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サイアスの千日物語  作者: Iz
第六楽章 光と闇の交響曲
1004/1317

サイアスの千日物語 百四十三日目 その五十一

高台を降りた大隊長サイアスはそのまま

馬足を布陣へと。大型貨車の列の左側面へ。

そこに即席で備え付けられたスケイルメイルな

外套の出来栄えを確認しつつ最前列へ。


不本意ながら採用した名称「つちのこ」で

言えばその「頭」となるサイアス一家専用な

大型クァードロンの左側面に付けた。


これにて今は盾肉娘が駆る小型クァードロンが

その「舌」となり、参謀部の小振りな馬車が

「首」に。そしてむっちりと左右に膨らんで

続く、左の大型貨車8台と右の工兵100名が

合わせてその「胴」という事になった。


確かに長蛇と呼称するには不恰好であり

獲物を丸呑みし膨らんだ蛇のようではある。


とまれつちのこの頭に納まったサイアスは

ヴァルキュリユル本隊に進発の号令を発した。


時に午前10時30分。第二時間区分も

終盤に差し掛かる頃合いだった。





海原の如く広大に横たわる大小の湿原。

そしてさながら平原中央の大街道の如く

分け隔て横断し流れる北方河川。


これらの有する潤沢な水の気配が中央城砦の

在る高台とそこから北手の一帯を満たして

界隈を不揃いながら緑に染めていた。


一方城砦南手では高台より遠ざかる程土地が乾く。

大湿原の隣接する東手を除けば風紋の侵食も

著しい露頭した砂岩が主体で風が掃き捨て削り

切れぬ巨岩やその成れの果てが時折見通しを

阻害していた。


西へ進めばさらに大地はひび割れ奇岩の群れが

屹立し乾いた川の跡らしき坂道も相まって

いっそ神秘的といえる風景が始まる。


そんな生命の気配に乏しい不毛不整の大地に

あっては「オアシス」は格別の甘露だと言えた。


平坦な平原の整備された大街道においては

地平の果ては1000オッピ強となる。


起伏に富んだ不整地なる荒野においてはこれが

半分程度に縮まるため、600オッピ先の

オアシスを完全に視野に収めるのは困難な事で

大型貨車に邪魔となる障害物を適宜避けつつ

進む実の道のりは概ね800オッピ程となる。


すなわち既に臨戦態勢となって行軍する

騎士団長率いる主力軍500にとっての

およそ2区間分の距離であった。





さてその主力軍。すなわち「アイーダ」作戦

における基幹構成員、総数500の兵集団は。


現在高台のヴァルキュリユル防衛拠点から

ほぼ1200オッピとなる進軍上の中継点と

その真北な800オッピとなる予定中継点との

狭間を北進中であった。


これまでこの大隊は城砦より遥か南西に

橋頭堡を有する奸魔軍に対してそちらへの

侵攻を十二分に臭わせ圧迫を掛ける目的で

随分南手へと大回りしていた。


だが奸魔軍の主たる大いなる荒神、魔は

実体を有さぬが故に荒野の至る所に在り、

なんとなれば空の高みより荒野の全てを

俯瞰し得る。


そんな奸智公爵の目をいつまでも欺ける

はずも無い。とうに目的地がオアシスである

旨は看破されているだろう。


当初よりそう推察し企図していた主力軍は

今は進軍上の欺瞞をかなぐり捨て、針路を

北へと翻していたのだ。


次の中継点からは真東に400進めばオアシス

となる。より南手を回るデレク率いる騎兵隊

からは現状敵影が報告されていない。


これは敵影が存在しないという意ではなく

処理できぬ規模の敵影が見当たらぬという事で

実際は時折敵の斥候・妨害部隊との小規模な

戦闘がおこなわれてもいた。


とまれ高台を発つ前にサイアスが語ったように

南東へと進むヴァルキュリユルから見て右側

一帯に関しては、味方が適宜面制圧し安全を

確保する格好となっていた。


そして敵襲が在り得る左側一帯。すなわち

東南東方面については、軍馬グラニートを駆る

サイアス小隊三人衆が一人。ラインドルフ家臣

でもある「魔弾のラーズ」率いる抜刀隊が

本隊に先行し威力偵察に当たっていた。





「出鱈目に殺風景ではあるが

 今んとこは平和そのものだな」


並足で緩やかに進むグラニートの

背で思案げにラーズは言った。



「『仮初の平和』なる言の葉が

 かほどに似合う風情もありますまい」



肌理きめの細かい鎖帷子に東方風の装束を重ね、

さらにその上に短いケープに似た独特の羽織。

羽織は薄い紫に染まり肩や背には菱形に「伍」。


第二戦隊抜刀隊5番隊組長シモンはそう告げた。

東方言語で表せば「紫紋」。それが本名かは

判らない。東方諸国の王家の出と噂されていた。


シモンは抜刀隊組長としては唯一の女性だった。

一番隊組長にして一番弟子たるミツルギに次ぐ

剣聖ローディスの高弟、「四天王」の一人だ。

剣術技能8半ば。抜刀術の妙手として知られた。


シモンは紫の衣を好んだ。色味が美しいから

ではない。魔の眷属たる異形の血が紫色を

しているからだ。その羽織と名刀には眷属の

返り血が染みに染み、最早艶と成って輝いた。



「大将の見込みじゃオアシス到着までに

 一組来客があるみてぇな話だが。


 南東は足場こそ悪いが存外見通しがいい。

 特に馬からはな。現段階でからきし気配が

 ないとなると敵さん間に合わねぇかもな」


「駆けて来るならも在りなん。

 飛んで来るなら然に在らず」



配下たる9名の5番隊隊士に適宜手指で

指示を出しつつ淡々とラーズに応じるシモン。


隊士らはラーズとシモンを囲う格好で

前から2-3-2-2に布陣していた。

2-2の成す四角の中にラーズとシモンだ。



「あぁ、できそこないも大物は飛ぶようだが。

 羽牙の他にもそういうヤツは居るのかね?」


「えぇ。名を『死神虫』。

『宴』でしか見掛けた事はありませんが」



さながら軍師の如きシモン。

実際軍師の目を有してもいた。





死神虫。軍馬に近い大柄な昆虫様の胴部に

人の上半身を接合し、共に白骨化させたが如き

独特の容姿をもつ。その手は長大な鎌であり、

その背には虫の薄羽があった。


黒の月、闇夜の宴で音も無く忍び寄り

兵らの首を刎ねてまわる恐るべき異形だ。


標準戦力指数は14。熟練の城砦騎士に

匹敵し、専ら上位眷属として扱われる。



「ロクでも無ぇ名前だな」


ラーズは肩を竦め苦笑した。



「黒の月、闇夜と強く関わる存在かと。

 少なくとも日中は出くわさぬでしょう」


「件の公爵殿がその手のお約束を

 マトモに守るとも思えねぇけどな……

 まぁ平原なら虫の音が心地よい時節柄だ。

 オアシスで一泊する連中は大変だろうぜ」



魔笛作戦では黒の月限定とされた大型種

「縦長」が出た。さらに新種も登場していた。

呆れるほどサービス精神の旺盛な女だ、と

ラーズは奸智公爵に苦笑していた。


もっとも奸智公のサービスは有料である。

一言で言えばサービスの押し売りだ。

御代はサイアスその人であり、巻き込むその他

大勢の命は精々チップか課税といったところ。



「まぁとりあえず予定進路の左方

 200オッピ内に敵影無し、だ。

 本隊も動き出したろう。一旦戻るか」



こうしてラーズは本隊を目指した。

1オッピ≒4メートル

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