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社畜⇔戦士の二重生活!  作者: ダン・ボールマン
第1章・新人デビュー戦編
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5.二度あることは三度あると、佐久間信太郎は予感していた。

 こうも連日にして変な状態であると、さすがに上司や同僚にも変な目で見られるものだ。

 朝からいつにない居心地の悪さを体感している信太郎であったが、不思議と心は落ち着いていた。

 自分しか知りえない世界に、必要とされているという事実が、信太郎に今までにない自信を与えていたのだ。

 だから、今日も今日とてあの世界にトリップするために早く帰宅したかったのだが、

「佐久間くん、今日飲み会があるの知ってる?」

 同僚の女性社員が教えてくれたには、昨日の終礼で上司――権田部長が急遽決定したのだという。金曜日だったのも災いした。

 開催理由が「最近調子のおかしい佐久間を元気づけてやろう」というものであったが、なんのことはないただ口実に使っただけだろうと、佐久間にも分かった。だが、そうなってくると自分が断るわけにはいかない。

 成績の悪い平社員をわざわざ慰労してやろうという心配りを、無下にするわけにはいかないのだ。

 結局近場の安い居酒屋で社員十数名がすし詰めでワイワイやるといういつもの流れで、慰労も何もあったものではなかった。権田部長が信太郎を心配する体で話題に出したのは開始のあいさつの時くらいのもので、今は上機嫌にお気に入りの部下と酒を酌み交わしている。

 ――いっそ帰ってしまおうか。

 いつもなら時間が過ぎるのをトイレにいったり電話をするフリをして外に出たりしてちまちまと稼ぐ信太郎ではあったが、今は早く帰って眠りたいばかりだった。あの世界が待っているのだ。

「ところでよー」

 唐突に話かけてきたのは、同僚の営業マン――阿久津コウジだ。信太郎が学生時分より避けてきた、いわゆる不良然とした風貌で、髪こそ会社の規定通りに黒いが、スーツをいつも着崩して、もっぱら権田部長に叱られていた。

 それとなく避けてきただけあって、それほど話したこともない阿久津に、信太郎は身構えた。

 それを察知したのか、阿久津は信太郎のコップを奪い取ると中のビールを半分くらい飲んだ。押し付けるように、コップを返された。

「おめーの慰労会なんだから呑んでねーと権田に何言われっかわかんねーだろ。酒が苦手なのは知ってるけどよー、そういうとこ空気読めよ」

 信太郎は阿久津と話したことは、数えるほどしか覚えていない。その中ではたして酒が苦手であると吐露したことがあったかも定かではない。

「ぼく、酒が苦手って、言ったことありましたっけ」

「んなもん飲み会のときに見てりゃわかんだろ」

 ワイルドというにはいささか逸している風体とは裏腹に、阿久津の営業成績はそれほど悪くない。決してトップではないが、上から数えたほうが早い位置にいるのは確かである。信太郎は、なんとなくその理由がわかった気がした。

「んなこたぁどうでもいいだよ。ちょっと聞きてーことあんだけどさ」

 膝を立てて座ったまま、ぐびぐびとビールをあおりながら、阿久津は続けた。

「昨日言ってたレイチェルってのは何だ? おまえのこれか?」

 阿久津は小指を立ててみせた。

 その言わんとしていることは信太郎にも理解できたので、首を横に振った。

「そういうのじゃないけど……」

「じゃあなんだ、権田と関係あんのか?」

 そこで信太郎にも合点がいった。

 昨日叱られながら話していた信太郎は、権田部長に「レイチェルさんを知っていますか?」と訪ねたのだ。もちろん知らないと言われてしまったし、信太郎にはそれが真実であると、昨夜のあちらの世界で裏も取れた。

 だが、阿久津はそうは思わなかったのだ。

 そのレイチェルという女性と権田に何か関係があり、指摘が事実であったために、普段早退など許すはずもない権田部長が信太郎の早退を許した。あまつさえ慰労会を開くというフォローにまで回った。そう、勘違いしているのだ。

「名前からして外国人だよな? あれか、風俗かなにかか?」

 ぶっ。

 思わず、信太郎は少しだけ口に含んだビールを噴き戻しそうになった。

「いや、それこそ、違うよ」

 ぬれた口元を拭きつつ、

「ぼくの勘違いだよ。夢で権田部長に似た人とレイチェルって人が出てきて、それを寝ぼけてぼくが口走っちゃっただけ」

 なんでぇ、と阿久津はつまらなさそうに口をとがらせた。

「まあほんとだったら権田にもう口止めされてるだろうし、俺には言えねーか。気が向いたら教えてくれよな、佐久間」

 と、1人で都合の良い納得をして、阿久津は席を立った。携帯を取り出すと、そのまま外に出て行ってしまった。

「夢の話だったんですね」

 ふぅ、と信太郎が息をついたのも束の間、隣で静かに飲んでいた同僚の女性社員――麗地ミサキが話しかけてきた。いつも通りに、いまどき珍しい分厚いビン底メガネをかけ、ぶっとい三つ編みを垂れ下がらしている。身長の低さも相まって、地味という特徴を際立たせていた。

 信太郎と同じように社内でも目立つほうではない社員であったため、阿久津よりは話をしたことが多かった。席も近しいのだ。

「レイチェルって人、夢の人だったんですね」

 麗地が飲んでいるのはビールではなく日本酒だ。小さなおちょこを可愛らしくちびちびと飲んでいた。

「えっ、うん、まあ」

 嘘ではないが、本当に夢なのかも怪しい現状、どうしても歯切れが悪くなる。

「夢だよ、夢の話」

 だから、言い訳じみた言葉に、乾いた笑いまで繋げてしまう。

 それで納得したのかは定かでないが、麗地は押し黙った。それきり、何も言わなくなってしまった。

 居心地が余計に悪くなった。どうにかならないかと話題を考えていた矢先に、

「佐久間ぁ、調子は大丈夫なのかぁ」

 酒臭さを振りまいてやってきたのは権田部長だ。

「おっ、全然飲んでないじゃないか! ほれ飲め飲め!」

 権田部長は自分の持ってきたピッチャーをドカリをテーブルに置くと、手の付けられていないコップのビールまで注ぎ込んで、なみなみと一杯にしてしまった。

 ズイッと差し出されたそれを断る勇気など、信太郎は持ち合わせてはいなかった。まわりからは社員の注目が突き刺さるし、隣の麗地は素知らぬ顔で日本酒を飲み続けている。店の出入り口からこちらを眺める阿久津の視線もいやらしかった。

 ――ええい、ままよ!

 一気にあおった次の瞬間、信太郎は自分の意識が水底に沈んだような感覚を覚え、その後、何も感じなくなった。


 

 頭痛がひどい。

 最初にこの世界にやってきたときに目覚めた堅いベッドの上で、信太郎はぐらぐらと自分の意識の揺れているのに驚いた。

 部屋を後にして、千鳥足よりはいくらかマシなふらふらとした足取りで、コロッセウムに向かった。

「まさか、こっちでもあっちの状態を引きずるなんて……」

 肉体的な負傷こそないが、精神のコンディションは共有されるのだと、改めて信太郎は理解した。

 改めて、というのは、暴れる白の元素機体から元の世界に帰った時に、自分が混乱していたことを思い出したからだ。

 ――戻るときは、気を付けよう。

 こちらの世界に酒に該当するものがあるかは分からないが、あちらからこちらに来る時ならまだしも、こちらからあちらに戻る時に酔っているのはまずい。電車通勤とはいえ、赤ら顔ではクビを飛ばされても何も言えないのだ。

「失礼しまーす」

 コロッセウム内にある、以前レイチェルに通された部屋にたどり着くと、そこには誰もいなかった。

 元素機体の立ち並ぶ部屋を覗き込んでも、やはり誰もいない。それどころか、5体もあったはずの元素機体すら1体も残っていなかった。

 おかしい、と頭を悩ませていると、どたどたとこちらに駆けよってくる足音を感じて、信太郎は部屋の外に出た。ちょうど、見知らぬ2人組が唐突に出てきた時分を避けて、駆けていった。すれ違いざまに、

「いそげよ、次の試合が始まっちまうだろ!」

 という言葉が聞こえた。

「次の試合……」

 ズシン、とコロッセウムそのものが振動した。次いでもう一度同じように揺れ、その後に遠く歓声が上がったのを信太郎は耳にした。上から聞こえてくるということは、今まさに、コロッセウムでの試合が始まったということだ。

「やっと見つけた!」

 通路の奥からこちらに向かって声を上げたのは、レイチェルだ。ぶんぶんと手を振って、

「早くー、もう試合始まっちゃうよ! みんな上にいるから―!」

 それだけ伝えると、すぐさま通路奥にある階段を駆け上っていった。上は観客席だ。

「そうか、今日は!」

 信太郎も観客席へ行くために走り出した。

 今日は、信太郎の次の対戦相手である男の、試合の日だったのだ。

 大急ぎで階段を上っていくうちに、巨大な質量をもったもの同士がぶつかる音と、コロッセウムそのものを揺るがすほどの大歓声はどんどんと大きくなっていく。

 ついに階段の出口まで辿り着いた信太郎が目にした光景は――

「圧勝! まさに圧勝であります! アーキッシュ・コージェイド選手、これで3連勝です!」

 コロッセウムの中央、赤い元素機体と、両腕、両足を叩き潰されて今やダルマのようになった黒い元素機体。勝敗は明らかだった。赤い元素機体は担いでいた巨大なハンマーを地面におろすと、右腕を高々と振り上げて、勝ち鬨を上げた。本日一番の大歓声が、それに応える様にこだました。

「あいつは骨が折れるぞ」

 信太郎の隣にはいつの間にかゴンドゥが立っていた。

「すみません、あまり見ていなかったんですけど……」

 正直に言うと、ゴンドゥは歯を見せて笑った。

「何、内容はあとで教えてやる。それより、見な。戦士のお出ましだぜ」

 ゴンドゥは赤い元素機体を指差した。見れば、その首元のハッチを開き、今まさにパイロットが姿を現わそうとしていた。

「たぶんおまえと同い年くらいさ。戦歴でいやあ、少々上手だ。腕前も悪くない。とはいえ、勝てねぇ相手じゃねぇさ。苦労はするがな」

 最後のほうは、信太郎の耳には届いていなかった。

 聞いていなかったわけではない。それ以上に驚いてしまい、意識が向けられなかったのだ。

 信太郎の視線の先には、赤い元素機体のパイロットがいた。乗っている元素機体と同じように右腕を振り上げていた。

 その顔は、阿久津コウジそのものだった。

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