付録・番外編「孤独の城砦グルメ飯」 一章「ヴァルハラ飯」その4
スイーツ飯。
何事だろうかこの珍妙極まる言葉遊びは。
果たしてスイーツなのかいや飯なのか。
スイーツが主食で飯は甘いのか?
スイーツは別腹でここはヴァル腹だぞ?
などと溢れて出でる知性がゆえに
混沌と混乱しまくること実に1瞬。
スイーツ飯一丁喜んでぇ! なる
威勢の良い応諾が響きさらに1拍。
カウンターよりズィとホプロンが現れた。
その縁は先々の列に散見される花の如き桃色。
そこには先々の列のものと同様小円と筋がある。
そして、それは確かにスイーツ飯。
そう呼んで然るべき様相を呈していた。
飯の歴史はとても古い。当たり前だ。
人は生きている以上飯を食うのだから
人の歴史と飯の歴史は同値。現代からは
辿りきれぬほど古い。
ただ散逸しきって跡形もない遠い彼方より
飯の仕組みはずっと同じだ。すなわち穀物、
肉、野菜。これらの織り成すタペストリィだ。
文明文化が安定し食の確保が安定した頃から、
人の主食はまず穀物と成った。平原で最も
安定供給されうる穀物は麦だ。例えば平原中央
の三大国家が一つトリクティアなどは国名が
そのまま主産物たる小麦にちなんでいる。
農耕を基調としたトリクティアでは小麦が
盛んに生産され、それらは専ら小麦粉へ、
さらにパンへと加工され食卓に供された。
自由度の高いパスタや麺もこれに続き、
今なお食卓に王者然と君臨している。
つまり当節飯といえばまず穀物。
大抵は小麦粉製品でそれもパン等だ。
ヴァルハラで供される飯もそれが基本で
あろうはずだが、実態は以下の如しである。
先に立つユニカがわしっと掴むホプロン、と
しか呼べぬ超特大、盾と同サイズの浅いトレイ
には、中央の小円から外周に向かって、外円の
直径となる筋が4本均等間隔で走っていた。
つまりホプロンは中央小円を除けば8等分に
仕切られていた。そしてそのうち2区画が
穀物の専用スペースとなっていた。
通例のヴァルハラ飯であれば、その2区画に
黒白のパンやパスタやナンに米といった穀物
に由来する食物がみっちり満載となる。
そしてスイーツ飯に至っては、互いに対面と
なるこの2区画が隙間なくみっちりと、何と
ケーキであった。
手前側はどうやらパンケーキの類らしい。
側面にはふわりと温かみのある黄金色。
昨今はトーラナ近郊の屯田により安定供給
される鶏卵がふんだんに使われているようだ。
上部は淡い焦げ茶色で、中央城砦の紋章が
より濃い色味で焼印となっており、未だ
熱を帯びたその刻印を満たし溢れ出るように
して、シロップがトロリと甘やかに輝いていた。
一方。元来は直方形を以って供給される事の
多いこの風変わりな形状のカステーラにも似た
パンケーキの対面。すなわちカウンター側。
こちらはさざなみ一つ無い泉の如き静謐さ。
パンケーキ側が黄金の笑顔なら銀月の微笑だ。
いったいに乳白色を基調として透けるほど
かすかに木漏れ日の如き淡い光の衣を纏う。
見とれているとカウンター奥から声がして
ソースは如何しやしょう、と告げた。
「ラズベリーを2、マーマレードを5」
淀みなくユニカはそう答えた。
するとカウンターから奥のケーキの表面に
流れる雲がよぎるが如く指定のソースが
トロリと掛かる。
淡い光の衣をラズベリーとマーマレードが
それぞれ巧みに混ざらぬよう染め上げ、無地
の部分も3残されていた。
煌びやかな宝石箱の如き光景に
見入っていると背後から声がした。
手前はふんわり卵なパンケーキ「黄金の夜明け」
であり、奥がレアチーズケーキのベイクド包み
「銀月の吐息」であると。どちらもスイーツ飯
の基幹セットだという事だ。
ヴァルハラで供される食事においては穀物は
8区画のうち2区画を占有するのだそうで、
スイーツ飯ではそこが必ずケーキになるとか。
ケーキは他にも数種あり、適宜入れ替わりで
供されるとも。成程それでスイーツ飯か、と
頷いているとクスリと笑われた。
これは飽く迄基幹セットに過ぎず、むしろ
ここからが本番なのだと。そして貴方の番
ですよ、とも。
ユニカ卿がいきなり裏メニューに突っ走った
以上、筆者としてはオーソドクスにいかねば
なるまい。
へぃらっしゃい。
おや軍師さん? 大丈夫なので?
あぁ保護者同伴って寸法ですかいこりゃ失礼。
などとカウンターから声がした。
色々問い詰めたいところだが背後には
ミチっと甲冑娘が詰め、その背後にも列は続く。
ここでゴネようものなら確実に筆者が
ひょいパク待ったなしとなる。ここは我慢だ。
ヴァルハラ飯を、と要求すると直ぐ豪快に
文字通り大盤振る舞いと相成った。
出てきたホプロンは矢張り対面となる2区画が
埋まっており、手前は黒白のパンがさながら
煉瓦の如く模様を成してならんでいた。
奥はチーズナンであり未だ湯気が立っている。
ソースはと問われたのでオススメをと返した。
するとあぃよとオーロラソースが掛けられた。
ナンとも玉虫色の決着だ。
とまれこれにて第一関門クリアだ。
この2区画、いや1区画だけで優に2日は
戦えそうな気がするが、これは1日4食の
うちのさらに4分の1に過ぎない。
つまり第一戦隊員にとっては一日の食事量の
ほんの16分の1以下なのだ。とりあえず
残るは6区画。文字通り盛りだくさんだ。
色々覚悟しつつさらに奥へと進んだ。




