サイアスの千日物語 百四十三日目 その五十
拠点に留まる50名を先決した事で
「オアシス」目指し進発する本隊側の
編成もまた、滞りなく進んでいた。
総員153名。車両11台。このうち
実に員数100及び車両8が輸送すべき
輜重ということになる。
輸送対象たる100名の工兵及び職人らは
今は鉄城門の裏手一帯にて物資満載の
大型貨車へと追加の調整を施していた。
まずは8台の貨車それぞれの屋根に簡易の
足場と手すりが設けられた。ここには
長弓部隊から4名ずつが陣取って周辺の
警戒と迎撃を担う。
遠方の的を射る事に特化した彼女らは抜群に
遠目が利く。潅木や起伏の陰に潜み忍び寄る
異形をも漏らさず見つけることだろう。
足場は屋根の右側にのみ、縦一列で設置された。
これは続く施工とも関係のある事であった。
足場の設置が済んだ台車には、先刻城砦より
追加で運ばれた物資を利用して追加装甲が
取り付けられていく。
追加装甲とは大盾そのものであった。
第一戦隊が制式採用する大盾を鱗鎧よろしく
厚手の頒布に縫い付けて、貨車の屋根の左側面
に増設した手すりに引っ掛けさながら外套か
緞帳かといった体で垂らしたのだ。
緞帳の掛かる屋根の手すりは僅かに外側へ
せり出しており、大盾の外套と貨車の側壁
には拳一つ分程の間隙がある。
うまくいけば貨車へと攻め掛かる異形の一撃を
不満足な結果に終わらせる事ができるだろう。
この仕掛けは左側面にのみ設けられ、右の足場と
合わせて均衡が取れるよう調整されていた。
一通り調整の済んだ大型貨車は順次長弓兵を
4名ずつ屋根に乗せて鉄城門をくぐり、高台
から低地へと降りてゆく。
その先には哨戒にあたるセントール改と精兵
数名。サイアス小隊のクァードロン2台。
さらに参謀部の小振りな馬車が在った。
やがて8台全ての調整が済み、高台下方にて
オアシスを目指すヴァルキュリユル本隊の
編成が整った。
先頭はサイアス小隊の有する2台の
クァードロンのうち三人衆の用いる
小振りなもの。これにはサイアス小隊の
盾使いたる肉娘2名が搭乗していた。
次いでサイアス一家の大型クァードロン。
搭乗するのは操手としてサイアス小隊副官
たるクリームヒルト。
他には衛生兵たるベリルと員数外かつ非戦闘員
ながらシヴァ初め軍馬全般の世話役として随行
するアイノが搭乗し、拠点のランドクッルス
から積み替えた物資等を確認していた。
続いて参謀部の用いる尋常かつ小振りの馬車。
これにはアトリアと正軍師が乗り込み、同じく
ランドクッルスより移した物資をも積載して
それらの確認に当たっていた。
これら3台の特殊車両に続く形で、各々大柄の
輓馬たる軍馬に牽かせた大型貨車が8台1列で
並ぶ。大型貨車は先行車両3台の左後方に
偏る形で連なっていた。
そして大型貨車それぞれの右側には10名で
1小隊を成した工兵衆が整列。残る工兵20名
は2名1組で各々の大型貨車と参謀部の馬車の
御者を務めた。
手をかざし、目を眇めれば遠く幽かに。
そんな風に垣間見える南東600オッピ先の
目的地「オアシス」。そしてこれを正面に捉え
進発の陣容を調えたヴァルキュリユル本隊。
未だ高台に残る大隊長サイアスは
そうした様を満足げに眺めていた。
「何つーか。変わった陣形っすな……」
とシェド。
最近は兵書の類も読み始めていた。
「『長蛇の陣』の現地即応版ですね。
敵の攻め手が左からと判っている以上
これで妥当かと」
とディード。
長蛇の陣は文字通り蛇の如く一本に連なる
機動力を最優先した輸送用の陣形だ。だが
今ヴァルキュリユルの見せる陣容は左右
不均等に膨れて見える。
これは敵の攻め手が向かって斜め左前方。
即ち東南東からだと判明しているからだ。
再編成の際は方々走り回っていたために
詳細を知らぬシェドに対し、サイアスは
淡々と補足説明した。
「現在高台下方の低地では、主力軍が
西から南、そして北へと左回りに
当地の真南へと進んでいる最中だ。
当然周囲には斥候を放ち、かつ外周を
デレク様率いる騎兵隊が哨戒している。
大湿原の羽牙が再編成に時間を要する以上
次の攻め手があるとするならばそれは
『できそこない』の機動部隊以外有り得ない。
北が野戦陣、東が大湿原である以上
機動部隊の進軍経路は随分と限られる。
つまり警戒するのは左方のみで良いんだ。
敵襲の際は規模にも因るが足自体は止めず
針路を真南に変更し主力軍と合流し対応する。
個人的には小一時間内に機動中隊30体が
再来するのではないかと見ているよ。
件の公爵殿ならばフェアプレーの見地から
城砦以東の羽牙とできそこないの残数を
揃えようと考えるだろうから」
「ほへー…… んな事まで判るんかよ!」
腕組みしもげそうなほど首を傾げて
すっかり感心しきりなシェド。
一方サイアスは淡々と。
「勘だ。確証はない」
「お、おぅ」
そういう事であった。
「さて、そろそろ進発するよ。
戻りは3時辺りになると思う。
ここの事は適宜進めてくれていい」
「こっちは大丈夫よ」
「御意。お任せください」
(御武運を)
仄かに笑むサイアスに対し
ニティヤとディード、デネブが頷いた。
一方シェドは何やら思案中であった。
「監視が緩いからって
羽目外すんじゃないわよ!」
とロイエがピシャリ。
先刻アトリアの見せた八面六臂の活躍に
サイアスが目を輝かせウズウズしていたのを
ばっちり見てとっていた。
「信用ないなぁ……」
と目を逸らすサイアス。
「こら! 目ぇ逸らすな!」
「家族会議の予約かしら?」
早速嫁御衆はご機嫌斜めだ。
「待て、大丈夫だ問題ない!
というか降りかかる火の粉くらいは
自分で払ってしまっても良いよね?」
大隊長の威厳を一瞬で失う兵団長閣下。
「払い方による」
「厳しいなー」
まるで信用されてはいなかった。
と、そこにシェドが
「閃いた! 閃いたっちゃ!
なぁ俺っちあの陣形の名前
閃いちゃったんじゃがじゃが!」
と騒ぎ出した。
「あーウザイ」
「却下よ」
(Defendant, guilty, exile to hell.)
「我が君、お急ぎを」
と幹部衆かつ嫁御衆が止めるも、
「まぁまぁ。さっき活躍したし
ご褒美ということで」
とサイアス。
するとシェドは
「あざっす! では発表しまっす!
デケデケデケ…… デンッ!!
『つちのこの陣』~ッ!! ドヤァ……」
と激しくカ・ブゥキした。
「再教育不可避」
「ちょ、まっ」
「いってきまーす」
サイアスは高台を後にした。




