サイアスの千日物語 百四十三日目 その五十四
第二時間区分終盤となる午前10時50分。
オアシスへの進軍を再開したサイアス率いる
ヴァルキュリユル本隊の南方、およそ500
オッピ強となる地に予備隊は在った。
アイーダ作戦主力軍所属、予備隊。
第一戦隊の予備隊員をそのままに編成した
員数30による2小隊から成る1個中隊だ。
巨漢揃いの一戦隊に在って体格は尋常。
武装は随所に装甲を追加した白銀の
スケイルメイルに同色のサリット。
さらに手槍とホプロンを制式として
個人単位で剣や弓などを備える者も居た。
重甲冑を纏い大盾また重盾を構える同戦隊の
他の兵士らよりはまだ軽装だと言うだけで、
予備隊兵士らも十二分に重装ではあった。
もっとも彼らの兵装では異形の爪牙を完全に
防ぐ事はできない。精々致命傷を重傷に。
深手を浅手に軽減するのみだ。
とは言え異形の攻撃を喰らって一撃で沈まぬ
のはそれだけで非常の強みと言えた、技量を
尽くす余地が残るからだ。
よって予備隊は専守防衛に当たるよりは
機動・特殊任務を主体とする。此度に
おいてもそうだった。
主力軍500の先陣として進軍していた
予備隊は、進路が東に推移した辺りで
主力軍より完全に切り離されていた。
本隊の休息予定地点たる中継点へと先行し
これを本隊到着まで確保する役目を得たのだ。
「オアシス」を目指す主力軍が最後の予定
中継点へと到着するのが10時55分となる。
よってその時刻まで予備隊は同地で待機だ。
そしてこれまで同様、本隊到着に合わせ
再び進発、先行する。次に留まるのは
オアシスとなるのだろう。
その様は陽光を浴びて煌びやかに輝く
スケイルメイルと相まって、歩む人の
先へと僅かに飛び退いては振り返る
ハンミョウに似ていた。
城砦騎士団の軍制においては、3から6名で
班を成し、2から3班で小隊と成る。よって
小隊は3班18名に主副の長を加えた20名が
最大規模となり、城砦兵士長がこれを率いる。
騎士団中「兵団」構成員のみで動けるのは
基本的にここまでだ。2小隊以上から成る
中隊規模を率いるのは騎士団中「騎士会」
から派遣された城砦騎士の権能であった。
兵団長サイアスやサイアス小隊代長ディード。
同小隊副官ロイエに第一戦隊副長大隊所属の
兵士長ガーウェインが異例中の異例なだけだ。
他の現状1400名近い兵団員においては
指揮権は最大20名までと厳に規定されていた。
よって此度主力軍に参集した予備隊1個中隊
30名は規定通りに城砦騎士が率いていた。
それが第一戦隊副長大隊副官たる城砦騎士
シュタイナーだ。
シュタイナーはとにかく「普通」や
「まとも」という形容の似合う騎士だった。
城砦騎士団騎士会所属、絶対強者にして
人の世の守護者たる城砦騎士にはどこかしら
奇矯な連中が多いものだが、彼は頗る真っ当
でケレン味の類がまったく無かった。
所謂平原風の、至極普通の騎士であった。
それもそのはず。彼は平原でも騎士であった。
西方諸国連合加盟国が一、ヴェスタリアの
正騎士であり、同国の威信を背負う形で
志願兵として入砦。この辺りの事情は
第四戦隊騎兵隊のシルビアやセリカと同様だ。
とまれ小国の点数稼ぎで城砦へと回され
武運に愛され遂には絶対強者と相成った。
それがシュタイナーであった。
お陰でシュタイナーには世俗の騎士が有する
諸々の常識が通用する。破天荒な城砦騎士衆の
うちでも最も世俗のしがらみに造詣が深かった。
午前10時50分。最後の中継地点にて
待機中の予備隊は遠からぬ西方に主力軍本隊
500弱が迫るのを見て取った。
10時55分に正しくここに到着するのだろう。
予定に一分の狂いも無い進軍進捗であった。
戦地の只中で重装した500弱を長躯進ませ
なおこの精度はむしろ異常に分類され得るが、
率いるのはかの「戦の主」だ。
城砦騎士団長チェルニー・フェルモリア
その人の手勢なのだからむしろ当然とも言えた。
予備隊で同地を確保していたシュタイナーは
本隊へと伝令を派遣、所定の伝達を成した後
速やかに同地を発って東を目指した。
進軍速度は27オッピ。速歩であった。
相応に武装してなお軽やかに速歩を成し得る
辺り、予備隊もまた非凡なる才覚を有していた。
オアシスは400オッピ東に在る。道中に
さしたる障害物はなく、既にはっきりとその
存在が見て取れた。よって規定通りに15分
進軍すれば同地に至る事となる。
予定到着時刻は午前11時5分。
こちらも寸分の狂い無き仕儀であった。
と、程なく東進する予備隊の下に一人の隠密が
現れた。第二戦隊長たる剣聖ローディスの命を
受け、伝令同様予備隊の外部支援要因として
遠巻きに随行していた見知った顔であった。
「シュタイナー卿。
先刻当地より北方500オッピ地点にて
サイアス兵団長の大隊と接触。こちらを
預かって参りました」
予備隊構成員30名は徒歩だが
指揮官たるシュタイナーは騎馬であった。
隠密は苦も無くシュタイナーの軍馬に併走し
会釈一つして書状を二つ差し出した。
「ふむ、近く険しい道行をよくぞ」
ヴァルキュリユルが高台南東域に留まって
いた事や、そちらで戦闘があった事は既に
シュタイナーも知っていた。
もっともそこで何をしていたかは今初めて
明らかになった。お陰で書状を取り落とし
そうになった。
「……俄かには信じ難いな。
だが信じ難きを成すが故に
兵団長であり大隊長なのだろう」
書状には高台に築かれた拠点の規模と陣容。
そして同地での戦闘の顛末と今後の展望が
記されていた。
書状には中央塔付属参謀部内序列3位たる
参謀長補佐官、城砦軍師アトリアの署名がある。
さらには野戦陣へと飛来した羽牙の群れを
駆逐したのが本来非戦闘員たる軍師アトリア
その人だとも記載されていた。
城砦騎士中随一の常識人たるシュタイナーが
書状を取り落とし、頭を抱えたくなるのも
無理からぬところだった。
「内容が凄まじすぎて正直付いていけん。
が、まぁ良かろう。荒野とはそういう所だ」
シュタイナーは隠密の反対側を怪訝な顔で
併走する予備隊の副官へ書状を渡した。
受け取った副官は転びそうになっていた。
「それでこちらは。
ふむ? 見取り図か……」
シュタイナーは今一通の書状たる
見取り図を眺め、暫し思案した。
「サイアス殿からは何か?」
声の調子を一段落とすシュタイナー。
跳ね上げた面頬から覗く眼差しが
一段と鋭いものになった。
「『我らは20分程遅れます』とだけ」
怖じる事なく返ずる隠密。
常人ならば怯んで声も発せぬであろう
城砦騎士の眼光も、異形に溢れた
闇夜の戦地を単騎駆ける隠密の心胆を
寒からしむるものではなかった。
「……成程な」
シュタイナーは薄く笑みを浮かべた。
その後、回覧し脳裏に叩き込め、と
副官に見取り図を渡したシュタイナー。
「サイアス卿に返信を頼む。
『有難く頂戴仕る』とな」
御意、と短く応えて駆け去る隠密を眺め、
低く愉快げに笑っていた。
1オッピ≒4メートル




