サイアスの千日物語 百四十三日目 その五十三
談笑しつつもきっかり5分。
規定通りの小休止を終えて再び
ヴァルキュリユル本隊は進発した。
休息中は大型貨車の上に陣取る長弓兵と
本隊付きの隠密2名が数名ずつ交代で
周辺の警戒に当たっていた。
そして進発直後を見計らったようにして
そのうち隠密らがサイアスの元へ現れた。
実際見計らってもいたのだろう。数は3。
一人多かった。
「主力軍からかな」
サイアスはその隠密に見覚えがなかった。
「ハッ。予備隊の先見を務めております」
本隊の2名の隠密に挟まれて、さながら
護送されたが如きその隠密はそう答えた。
「予備隊? 第一戦隊の」
「御意。主力軍の予定中継点に先行し
これを確保する形で進んでおりました。
既に最後の中継点を発ち『オアシス』へ
先着すべく動いております」
サイアスと本隊もラーズと小隊も、
さらには隠密衆も進軍を止める事なく
会話を進めた。
もとより進軍速度が人の並足である分速
20オッピだ。さした造作もなく成されていた。
「成程。随分早めに
『オアシス』入りするのか」
「11時5分着かと」
「ふむ……」
サイアスは暫し思案して、
すぐ後ろに続く参謀部の馬車へ
「顛末書を2つ、見取り図を1つ」
と声を掛けた。
直ちに、との短い応えから数拍後。
元々参謀部の職責の下に記録していた
これまでの分の顛末書の写し2つと拠点の
見取り図が1つ用意された。
馬車にはアトリアと正軍師、そして祈祷士
1名の計3名が搭乗していた。比較的揺れの
小さい馬車の荷台とは言えど恐るべき手際だ。
サイアスは馬車より差し出された3つの書状
それぞれの文面の末尾にある、参謀長補佐官
アトリアの署名の脇に兵団長の印章を押した。
「予備隊の指揮官はどなたか?」
見知らぬ隠密に顛末書と見取り図を
手渡しつつサイアスは問うた。
「第一戦隊副長大隊副官、シュタイナー卿に」
「そうか。ならそれは
卿へお渡しするだけで良い。
後、我らは20分程遅れます、と」
「御意。確かにお預かり致します」
書状を丸めて懐に収め、
中央の隠密は風の如く去った。
「これは主力軍本隊の騎士団長閣下に頼む」
サイアスは自隊の隠密衆の片方へ
残る顛末書を手渡し、残る1名には
「君には『オアシスの状況』を
報せて貰いたいのだけれど」
と声を掛けた。
「委細承知。然らば」
こうして3名の隠密は全て消え去った。
「また随分七面倒な事をするんだな」
とラーズ。
再度の哨戒へと向かう
出鼻を挫かれた格好だ。
「現状互いに微妙な立場ではあるからね」
と苦笑するサイアス。
互いに、とはサイアスと
シュタイナーの間での事であった。
平時の城砦内においてなら兵団長サイアスは
上層部の末席に名を連ねると言えど大前提
として騎士団中「兵団」に所属する
城砦兵士の長である。
一方シュタイナーは騎士団中でも兵団に優越
する「騎士会」派遣の城砦騎士の一人であって
兵士の長たるサイアスよりも階級・役職共に
上位の存在となる。
だが本「アイーダ」作戦内においては員数の
規模こそ違えど共に主力軍の分隊を預かる身。
先遣小隊長たるシュタイナーと輜重隊長たる
サイアスに有意な優劣は見当たらない。
そしてさらに厄介な事に連合軍の主導する
3つの合同作戦全体でみた場合サイアスは
第三戦隊長代行として独立機動大隊を率いる。
第三戦隊長は城砦騎士長相当の役職であり、
現状代行であるサイアスの地位は城砦騎士たる
シュタイナーの兵団内におけるそれを明確に
上回るものであった。
「っはは、胃が痛ぇ関係だな」
と笑うラーズ。
例えば架橋作戦の折に戦隊内の上司であり
かつ騎士会首席たる剣聖ローディスに命じられ
サイアスの護衛に就いた城砦騎士ミツルギや
ヴァンクインであれば、サイアスの命は
ローディスの命であるとして唯々諾々と従い
得るが、今回はそういう事でもない。
さらに面識も薄い間柄なため
とにかく気を使わざるを得なかった。
「城砦騎士団には大前提として
『強者は強者にしか従わぬ』
という不文律が在りますので。
良きにつけ悪しきにつけ、
平原の軍組織のようにはいきませんね」
とアトリア。
「退魔の楔作戦」で荒野の当地に平原百万の
大軍勢が攻め入って異形や異形の神らと百年
争い遂には千ほどで落ち着いた城砦騎士団だ。
地獄の蟲毒の坩堝において軍勢を束ねる者に
絶対的な強さが求められるのは至極自然な話
ではあった。
「そうだね。
ただ武才と軍才は同じではないし
人が異形に勝るには数を活かす他ない。
お陰で捩れが生じる事も」
サイアスは小さく肩を竦めた。
「まぁ偉いさんの気苦労は全部任すぜ。
俺ぁ小隊長くらいが丁度いいわ」
「既に準爵家の重臣だけれど?」
「荷が重ぇ……」
「銘酒『歌姫』呑み放題」
「何でも謹んで拝命するぜ!」
ラーズは実に気軽に応じた。




