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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十二日目 その十

オッピドゥスの号令一下、補充兵たちは鎖帷子を着込んだ。

初めて纏う防具の重みに言い知れぬ感動を覚える者もいれば、

直後に控える訓練内容に言い尽くせぬ不安を抱く者もいた。


志願兵や傭兵と思しき集団は手早く鎖帷子を着込むと、軽く動いて

具合を確かめていた。城砦で用いるものは対魔・対眷属用なため、

平原で通常用いられるものよりさらに厚く、重かった。

彼らの殆どは初日と違って平服であり、特に問題なく着込むことが

できたが、中には既に防具に身を固めていた者もおり、

そうした者たちは慌てて自前の装備を外していた。また、

中には豪気にも自前の防具のさらに上に着込む者もいた。


補充兵たちが一通り着用を済ませた後、教官役の兵士たちが

不備を確認してまわり、ベルトの締め付けを直してやったりしていた。

それも済むと兵士がオッピドゥスに報告し、オッピドゥスは大きく頷いた。


「よぅし。とりあえずはこれで良い。

 では今から実際に動くぞ。全員、外郭南門に向かえ!」


そう言うとオッピドゥスは派手な足音を立てながら率先して南下した。

補充兵たちは顔を見合わせつつも、兵士たちに促されて南へと進みだした。


「なぁおい、まさかとは思うが……」


件の騒がしい男がサイアスに問いかけた。


「この格好で外走らされる…… ってことか?」


「一周目は恐らく速歩」


サイアスは簡潔に答えた。速歩は読んで字の如く速歩きのことで、

専ら急行時の行軍速度とされていた。


「一周目は、て。一周目は、って……」


男は既にへばり気味だった。もっともこの男はここからが

長そうだ、とサイアスは見ていた。


「村で訓練したときは、一周ごとに重ね着を」


「ふぁっ!? 何さらっと重いこと言ってんの!?」


「打ち込みのときもやるわよ? 

 負荷としては手頃なのよね。二枚着込んで打ち込むとかザラだし」


ロイエもさらっと返答した。


「うゎ…… 俺兵士無理かもしれん…… いや、そんなことよりも」


件の男は声を高めた。


「ここって荒野だぜ! 

 ひぃひぃへろへろ歩ってる最中に、魔とか眷属来たらどうすんだよ!?」


「走れば?」


「猛獣は黙ってろ…… おぃ歌姫様! どうなんだよそこら辺!」


件の男はかなり必死なようだった。

面倒なので放置しようかと思ったものの、

周囲の不安げな補充兵たちを見て、サイアスは考えをあらためた。


「魔は日中積極的には活動しないし、

 眷属は一対一で挑まなければそれなりに何とか。それに」


サイアスはさらに続けた。


「オッピドゥス閣下や教官が同行する上、

 防壁上には守備隊が展開し、弓や投石で支援を。

 足を止めさえしなければ、無事に逃げ果せるはず」


「お、おぉそうか! 

 あの人らが居るんなら安心だな! 多分きっと、おそらく願わくば……」


不安混じりの補充兵たちは、程なくして城砦外郭の南門前に付いた。

複雑な機構を持つその扉は、地に立って二階の窓に手が届くオッピドゥスの

さらに倍以上の高さがあり、見るもの全てを威圧した。


「おぅ、開門だ!」


オッピドゥスは門の脇の詰め所へ向かって叫んだ。城門は複雑な機構を

内包しているため、部隊単位でそこに詰め、警備と整備、そして

開閉に当たっているのだった。


一同の見守る中、ガラガラと大きな音を立て、人一人分の分厚さがある

巨大な落とし戸がせり上がっていった。やがてガオン、と大きな音を立てて

落とし戸が動きを止めると、次いでガチン、とそれを固定する音が響き、

その後門よりやや低い程度の高さの鉄板が外へ向かってゆっくりと倒れた。

こうして城門は開け放たれ、城内に荒野の景色を見せ始めた。


「訓練で出る。開門状態を維持しろ!」


オッピドゥスは詰め所に声を掛け、詰め所からは了解する声が飛んできた。


「よしお前ら、城門外に四列縦隊で整列せい!」


オッピドゥスが命令を発し、有無を言わせぬ迫力に従って補充兵たちが

整列し、周囲を武装した教官役の兵士たちが固めた。


「まずは速歩だ! 

 城砦での速歩は俺がのんびり歩く早さとほぼ同じだ。

 お前らの足の長さだと小走りってことだ! ガハハ!」


オッピドゥスは上機嫌で東側へと歩き出した。


「付いて来い! 天気も良い。たまにはお散歩も悪くないぞ!」


様々な思いと鎖帷子の重みに押し潰されそうになりながら、

補充兵194名は城砦の防壁を左手に見つつ、荒野を移動し始めた。

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