有している。主食たるに足る性能なのだ。
よって肉や野菜は穀物を彩る形で摂取し、
生活環境が豊かであればあるほど副次と
されていた肉や野菜の分量が増えていく。
そういう傾向があった。
だが人界より隔絶した異形の棲家で重甲冑を
纏いその暴威を身体で止める第一戦隊員にとり
何より必要なのは膂力であり、膂力に最も強く
関わるのは筋肉である。
そも予備隊を除く第一戦隊員の採用条件は
膂力体力15以上。大抵の場合結果的に
体格も15に近い値となっている。
いったいに「強い」装備は大きく重い。
これを小さく軽く作るには飛びぬけた素材と
技術が必要となるため量産には向かない。
つまり中央城砦の防衛主軍たる第一戦隊の
制式装備群はどれもべらぼうに重いのだ。
元々荒野の城砦製の装備は平原のそれより
倍近い重みと厚みがあるものだが、そうした
城砦騎士団制式品よりさらに分厚く重いのが
第一戦隊制式品だ。
呼称に重剣、重盾と態々断りを入れるくらいだ。
その重さは推して知るべしであろう。
とまれそうした重装備群を纏い挙動する彼らに
とって、膂力は何よりも重要なもの。膂力は
筋力のみならず重心移動といったコツも多分に
含むが、コツは飽く迄もコツである。
果実でいえば種であり、むしゃぶり付くべき
果肉ではないのだ。よって肉。だから肉。
すなわち肉が要るのでありゆえに肉を
喰らうのだ。
断っておくが筆者は別に肉信者ではない。
飽く迄彼らの心情を代弁しているだけである。
さらに申さば筋繊維を形成するのは蛋白質で
あって肉そのものではない。大豆をはじめ
植物性蛋白質でも十分補完し得るし多量に
摂れる。また摂取において最も重要なのは
バランスであって動物と植物それぞれに由来
するものを共に摂取するのが望ましい。
その上で彼らは肉を尊ぶ。
つまり彼らのいう「肉」とは牛肉も豚肉も
果肉も葉肉も統べて含む総合的なキーワード
でありフィロソフィなのだ。
彼らは肉において選り好みしない。
ビーフステーキでもチキンナゲットでも大豆
ハンバーグでもマンゴーラッシーでも、肉に
まつわるものならば何でも愛す。
これは伝説の初代第一戦隊長ガラールが
成した「ありとあらゆる筋肉を愛す」の
筋肉愛宣言に由来する。
興味のある向きはそちらを参照されたい。
筆者は胸焼けがしてきたので遠慮したい。
とまれ暫くはヴァルハラ飯もスイーツ飯も
ない、共通のメニューが乗っかっていく。
最初はレタスの葉を皿代わり敷いたその上に
ゴロリとした肉団子と玉葱、人参のピーマン等
が織り成す炒め物へ甘酢あんかけをしたものだ。
透明感あるレタスの薄葉を舞台として
茶の肉、金色の玉葱に赤の人参そして濃緑の
ピーマンが甘酢の艶でテラテラと照り輝き湯気
を立てるその様にはただただ心躍る他はない。
さらにオプションでパイン乗せの有無を選択
できるようだ。ここでこれを掘り下げると
一話終わってしまうため詳細には触れない。
だが軍師として、パインに含まれる酵素は
肉食の際有益に働くとだけは言及しておこう。
そう、一言で言えば、これは酢豚だ。
だが肉団子の素材が豚か否かは定かではない。
城砦で提供される肉の大部分はそういうものだ。
元の形をしていない。これらの大半は合成品
なのだから。
第一戦隊員は一日あたりおよそ羊1頭分の肉を
喰らうという。それが600名。非戦闘員を
含めれば900近い数おり、戦闘員と非戦闘員
の別なく彼らは同じ分量を食らう。
彼らの場合戦闘員か非戦闘員かは単に
向き不向き程度の意味合いであった。
つまりは毎日900頭。いかに平原が広大で
膨大な生産量を誇ると言えど、平原より隔絶
した荒野の只中、陸の孤島たる中央城砦に
日々これだけ大量の肉を供給する事は不可能だ。
よって動物系の肉は大抵の場合合成肉となる。
製法としては平原から輸送した干し肉を刻んで
戻し大豆や卵等で繋いで再加工したものだ。
つまり彼らが愛して已まぬ肉は既にして
ハイブリッドなオールインワンなのであった。
こうした合成肉は特定の形状を有さぬため
如何様な形をも取り得る。ゆえに肉団子や
ハンバーグなどが多くでる。
一方で純粋な生ものの肉も出る。これは大抵の
場合お高く付くためスペシャルメニュー扱いだ。
先の筋肉舞踏際の景品がそうであったように。
ただ、トーラナ近郊での屯田が開始された
昨今においては、細切れ細肉程度であれば
そうした生肉が盛り込まれる事もあるそうだ。
それが第一戦隊制式酢豚「躍動の春風」の
対面に位置する緑と大地の「色濃き夏風」だ。
味と臭いにややクセはあるが高い栄養素を
有するニラ。これと同様にややクセのある
内臓系の肉であるレバーらしきものを合わせ。
フェルモリア由来の数多の香辛料を巧みに
取り合わせたその上でたっぷりの油を用い
派手にジャンジャカ炒めた出来たての品だ。
口中に溢れる涎は留まる事を知らない。
続く三つ目のカウンターでは周囲を城壁宜しく
寝かせたアスパラを並べて囲んだその中に
拳3つ分はある超弩級のハンバーグを3つ。
それぞれ桜吹雪の如きカリッカリのガーリック。
深い赤みのワイン仕立てデミグラスソース。
そして柑橘系の酸味豊かな東方風下ろしポンス。
三者三様にして三位一体なる肉の奇跡。
これぞ第一戦隊員の選ぶヴァルハラ一番人気
メニュー。かの城砦風ハンバーグ「三国無双」
であった。
三国無双の対面にはこれまた大人気であり
験を担ぐとて将官に特に好まれる逸品。
一口大に整えた肉や野菜を串に刺して衣纏わせ
カラリと揚げて、薔薇の花弁の如く散りばめた
新鮮な葉物野菜の上に並べた豪華絢爛の
串カツコンボ「一期一会」だ。
その名の由来はソースは一度付けのみで
食べきるという食し方にあり。ホプロン中央に
備え付けのソースは元より他者と共有するもの
ではないが、この料理が生まれた東方諸国に
おいては共用であり、これを決して汚しては
ならぬという秩序正しさが求められていた。
命は誰しも一度きり。互いにたった一つの
命を持ち寄りそうして互い助け合い、一致団結
戦列組んで敵に臨む。仲間への思いやりを示す
要素として第一戦隊員はこれを解釈し尊び、
そして食しているのだった。
こうしてヴァルハラ飯全8区画のうち
実に4区画が恙無く埋まった。残り2区画。
この先には一体何が待ち受けるというのか。
正直この場で立ち食いしたい気持ちを抑え、
さらに先へと進むのであった。




