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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1012/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その五十八

中央城砦の在る高台から南東におよそ

1000オッピ。大湿原と南方の断崖の

狭間を走る、かつて南往路と呼ばれた狭隘きょうあい

陸路の西端より1000オッピでもある地点。


そこには周囲に広がる荒れ果て乾いた大地と

大いに様相を異にする、湿潤の沃土が在った。

規模としては直径200オッピ程の円に程近い。

姿自体は円でなく、円の上下を圧した形をかたどる。


平原であれ荒野であれ、多くの顕著地勢は

何故だか一様に東西に長い楕円をしていた。


世が世ならば学究の徒がそこに某かの理由を

見出したかも知れないが、生憎今はそういう

時代ではなかった。



ただし、もし仮に。

この世界の外側にこの世界よりも遥かに

巨大な人が居て、その人が視線の遥か彼方に

この世界を望んだとしたならば。


その視界は左右に長い楕円を象る事だろう。

人の視界は左右に長いものなのだから。


世界の内側にある者には、自身の在する

世界そのものを見渡す事ができない。

だが最も「外側」に近い高次の概念存在。

すなわち魔にとって、世界は楕円に見える

ものかも知れなかった。



とまれ荒野の只中にぽつんと在るこの沃土を

神話伝承の古い都市の名を借りて「オアシス」

と、そう呼んでいた。





地学的なオアシス発生の起源は二つ在る。

一つは泉性。一つは河跡性。


泉性とは地下水の湧出を起源とするものだ。

条件としては近隣に山脈等高地を有する事。


雪解け水などが地下に染み近隣の平地で湧き

出でたものがそれであり、周囲の地表とは

かけ離れた湿潤さとして顕れた場合を指す。


河跡性とはかつて河川の一部であったものが

歳月を経て河川そのものから取り残されて

生まれたものを指す。河川の残滓として在る

この種のものは大振りかつ円形でない事が多い。


遠くない南方にせり立つ断崖を有し、一方で

東に大湿原、西に河川跡と見られる地形を

有するこのオアシスの場合、どちらの条件

をも満たしていると言えた。


もっともサイアスとしては河川跡の線を

推していた。理由は魔軍が拠点とせぬからだ。

泉性のオアシスは近隣に高地ある限り存続し

得る可能性を有するが、河跡性は乾き消え往く

一途を辿るのみ。


人より遥かに永い時をたゆたう魔であれば

彼方の昔より荒野の姿が移ろい往くのを

眺めて見知っている事だろう。


その魔がこのオアシスをかつて在った

河川の残滓であると。そしていずれ消え往く

類のものだと見限っているからこそ、敢えて

ここを用いはせぬのだと、そうサイアスは

見做していた。


とはいえ人の生も興亡も一睡の夢の如きもの。

命短き者にならば悠久たりえぬこのオアシス

もまた、存分に活かし得る。


ゆえに可能な限り手に入れたいものだと、

そうサイアスは考えてもいた。よって此度は

ともかくゆくゆくは恒常的な拠点をと願い、

サイアスは同地の測量を強く望んでもいた。





「ここが『オアシス』か。

 狭くはないが…… ヴァルハラ2つ分か?」


第二時間区分終盤の午前11時5分。

完全に予定通り同地に着いた予備隊の指揮官、

城砦騎士シュタイナーは、いかにも第一戦隊員

らしい例えを挙げた。


元々頻回には使われていなかった南往路を

用いての物資輸送が、南西丘陵の魔軍橋頭堡

出現により完全に終了してよりはや数ヶ月。


もとより人の気配なぞ乏しかったこの

オアシスは、今や完全な静寂の中にあった。


中央にやや歪な楕円状の湖沼。規模としては

池と呼ぶのがより適当かと思われた。水の

色味はほぼ均質で、中央に向かうほど微細に

濃くなる。水深的にも池の類だ。


その周囲には潅木が生い茂る。湖と潅木の

双方を合計すればヴァルハラ2個分ほどの

面積だろうとはシュタイナーの見立てだ。


この地に駐屯用の拠点を立てるのは中々に

難しい。周囲はすべて開けている上、中央の

池が周囲を分断しているからだ。


大きく分けて池の周囲8方位。

その内どこに拠点を築くべきか。これを

本隊が着く前に適宜見定めなくてはならない。


それには早急な測量開始が最重要であり、

サイアスが先行する予備隊を頼るのも

当然の事だと頷けた。





「では手はず通り、始めてくれ」


シュタイナーは予備隊30名にそう命じた。


付近に敵影無しと確認するのにおよそ5分。

つまりは11時10分の事であった。


ハッ、と短く応じた兵士らは早速測量を開始。

結び目の多い縄や手槍にホプロン。さらには

サリットなども用いて適宜地に跡を付け線を

引きだした。


城砦騎士団の用いる制式装備群はすべて

精確な規格に則って作成されていた。


特に「オッピ」なる単位が生まれて以降は

この単位を万事最大限活かすべく、多くの

装備にオッピ立ての整数が与えられていた。


例えば騎士団制式の手槍は全長2分の1オッピ。

ホプロンは直径4分の1オッピと厳格に規格

されていたのだ。


そのため新品であれば定規や分度器同様に

扱って差し支えない精度を有しており、これに

縄目で直角を出したりサリットに張った水で

水平を出すなどして、簡易の測量をも成し

得る状態に仕上げてあった。


極めつけはスティレットと呼ばれる短剣だ。

元来は鎖帷子を刺突し貫くために生み出された

この短剣は、太い針にも似た片刃造りの剣身を

有し、片面は完全な平面となっていた。そして

そこにはびっしりと目盛りが刻まれていた。


巨漢だらけの第一戦隊にあって、予備隊は

小柄なれど芸達者が多い。彼らの手に掛かれば

予備的な測量の一つや二つは造作もないこと。


こうしてシュタイナーと予備隊はサイアスら

ヴァルキュリユルの到着する11時25分まで

に、最大限奮起励行し、オアシスの周囲8方位

のうち北西と真西、南西と真北の実に4方位の

測量を完遂したのだった。

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