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仮題)疾走する失踪【前編】

作者: みかん

※あくまでもフィクションです。道路交通法に抵触する内容の記述がありますが、物語の上の話なのでご了承下さい

 かなり歳の離れた従兄弟と一緒に、古い映画を見ていたことがある。


 なぜそんな映画を見ることになったのか。なぜ2人だったのか今もわからない。

 遠くひぐらしが鳴く日本家屋の薄暗い部屋で、俺は膝を抱え、従兄弟は座布団を抱えて無言で見ていた記憶がある。

 壊れかけた扇風機が変な音を立てていて、たらいに入った氷を通してひんやりとした風が届いていた。あれは祖母の家だったろうか。ちゃぶ台の上のスイカの食べかすの周りにハエがたかり、蚊取り線香の匂いがしていたのを鮮明に覚えている。



 ある時は一面のひまわり畑が印象的な映画を見た。

 結婚した2人が戦争で引き離されて、兵士となった夫が戦地で別の女と夫婦になってしまう悲恋だった。


 またある時は、自分と同じくらいの年齢の義理の息子との情事にハマって破滅していく女性が主人公の映画を見た。

 魂が抜けたような女の、表情を無くした瞳が印象的だった。


 いま考えると、幼い少年に見せるような映画では無いと思うし、俺もよく黙って見ていたものだとも思う。


 そんな古い映画を見続けたとある夏に、従兄弟は失踪した。






「健、待ってよ」


 玄関先に出ると、隣の家に住む幼なじみの薫子に見つかった。息を切らして追いかけてくるのを無視して先へ進む。


「ばかぁー! 」


 頭にコツンと固いものが当たった。見ると足元にシャープペンシルが転がっていた。これを投げたのか。


「危ないな。先が頭に刺さったらどうする」

「刺さらなかったからいいでしょ?それより置いてかないでよ」


 薫子は大きなツリ目を細めて睨む。猫のような目がますます猫じみてくる。気が強そうなこの顔が可愛らしいと一部にファンも出来ているようだが、そいつらの気が知れない。

 僕はため息をついて拾ったシャープペンシルを手渡す。


「それは結果論だろ。相変わらず自分勝手だな」

「大丈夫。健にしか言わないし、しないから」


 呆れ顔の僕を完全スルーして、ニコニコしながら腕を絡めてくる。

 小さい頃と違うんだ。誤解されたり冷やかされるのが嫌だからやめろと言っても聞かないので、手を繋いだり腕を組まれることに文句を言うのはもう諦めた。


「で、健さま。いつもの所でしょうか? 」

「いや、今日は墓参り」

「お墓?親と行かないの? 」


 薫子は不思議そうにこっちを見る。そうだよな。お盆には早いし、命日なら普通は親か親戚が一緒だろう。


「昨日久しぶりに従兄弟の夢を見たんだ」

「従兄弟って……不思議ちゃんだったとかいう、行方不明になった人? 」

「……あぁ」

「ふーん」


 興味なさそうな顔で聞いていた薫子は、家の前に猫を見つけて走り出した。落ち着きが無いな。


「で、その従兄弟がどしたの? 」


 猫の喉を撫でながら続きをうながされた。本当に聞いているのかこいつは。少し呆れながらも答える。


「行方不明から10年経ったから、さすがにおばさんも諦めて死亡したものとして墓にまつったんだよ」

「で?」

「従兄弟の夢を見たからなんか呼ばれたような気がしてさ。あの人、不思議な人だったから」


 白地に黒いブチの猫が気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。うむ、こやつなかなかのテクニシャンだな。野良は人間に触らせないやつも多いのにな。


 俺は従兄弟を思い浮かべる。あの人は背が高くて細くてひょろっとしていた。服装はTシャツとジーンズの姿しか記憶に無い。髪は茶色がかったモジャモジャなくせ毛で、目がほとんど隠れるぐらいの長さ。髪の間から覗く瞳は少しグレーのような薄い青ががかったような茶色い色をしていて、どこを見ているかわからない人だった。


「お化けとかオーラが見えるとか言ってたんだった?」


 猫を愛でるのに満足したようだ。また定位置(俺の隣)にちゃっかり戻ってくる。


「いや、ちい兄ちゃんはそんな言い方はしてなかったな」

「ちい兄ちゃんってその従兄弟?なんて言ってたの? 」

「うん。人の周りの色のせいで顔が見えづらいって言ってたな」

「つまりオーラでしょ? 」

「さぁ。俺が見たわけじゃないからわからないな」


 俺も見たいと思って、必死で目をこらした昔がなつかしい。

 結果的には無理だったが、あの頃、特訓すれば同じように見えると信じていた。


 ちぃ兄ちゃんが話してくれた、シャボン玉のような半透明な球体がキラキラ光って浮いている景色や、カラフルな色をまとった人間や、20cmくらいの人間を一緒に見たかった。




 列車で2時間、更に1時間に一本のバスで50分揺られた先に祖母の家がある集落があった。祖母はもう亡く、数ヶ月~半年に一度のペースで親戚の誰かが、空き家となった建物の空気の入れ替えをする為に訪れるだけとなっている。


「疲れたーもう歩きたくないー! 」

「こんなところまでついてくるからだよ」

「だって面白そうだし」


 麦わら帽子をかぶった薫子がキャリーケースに腰掛けてぐたっとしていた。


「そんな荷物抱えてるから疲れるんだ。日帰りって言ったろ」

「だっていつロマンスが始まるかわからないでしょ? 」


 わざとらしくキャハッと笑いながら横ピースする姿にイラッとくる。起こるか!んなもん。つか起こってたまるかよ。俺の好みは清楚で控えめな可愛らしいタイプだ。間違えてもグイグイ来るやつと何か起きて欲しくない。


 母親から借りた鍵で、祖母の家の隣にある蔵を開ける。棚の上にある鎌とライターを取る。


「何で蔵の中に鎌とかあるの?美術品が入ってるのが普通じゃない? 」

「余所は余所、うちはうち」

「どこのお母さんのセリフ? 」


 クスクス笑う薫子を完全スルーで裏山に向かう。


「待ってよー」

「荷物は置いてけよ」

「イヤ! 」


 キャリーケースをゴロゴロ引きずる姿に呆れる。何が入ってるか知らんが山に要らない荷物を持って行くなんてこいつはアホだ。


 裏山の墓がある寺まで歩いて45分、黙々とあるく。途中ギャーギャー騒いでいた薫子も疲れて無口になったのか黙って登って降りて、中腹をぐるっと迂回するように歩く。山の反対側に出ると眼下に海が広がる。


「わぁ! 」


 無口だった薫子から感嘆の声が聞こえた。今日は天気が良いので太陽を反射してキラキラした水のきらめきが木々の合間から覗いた。

 寺に向かう砂利道を進み、崖の真横にある寺に入る。


「こんにちわ」


 大きな声で呼びかけると、中から住職が出てきた。


「おぉ、神有の分家の孫か。久しぶりだな」

「住職さんも元気そうでなによりです」

「今日はばぁさんの墓参りか? 」

「いや、ちい兄ちゃんの墓参りがメインです。ついでにばあちゃんも」

「ついでと聞いたらばあさんが草葉の陰で悲しむぞ」


 住職がカラカラと笑う。


「たわしとホースを貸して頂けませんか」

「いいぞ。水場にあるから持っていけ。本家の墓の場所は覚えてるな? 」

「慰霊碑の隣でしたよね? 」

「うむ」


 住職と話をしているとようやく薫子がやってきた。


「置いてかないでよ」

「彼女か?」

「違い「フィアンセです。よろしくお願いします」」

「お前いつ婚約者になったのよ! 」

「えー今? 」

「ざけんな」


 住職の、孫を見るような生暖かい目がツラい。


「凄く綺麗な子じゃないか。芸能人みたいだな」

「住職、やめてください。コイツ調子にのるから」


 照れてクネクネしている薫子の様子を見ていると、なぜかイライラが募る。


「いくぞ」

「もう。待ってよ」


 水場でたわしとホースを回収し、寺の山側の方の道を登ると墓所に出た。


「さっき言ってた慰霊碑ってどれのこと?」


 黙って巨大な石を半分に割ったようなものを指差す。表側の黒御影石が美しい光沢を見せている。


「その隣って言ってたよね? 」

「うん」


 キャリーケースを引きずりながら墓へ向かう薫子を横目に、このエリアにある水道の蛇口へ向かう。ホースの片側を蛇口につけるとホースを延ばしながら墓へ向かう。


「桶とかに水を入れてくるものじゃないの? 」

「効率的だろ? 」

「墓参りに効率って普通使わないと思うんだけどなー? 」

「甘い甘い。山ん中だわ海は近いわ、放っておけばあっという間に墓が汚れるさ」

「えーーー」


 納得いかなそうだな。でもこの辺じゃ当たり前なんだよ。


「余所は余所、うちはうち」

「またそれを言う」


 コロコロ笑いながら薫子が腹を抱える。


「ほら、ついて来たなら役に立て。蛇口を開けてこい」

「らじゃー」


 あいつはスチャッと敬礼すると、跳ねるように蛇口へ走って行く。変な動きをするなぁ。ん?急にしゃがんで墓と墓の間を覗きこんでいる。


「なにしてんだよ。また猫でもいたのか? 」

「あのね、指先ぐらいの小さい蛙がいたの」

「何で歩いててそんなサイズの生き物を見つける事が出来んのよ」


 呆れたように言うと、逆に胸を張って答える。


「ふふん。あたし視力2.0あるもん」

「お前なら視力が6.0あるって言っても驚かないよ」

「何で知ってるの? 」

「はいはい。それはいいから仕事しろよ」


 薫子の冗談に構っていると日が暮れる。


「水を出したよー」

「おう」


 ホースの先が細くなるように握り、水が激しく出るようにすると墓に吹き付ける。


「うわぁ。豪快だね。洗車みたいだぁ」


 全体にざっと水を吹き付け、カラスのふんや虫の死骸などを洗い流す。ホースを足元にそのまま置いてたわしで墓をこする。最後にもう一度水でざっと流す。


「おし。止めていいぞ」

「おっけー」


 タオルで墓をピカピカに磨き上げていると、薫子が戻ってきた。墓をジロジロ眺める。


「えーと。従兄弟さんは……神有……なんて読むの?享年20才。若いね」

(コウ)だ。だから本家は死亡宣告を出す事を決めたけど、おばさんは諦めきれなくてさ」

「コウって読むんだ?そうだよねお母さんは諦められないよね」

「だから未だに陰膳をしてるって聞いた」

「そっかー……ごめん。なんて言えば良いかわからない」


 珍しくしおらしい薫子の頭をポンポン叩くと、嬉しそうにすり寄ってきた。墓を洗ってから手を洗ってないことにコイツは気がついていないようだ。……ま、いいか。


 持ってきた鎌で手早く草を刈り、小さな草は引き抜く。墓の周りの白い小石をならして完了だ。軽く手を合わせると、自分の家の墓に移動して同じように綺麗にする。


「ねえ、聞いて良い? 」

「なんだ? 」

「おばあちゃん、何で本家の墓にいないの? 」

「住職と話してた時、お前いなかったろ。何で知ってんだ? 」

「あたし耳も良いの」


 ドヤ顔が限りなくうぜえ。両手で耳を引っ張る。


「いたいいたいいたい」


 耳を押さえて逃げる姿が可笑しくて笑い転げると、頬をリスのように膨らませてジト目で見つめられた。


「何笑ってるのよ」

「そんなに強く引っ張ってないだろ」

「乙女の耳は繊細なんですぅ。もっと優しく扱ってくださいぃ」

「お前が乙女ってガラか。それにその変な話し方やめろよな」


 返事もせずに、顔をしかめられた。薫子は放置して手を合わせると元来た道を戻る。寺について水場にたわしとホースを戻した。


「帰りますねー」

「送っていくか? 」


 寺の奥に向かって声をかけると、後ろから急に住職の声が聞こえて飛び上がる。その様子を見て薫子が肩を震わせて笑いを堪えているのがわかった。後で覚えとけよ?


「送るって、今あるの軽トラじゃないですか……」


 寺の横には白い軽トラが止まっていた。


「お嬢さんが助手席で、お前は荷台だな」

「いいじゃない。そうしようよ」

「俺が助手席でお前が荷台ならいいよ」

「レディーファーストの精神はどこに行った」

「お前がレディーか? 」


 言い合いする俺と薫子を生暖かい目で見る住職の目がツラい。デジャブか。


「それともお前が運転して、後で返しに来ても良いがな」

「えー?そうすると俺がボッチで山道を下らなきゃいけないじゃないですか?面倒です」


 俺達の言葉に今度は薫子がギョッとする。


「健、免許あるの? 」

「この辺の子供はみんな、小学校の高学年にもなれば家の手伝いで運転するんだ」

「道~交~法~~!! 」

「じゃあ歩いて帰りますね」


 叫ぶ薫子を無視して住職に挨拶をする。


「気をつけてな。また来いよ」

「はい」


 家にと続く山道を戻るとスーツケースを引きずる薫子が追いかけてきた。


「やっぱり荷物は置いてきた方が良かったろ」

「いいの! 」


 全く。ワガママだな。


「貸せ」

「いいよぉ」

「いいから貸せ」


 強引に荷物を奪う。かなりの重量がある。何を入れてるんだ?取り返そうとする薫子を制してキャリーケースを持つ。尚も取り返そうとしたが諦めたようだ。


「……まぁ……大丈夫……かな? 」

「何か言ったか? 」

「何でもない」


 無言で歩きながら、ばあちゃんの事や、ちぃ兄ちゃんの事を思い返していた。俺は(受かれば)東京の大学に進学予定だ。就職も街中になるだろう。2人がもうこの世にいないとなれば、この集落へ来る事も無くなるだろうなとボンヤリ考えていた。


 ふと横を見て薫子がいないことに気がつく。周りを見回すと、ふらふらと山の木々の間に入って行くのが見えた。


「おい、どこ行くんだ?」


 声をかけても完全無視して山に消えた。また何か生き物を見つけたのか?今度はキツネかリスか鹿でも見つけたか。放っておくことも出来ずにキャリーケースを抱えて後を追った。


「おい」


 薫子は奥へ進む。まるでこちらの声が聞こえないようだ。どんどん距離が離れていく。ヤバい、このままだと見失う。木々に見え隠れする薫子の姿が小さくなっていく。

 近所の人を集めて捜索隊をお願いしなければいけないかもしれない。焦りが出てきた。


「薫子! 」


 薫子のそばに、遠目にもう1人の人影が見える。あいつに話しかけたようだ。何を話しているかわからないが助かった。



「キミ、健の守りだろ?惑わされたらダメだよ」


 男は微笑みながら薫子に話しかけると頭に手を置いた。薫子の目が焦点を結ぶ。


「あれ?ここどこ?……健は?健が山の中に入るのを追いかけてきたんだけど」

「健はキミの後ろにいるよ。しっかり守ってやってくれ」


 不思議な色合いの茶色の瞳に、目が隠れるほどの前髪、フワフワなクセ毛。細くて背が高く、ダメージジーンズに白いTシャツ。Tシャツには、ニート最高と書かれているのが台無しだ。Tシャツの文字はともかく、健の言っていた従兄弟に似た外見の男がそこにいた。


「もしかして、皐さんですか? 」


 男は何も言わずニッコリ微笑んで人差し指を口にあてた。そして山の奥へ歩き、木の影に隠れた。


「あの、待って下さい! 」


 薫子が木の後ろに回ると、男の姿は無かった。



 呆然と佇む薫子は俺が来たことに気がつかなかったようだ。腹が立って頭にゲンコツを喰らわせる。


「ふぎゃっ」

「ひとりで山に入ったら危ないだろ! 」


 頭を撫でながら薫子が半泣きになっていた。これで嫌われても仕方ない。命に関わることはしっかりと怒っておかなきゃいけない。


「山菜を取りに行って行方不明になる人は多いんだからな!山を甘く見ちゃダメなんだ」


 何か言いたそうにしていたが、反省したんだろう。薫子はごめんなさいと素直に謝った。


 帰りの道は、やっぱりキャリーケースを自分で持つと言い張る薫子に荷物を返したら、安心した顔をしていた。マジであの中には何が入っているのだろう?

 その後は何事もなく家に着いた。


「日帰りの予定だったけど、もうバスがないからな。泊まるしかないか」

「やっぱりロマンスが!! 」

「ないわ!襲うなよ? 」

「それ女のセリフだよー」

「大丈夫だ。お前は女の中にはカウントされない」


 不満顔の薫子がドヤる。


「こうみてもモテモテなんですけど?! 」

「はいはい。世の中には色んな趣味の男がいるからな」

「どーいう意味?! 」


 家の中に入りブレーカーを上げる。電気も水道も止めていないと聞いていたので使えるだろう。あちこちの蛇口の水抜き栓を締めて元栓を開けると、それぞれの場所の水を止めて回る。


「埃っぽいね」

「誰も住んでないからな」


 納戸から掃除機を出すと、掃除機をかけるよう薫子に命令する。面倒かけたんだからキリキリ働け。

 俺はバケツに水を組むと、雑巾でざっと辺りを拭いた。掃除が終わった薫子から掃除機を受け取り、納戸にしまう。布団を敷くと、布団をくっつけるか離すかの攻防が繰り広げられた。


 あぁ……普通は恥じらう女の子にイヤイヤされながら布団をくっつけて、なし崩しにそんな関係に持ち込むのが理想なんだがなぁ。相手が薫子だと俺が捕食動物にされる気分だ。好みではないが、確かにコイツは見た目だけは悪くない。悪くないが違うんだよな。


 普段から『お前は贅沢だ』と言っていた悪友の魂の叫びが聞こえた気がする。俺になったら気持ちが解るさと、心の中の悪友に返事をしておく。


「飯買いに行くか」

「うん」


 薫子がニコニコしながらキャリーケースを持つ。どこまで持って行くんだ?


「すぐそこの商店でカップ麺を買うだけでデカい荷物はいらないだろ」

「だが断る! 」

「勝手にしろ」


 呆れて背を向けた。


「さっきみたいになったら困るからね」


 呟く薫子の独り言は聞こえなかった。




 カップ麺を食べて落ち着くと、薫子を風呂に入らせてる間にタンスを漁る。確か部屋着ぐらいあったはずだ。Tシャツとスエットを見つけると、入れ替わりに風呂に入る。ばぁちゃんの家の風呂はレトロで風情があるので割と好きだった。


 部屋に戻ると、スケスケのベビードールを着た薫子が布団の上で正座をして待っていた。


「ふつつか者ですがよろしくお願いします」


 頭を下げる薫子の頭をスリッパで叩くと、パコーンという良い音がした。


「何するのよー 」

「こっちのセリフじゃボケがー!どこの新婚初夜の挨拶じゃ!それにスケスケの服なんか着るとは、はしたない! 」

「健こそ、どこのお母さんのセリフよ」


 俺は黙って手荷物やティッシュやスーツケースを布団の間に置いた。


「やん。ティッシュを用意するなんて、健もその気…」

「違う。黙れ。いいか?この荷物達からこっち側には絶対に来るなよ? 」

「えぇー?健のイケズ」

「いけずなんて言葉知ってるお前も女子高生じゃないみたいだよ。とにかく来るなよ?来たら絶交な」


 襲うのは好きだけど襲われる趣味はない。念を押すとしぶしぶ引き下がった。こっそり手を伸ばそうとする姿が見えたので、絶交……とボソッと呟くと手が瞬時に消えた。油断もスキもない。


 電気を消すとカーテンの隙間から月明かりが漏れていた。薫子が起き上がってカーテンをわずかに開ける。月明かりが部屋を照らして逆光となって、無駄がなくしかし出るところは出ている均整の取れた身体を浮かびあがらせた。


 薫子のくせに生意気な!思いがけずドキドキしたのを消すように心の中で悪態をつく。


「月が綺麗だね。明日の夜には満月になりそうだね。星もたくさん見える」

「田舎だからな。もう寝ろ」

「はぁい」


 薫子はカーテンを閉じて布団に戻る。寝ながら色々な事を話しているうちに少しずつウトウトしてきた。


「そういえばね……山の中で健の従兄弟そっくりの人がいた……ん……だよ……」

「え? 」


 聞き返したが、隣からはスースーと寝息が聞こえて来たので諦めた。明日聞けばいいか。俺も寝よう。


 寝ようとしたが、ちぃ兄ちゃんと似た人が気になったのと、月明かりに浮かぶ薫子の姿が頭から離れなくてなかなか寝つけない。



 寝よう寝ようと頑張って、眠りについたのはかなり後になってからだった。



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