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社畜⇔戦士の二重生活!  作者: ダン・ボールマン
第1章・新人デビュー戦編
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9.信頼しえるものがいたからこそ、佐久間信太郎はたどり着けた。

 久しぶりにシロと心行くまで遊んだ気がする。

 散歩から家に帰ってくると、すでに日は暮れていた。

 幼い頃より行きつけの公園で、フリスビーやボールを投げ続けた。老いたというのに、シロもあの頃と同じように嬉しそうにそれを拾いに行った。

 もう老犬だから無理をさせてはだめだ。

 いつ頃からだろうか、そういう遠慮を、シロにしていたのは。

 シロは見た目にも疲れていた。信太郎も同様だ。

 全身にのしかかってくるような倦怠感の中で、しかし信太郎もシロは満足げであった。

「明日も遊ぶか」

 犬小屋に戻るシロにそう語りかけると、「ワン」とシロは大きな返事をした。

 信太郎はシロに少しばかりの別れを告げると、さて、と身をただした。

 自室に戻ると、一つ深呼吸。

 あちらからこちらに戻ってきたようにあぐらをかくと、ゆっくりと目を閉じる。

 今度はすぐに眠りに落ちる、とはいかなかったが、おかげで脳裏に様々な白との思い出をよみがえらせることが出来た。久しぶりに目いっぱい遊んだ分だけ、魂もあのころに戻っているのかもしれない。

 信太郎は心静かに、笑みを作った。

「ぼくとおまえが一緒なら、負けないさ」



「そうだろ、≪シロ≫」

 白の元素機体――≪シロ≫の肩の上で目を開いた信太郎は、となりで自分を見下ろす巨大な顔を見上げた。

 その二つの瞳は、信太郎に語りかけているようであった。

 その通りだ、と。

 遠くから、ゴンドゥの信太郎を呼ぶ声が聞こえてきた。

 見れば、青の元素機体のコクピットハッチでゴンドゥが手を振っている。午後の模擬戦を開始しようと言っているのだろう。

 信太郎がそれに手で合図を返すと、ゴンドゥは青の元素機体の中へと引っ込んだ。信太郎も、≪シロ≫の中へと滑り込むようにして搭乗する。

「居眠りも結構だが、それであのアーキッシュに勝てるのか」

 モニターにポップアップした青の元素機体のコクピット映像の中で、ゴンドゥが小言を言った。

「すみません。ちょっと、寝すぎました」

 素直に謝った。このあたりは、あちらの世界で権田に叱られていたことによる条件反射のようなものだった。

 まあいいさ。始めるぞ、と、青の元素機体が両の拳を構えた。

 相対する青の元素機体は、敵であるアーキッシュのものに出来るだけ近い装備に換装されていた。どっしりとした下半身や腕は、あの巨大なハンマーを振るだけの馬力を生むために必要不可欠なものだ。肝心の巨大ハンマーは特注品のため用意できていないが、徒手空拳でも十二分に相手を破壊せしめるだけのパワーを秘めている。

 対して、≪シロ≫はレイチェルのプラン通りに装甲を最低限にまで廃し、運動性を重視されていた。細身なシルエットは見た目通りに頼りない。だが、なまじ装甲を強化するよりも有効なのは、すでにゴンドゥとの練習の中でも実証済みであった。

 ただ一つ問題なのは、決定打がないことだ。

 最下ランクの試合では、使用する武器が1種に制限されている。アーキッシュがハンマーを選んでいたように信太郎も何らかを選択しなければならないのだが、運動性を重視した分、機体の剛性が低くくなっており、同じような巨大な兵器が選べないどころか、普通の武器ですら振るった際の遠心力に振り回されてしまう。

 ゆえに選ばれたのは、小刀だ。的確に敵元素機体の装甲の隙間を抜けられれば、骨格に直接的なダメージを与えることが出来る。

「これでうまく筋繊維でも切れれば儲けもんだ」

 とはゴンドゥの言葉である。

「そうそう、うまくはいかないんですけどね」

 自嘲気味につぶやいた。

 信太郎の戦意の高揚に合わせ、≪シロ≫も小刀を逆手に構えた。膝を曲げ、前傾姿勢――それを超えて、どんどん沈んでいく。空いている手が地に添えられるほどに低くなった。その巨大な身体で、地を舐めているようだ。

 今まさに獲物に跳びかからんとするその構えに、ゴンドゥはにわかに総毛立った。

「まるで獣だな」

 まさに言葉通りだったに違いない。

 信太郎が白の元素機体が≪シロ≫であると気づけたからこそ到達できた姿だ。それは、老いてなお標的――フリスビーやボール――を追い求めるシロの体現であった。

 彼我の間は、50メートル以上。

 重量級装備に身を包んだ青の元素機体ならまだしも、今の≪シロ≫ならば5歩もあれば容易に到達できる。

 だがアーキッシュは、小刀だけで決着がつけられる相手ではない。

 仮想敵として立っているゴンドゥに圧勝するほどでなければ、信太郎と≪シロ≫に勝ち目は見えないのだ。

 そう考えればこそ、信太郎は、もう一つの力を欲した。

 ――≪元素解放≫だ。

 いかなるものかの説明は受けていないが、今の自分と≪シロ≫ならば可能であると、信太郎は根拠なく信じていた。

「日が暮れちまうぞ」

 動いていないのではなく、動けないという剣呑な状況下で、ゴンドゥが言った。

「行くか!」

 幾星霜、元素機体に踏み鳴らされた堅い大地を蹴って、青の元素機体が≪シロ≫目がけて疾走した。

 ≪シロ≫は獣のような構えのまま微動だにしない。重量級の機体が地を震わせて迫りくる中、信太郎は冷静であった。いまやその両目すら閉じられ、観念したかにも見えた。が――

「ぬんっ!」

 青の元素機体の拳が振り下ろされた場所には、すでに≪シロ≫の姿はなかった。空ぶった拳はそのまま地面を砕き、砂埃を上げた。

「どこに!?」

 青の元素機体――ゴンドゥは自らに落ちる影で、≪シロ≫がどこにいったのかを悟った。

 上空に跳躍したのだ。

 迎撃するべく、空を見上げた瞬間、ゴンドゥは目を見開いた。

 元素機体の跳躍力は、記録に残っているだけならば最大で15メートルほどだ。現時点での≪シロ≫は運動性重視の調整のために10メートル近い跳躍力も有していた。だが、今ゴンドゥの視線の先で舞う≪シロ≫は、そんな過去の記録など及びも付かない高さに到達していた。

 実に30メートル以上。

 元素機体に精通したゴンドゥだからこそ、その異常さに驚きを隠しきれず、対処に遅れを取ってしまった。

 太陽を背にし、逆光にその姿を隠した≪シロ≫が、青の元素機体に向かって『加速』した。太陽の光すら跳ね返すほどの赤い炎を、背中から噴き出して。

 おそろしい速度で空から振りかかった≪シロ≫の小刀が、ひらめいた瞬間――

 残されたのは、仰向けに地に倒れた青の元素機体と、立ち尽くす≪シロ≫のみだった。

 青の元素機体が咄嗟に身を守ろうとして構えられた両の腕は、小刀によって切断されていた。太い両腕によって阻まれた小刀は、その切っ先しか刃を青の元素機体の身体に到達させられなかったが、首筋から股にかけて縦一文字に走った傷跡は、そのすさまじさを物語っていた。

 コクピットから這い出してきたゴンドゥは、やれやれと頭をかいた。次いで、ハッチの横に走っていた傷跡を見て、舌を巻いた。

「ほんとに≪元素解放≫しちまいやがったか」

 小刀という刃物で切られただけの傷跡は、不自然にその装甲を融解させていた。切り落とされた両腕の切断面も同様にどろどろに溶かされていた。

 ≪シロ≫の握る小刀も今や柄を残すばかりで、刀身がキレイさっぱりと無くなっていた。

「こいつはひょっとすると、ひょっとするかもしれねーな」

 嬉しそうに言うゴンドゥの声は、信太郎の耳には届いていなかった。

 コクピットの中で信太郎は長く息を吐いて、気持ちを落ち着かせていた。いまだおさまらぬ興奮の中で、夢心地につぶやく。

「やったな、≪シロ≫」

 ≪シロ≫は何も言わなかったが、信太郎の耳には聞きなれた「ワン」という鳴き声が聞こえた気がした。

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