サイアスの千日物語 百四十三日目 その四十八
およそ午前9時30分。
第二時間区分の中盤に戦闘状況は終了した。
嚆矢となるできそこないとの一次遭遇から
まだ10分と経っていない。
彼、1個陸戦機動中隊及び2個飛行大隊。
内訳としてできそこない30体に羽牙60体。
我、独立機動大隊ヴァルキュリユル203名。
戦果は敵殲滅。損耗は物資少々。死者皆無。
およそ考えうる限り最高の結果だ。
また具体的な戦闘内容も比類なきものであり、
勝利を祝う将兵の興奮たるや生半ではなかった。
もっとも連合軍と騎士団の合同作戦の一環
として当大隊の指揮を預かる兵団長サイアス
としては、むしろここからが本番だ。
ヴァルキュリユルの本来の目的は「アイーダ」
作戦に用いる膨大な輜重を「オアシス」へと
無事に届ける事なのだから。
サイアスは戦闘に用いた4部隊のうち
高台下方のセントールを中心とした
機甲小隊に祈祷士を。サイアス小隊には
ベリルを派遣し負傷や疲労状況を確認させた。
長弓部隊とランドカノンを用いた
別働隊にはクリームヒルトを通じて
物資の減りのみ報告させ適宜休息させた。
一方副将たるディードを通じ防衛陣に
詰める工兵らに野戦陣内の後処理を命じた。
後処理は複数の段階に分かれている。
まず一手目は撃破した異形らの扱いだ。
損壊状況にも当然よるが、異形の屍は資材
として利用価値がある。第三戦隊に所属し
平素は資材部はじめ生産部門で勤務する
工兵や職人らは、この手の扱いに長けていた。
ヴァルキュリユルの編成中100名は
こうした工兵や職人である。彼らのうち
2個小隊36名は第一戦隊副長大隊兵士
10名の護衛を受けつつ高台の上下に別れ
異形らの屍の処理と回収に当たった。
高台下方の戦闘で機甲小隊に撃破された
「できそこない」の機動中隊は30。
うちランドの操るセントール改に粉砕された
ものを除いては比較的「健全」な状態にあった
ため、取れる部位は取り残りは焼却処分された。
一方高台の野戦陣内ではとりわけ大柄な
できそこない3体の屍が確保された。
これらはいずれも尋常の刃か矢により
倒されていたため再利用は容易との事。
工兵や職人らは嬉々として引き取った。
さて高台に襲来した羽牙のうち、高台近辺の
下方に落下した12体については翼を破られた
のみで、墜落しても息のあるものが半数以上。
これらについては隠密衆が止めを刺さぬまま
縛り上げて回収した。
また野戦陣上空にまで侵入した21体中
10体は既に焼死。残る11体は数体を
除き翼以外が比較的「健全」であった。
総じて90体のうち4割程が良好な状態の
「資材」として再利用される事となった。
これらは戦闘開始直前にアクラらが高台用に
運んできた追加物資満載の貨車に代わりに
詰められ、戦利品として中央城砦へと送られた。
またアトリアの希望で散在し林立させた
鉄柱群は、一旦全て除去されて資材に戻し、
追加物資と合わせ高台外周を覆う防壁の
拡充に利用される運びとなった。
この作業には工兵衆3個小隊54名があたり、
残る工兵衆10名は長弓部隊の射場を中心と
して大型貨車を並べて構築していた簡易の
防衛陣の解体に当たった。
指揮所で一通りの指示を終えたサイアスは
中央城砦本城に詰めるシラクサとやりとり
するデネブや、戦果認定等軍監としての庶務
を進める正軍師らの傍らで戦域図を広げていた。
すぐに手空きの副官衆が側に寄ってくる。
サイアスは一つ頷いて今後の展開を語った。
「主力軍の進捗が予定通りであれば、
午前10時15分に当地の真南およそ
1200オッピ地点へと至る。
その後は主力軍は北進し10時55分に
当地の南800オッピへ。最後は東進し
11時35分に400オッピ先の
『オアシス』に到着する事となる。
ヴァルキュリユルとしては10時を目処に
再編成を済ませ、10時30分に総員の
3割を同地に残して野戦陣の恒常化と
防備や中央城砦との連絡に当たらせ、
残る手勢で『オアシス』を目指す。
当陣地の鉄城門より『オアシス』までは
およそ600オッピほどだ。
ヴァルキュリユルは車両のお陰で機動力が
非常に高く、その反面戦闘に不適な輜重を
多量に担っている。移動距離と時間は
可能な限り小さくしたい。
またヴァルキュリユルは輜重輸送の役目を
終えた後、『オアシス』に工兵を50残し
撤収、帰砦。次の『グントラム』作戦へと
備える事になる。まぁ、とにかく忙しい」
デネブや正軍師も今はサイアスの話に
耳を傾け、肩を竦めるサイアスに苦笑していた。
「誰よこんな無茶苦茶な作戦考えたのは……」
とマジギレ待ったなしのロイエ。
「筆頭軍師殿ですね。皆さんの能力的には
まったく問題の無い範囲だと仰っていました。
まぁ、心労の類は一切埒外の模様ですが……」
と魔笛作戦でもすっかりお馴染みと
なっていた正軍師が微苦笑した。
参謀長が休眠中の作戦立案は
筆頭軍師主導でおこなわれる。
参謀長セラエノを頂点とする城砦軍師中、
これに次ぐ序列とされる者は3名いた。
一人は参謀長補佐官アトリア。
一人は筆頭軍師ルジヌ。そして今一人は
カエリア王国全権大使でもあるヴァディスだ。
このうち参謀長補佐官たるアトリアの
主業務は飽く迄参謀長個人の秘書官であり、
平素は監察業務が中心。またヴァディスは
連合軍との折衝が中心となる外交面の人材
であった。
よって戦絡み、特に城外での作戦となれば
ルジヌが占権的に取り扱うのが専らだ。
もっとも今回の合同作戦それ自体は連合軍と
参謀長セラエノの間で大枠が取り決めされて
おり、ルジヌはその割を食っているだけ
とも言えた。
「鬼将軍とか鬼教官なら判るけどさぁ。
鬼軍師ってどーなのよ……」
と溜息を付くロイエ。
「ルジヌはそろそろ一線を退くつもりの
ようですね。現在御母上が務めて居られる
連合軍師長を継がねばなりませんから」
とアトリア。
「あー…… それで嫌な役所を
一手に引き受けてるとか?」
とロイエ。
「いえ? 嬉々としてやっていますよ?」
「……そこぁ嘘でも『そうだ』
と言っといてやんな……」
しれっと答えるアトリアに
ラーズが首を振った。
「まぁとにかく再編成だ。
意見があったら聞かせてほしい」
サイアスは特に感慨なくそう告げた。
こうして暫し幹部衆による打ち合わせが続いた。




