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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1011/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その五十七

平原と隣接する荒野東域の全体を巻き込み

夜を跨いで展開する、此度の城砦騎士団と

西方諸国連合軍との合同作戦において。


そして城砦騎士団の企画した連続する

3つの大規模軍事展開において。


初手となる「アイーダ」作戦の

戦略目標とは魔軍の誘引であった。


黒の月、宴とその後の攻防の結果として生じた

「奸魔軍」なる第三勢力との軍事境界線。その

最前線に近侍する「オアシス」。


敵地の只中なる陸の孤島、中央城砦と

城砦の立っている高台という勢力圏を離れ、

5時間以上掛けてようやく辿り付けるその

オアシスに、およそ1400な騎士団総員

のうち実に600を一昼夜に渡り駐屯させる事。


これは軍事境界線に無視できぬ圧力を掛け、

奸魔軍を釣り出し対峙せしめるための囮なのだ。


遍く地上に生ける者共と文字通り桁違いの

戦力指数を有する荒ぶる神。本来は高次の

概念たる「魔」にとって、地上の生命とは

まず塵芥ちりあくた。稀に木端が混じる程度であり、

個ではなく数でその存在性を観る。


よって1400の4割を超える大振りな塊は

けして無視できぬのであり、アイーダ作戦は

現地に到達しさえすれば誘引としては必ず

成功する、せざるを得ぬ言わば鬼手であった。





だが。釣りだし対峙した後はどうするのか。


オアシスに駐屯する600と二日分の糧秣を

以て、これに対抗すべく奸魔軍の繰り出して

きた大挙する異形の軍勢と抗し得るのか。


答えは否である。


如何に地勢を活かし軍略を駆使し戦おうとも、

このオアシスは自勢力圏との連絡がないのだ。


オアシスとは「飛び地」なのだ。丁度

中央城砦が平原から見てそうであるように。

そして敵地の只中なこの飛び地には

未だ確たる補給路がなかった。


中央城砦が100年の長きに渡り荒野に在りて

なお健在なのは、その後方に地勢を活かし

恒常的に物資を輸送し得る兵站線を持つゆえだ。


荒野東域中央にでかでかと横たわる、異形すら

迂闊には寄れぬ大湿原と北方の河川、南方の

断崖絶壁。その狭間にある細い往路を補給路と

して利用し城砦へと人員や物資を繰り返し輸送

し得る状況を構築できているからこそなのだ。


単に強大なだけでは戦は成り立たぬ。

生き物である以上食わねば死ぬ。食わねば死ぬ

以上常に食い物を確保せねばならない。つまり

兵站とは戦闘以前の大前提であり兵站線なくば

出征は成立し得ない。使い古された言葉で言えば


腹が減っては戦はできぬ


そういう事なのだ。


高台との段差と不毛な不整地の続く荒野の

只中にぽつりと点在するオアシスと、平原や

中央城砦との間には兵站線が存在しない。


中央城砦を進発した主力軍は高台と周辺の

地勢に沿って随分大回りしてオアシスを

目指してきた。


その間小休止用の中継点を確保してきたが、

そこは小休止が済み一度進発すれば再び

もとの敵地へと立ち戻る。


言わば雪降る中で付く足跡のようなもの。

すぐにさらなる雪が覆い隠してしまうのだ。


つまり主力軍の辿った経路は補給路にならない。


さらに申さばアイーダに続き「グントラム」や

「ゼルミーラ」と残る2つの作戦を控える

騎士団に、敵地の只中を突っ切ってオアシス

までの補給路を確保し得る戦力的な余裕もない。


ゆえに輜重として同地に運ぶ都合二日分の

糧秣が尽きれば、同地の軍勢は自壊必至となる。


同地に釣り出された奸魔軍にしてみれば

オアシスを包囲しただ待つだけで良い。

数日待てば600の有する戦力は激減し

いずれはただの餌になる。


その間奸魔軍とて糧秣の問題は出るだろう。

だが異形はそもそも互いに相食む者共だ。

異形にとっては堪ったものではなかろうが、

彼らの神たる奸智公爵としては、適当に

共食いさせればそれで事足りるのだった。





要するに。敵を確実に釣り出すために出向いた

主力軍600には、端から戦闘での勝利が

存在しないのだ。敵を誘引した後は食料が

尽きる前にさっさと撤退しなければならない。


無論奸魔軍がそれを許すはずもない。

人であれ異形であれ退勢には脆い。

追い討たれれば積み木を崩す如くに

屍が雪崩れとなるだろう。


異形はそれを糧食として喰らい益々勢いづき、

主力軍は全滅をも覚悟せねばならなくなる。


よってアイーダ作戦の主力軍600は端から

撤退戦を企図して編成されていた。元来

中央城砦の防衛に用いる防衛主軍を300も

擁するのは退き戦で背後を守る盾とするためだ。


つまり工兵を100も擁するのは撤退のための

時間的余裕を稼ぐため防柵や罠を設置するため。


そして剣聖以下主攻軍が200も在るのは

退路を塞ぎ待ち受ける敵を斬り伏せ血路を

開かんがため。


さらに「戦の主」と謳われる城砦騎士団長

自ら出征に至ったのは、この困難な退却戦を

その比類なき軍才を以って最小の被害に留めて

成功させる、まさにそのためなのであった。





「当初予定していた退路は二つだ」


いつの間にやら周囲に揃っていた指揮官級、

つまりは城砦騎士らにチェルニーは言った。


既に午前11時と進発時刻に至っている。

が、気にせずチェルニーは語り続けた。



「いずれもまずは北上し高台を背負う。


 その後は往路の内側を最小半径で回る如く

 南西から北西、北東と進んで高台へと

 戻るのが一手。


 北東に流れ高台と大湿原の狭間を北上し

 火竜の支援砲撃を受けつつ二の丸目指して

 進むのが一手。


 いずれも往く手を二戦隊で崩し、後方を

 一戦隊で守りつつおこなう撤退線だ。


 西周りの手であれば北を除く三方向に敵を

 抱える事となる。最悪のケースとして

 奸魔軍の別働や増援に高台へと周り込まれる

 事も想定せねばならんだろう。


 一方東周りでは陸からの攻め手を南からのみに

 抑え得る。だが大湿原の脇を通るという事は

 羽牙共に奇襲してくれというようなものだ。


 城砦からの支援射撃はこちらにも当たり得る。

 頻用も過信も出来ぬし主力軍は弓兵に乏しい。

 少なからずつまみ食いされる覚悟は要る。


 どちらを採っても相応の損害を覚悟せねば

 ならぬ状況だ。そしてそういう状況となる

 ことが必要でもあった。


 奸魔軍に確実に食指を動かして貰うためには

 全滅の危険性をも甘受する必要があったのだ」



騎士団上層部に属する各戦隊長や作戦立案を

担当する参謀部の一部を除き、アイーダ作戦の

目的が囮であるという以上の詳細については

特に通達されてはいなかった。


そのため中隊長級となる個々の城砦騎士ら

としては、戦略目標達成後の展開は依然

不明なまま。ただでは済むまいという

漠然とした認識のみが専らであった。



「ルジヌの試算では。

 奸智公の歓待振りを問わずとも

 西周りで300。東周りで200。

 その程度の損害が出るとされていた。


 熱烈歓迎された日には

 倍を覚悟しておけという話だ。

 要は全滅もあるという事だ。


 だがそれくらいの旨みを用意せねば

 奸智公(あの女)を謀る事はできぬだろう。


 よってリスクを甘受する代わりに

 この俺自らが軍を率い、ローディスを

 供にして撤退戦向きの編成をおこなった。


 これで損害は半減させ得るだろう」



軍を率いて百戦不敗。「戦の主」たる

野戦の名手チェルニー・フェルモリアその人が

端から撤退戦を企図して編成し采配したならば。


そして戦力指数が測定不能とされ、最低でも

40は超えると見做されている剣聖ローディス

が退路の露払いをするならば。


確かに被害は随分軽減され、

半減にまで抑える事も可能であろう。



「だがアイツ(サイアス)はそれでも足りぬと。

 一兵たりとも死なすなと、そう言っている。


 だから城砦とオアシスを結ぶ最短距離を

 輜重輸送用の兵站線として確立した。


 それだけではない。単に補給路とする

 だけならば鉄城門など必要ないのだ。


 アレの言う将来の城砦三の丸の着想も

 理由の一つではあるだろう。だがそれだけ

 なら今この時に野戦陣まで築いたりはせん。


 つまりアイツは。事前の上層部による

 軍議に呼ばれず作戦立案では蚊帳の外で

 あったにも関わらず。


 本作戦の本質を看破し損耗を予見し

 事前の打ち合わせなく即興で

 奸智公を出し抜いた。


 そうして囮を務めつつ自身の権限を

 最大限活かして俺たちのための『退路』

 を用意してくれたわけだ。


 オアシスから撤退する際は城砦までの

 最短距離を戻れと。追っ手は鉄城門と

 野戦陣を以て防げと。そういう事だ。


 野戦陣での防衛に際し厄介となる羽牙は

 事前に削っておくというオマケまで

 付いている。


 ……なぁ騎士(お前)たちよ。


 年端もいかぬ新米の将に、ここまで

 甘やかされ世話を焼いて貰った上で、だ。


 伊達に年食った大人の俺たちは、一体

 何をどうすべきか。言わずとも判ろうな」

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