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社畜⇔戦士の二重生活!  作者: ダン・ボールマン
第1章・新人デビュー戦編
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4.流されるままに生きていくことを、佐久間信太郎は悪いとは思わなかった。

 これがおまえの相棒だぞ、と紹介されたのは信太郎もよく知っている元素機体であった。

 肩から外装を落として、下敷きにしてくれた張本人だ。

 改めて眺めてみると、白色を基調とした特徴的なその機体に、信太郎は不思議と心惹かれるものを覚えた。

「骨格はマーギッシュ工房製の上位クラスだ。頑丈さならまず心配ない。おまえは初心者らしいから、なまじ速度を上げるよりも頑強な骨格と分厚い装甲で耐えてカウンターをねらったほうがいい」

 そう言って、上司によく似た男はおどけたようにシャドウボクシングをしてみせた。さらに相棒と称した元素機体の装甲に触れて、

「まあ、まだ練習用だ。本番はこいつにもうちょっと装甲をかぶせる。まだまだこれじゃ薄いからな」

 べちべちと装甲を叩いた。

 すると、元素機体がそれを嫌がるようにブルリと身震いした。

「おっと、悪いな」

 上司によく似た男は元素機体を見上げ、申し訳なさそうに謝った。

「こいつ、もしかして勝手に動くんですか?」

 以前自分が大声を上げた時にもそのような素振りを見せていたこと、信太郎は思い出した。

「まあ、感情表現するくらいの意思はあるわなぁ。使ってるもんが使ってるもんだしな」

「はぁ……じゃあ乗る人って何をするんですか?」

「そこはやりながら教える。とりあえず乗んな」

 おーい、と上司によく似た男が声を上げると、白の元素素体はゆっくりとその場にひざまずいて、手のひらを差し出した。

 促されるままにそこに乗ると、首元まで運ばれた。結構な高さだ。目の前にあったコクピットハッチが下にスライドして口をあけたが、中は真っ暗で何も見えない。

 ――これだけ動けるなら、ますます人の乗る意味が……。

「早く乗れよー」

 遠くから聞こえてきた声に振り向くと、上司によく似た男も、いつの間にか同じように別の青い元素機体の手のひらに乗り、搭乗しようとしている最中だった。

 練習相手をしようというのだろう。

 逃げられそうもない状況に腹を決めて、信太郎は白の元素機体のコクピットにもぐりこんだ。

 ハッチが閉じられると完全に真っ暗となり何も見えなくなった。その上非常に狭い。おっかなびっくりと手探りで壁などに触れていくうちに、その空間が丸いこと、中央にイスと思しきものがあることが理解できた。イスに腰を落とすと、信太郎の身体はがっちりと何かに固定された。大きく自由がきくのは腕と足くらいだ。

「どうすりゃいいんだ……」

 とほうに暮れていると、突然目の前に文字が浮かび上がった。その意味は――

「読めねぇ」

 日本語ではなかった。英語でもなかった。

「そっちはどうだ」

 とたん、ノイズ混じりの声が響いた。上司によく似た男の声だ。

 信太郎が文字の読めないことを説明すると、上司によく似た男は豪快に笑った。

「起動シークエンスだ。やり方さえ覚えりゃ学の無い田舎もんでも心配ない。俺の後に続いて喋ってみな」

 レイチェルにも上司によく似た男にも「田舎もん」のレッテルを貼られてしまったが、分からないものは聞いたほうが早いことも信太郎は知っていた。

 上司によく似た男の声に従い進めていく。口は悪いが、丁寧な進め方だった。

 その過程でコクピット内も明るくなった。自分が座席に座っていることはもちろん、ちょうど両手を置ける場所にある操縦かんのようなものの存在や、さきほど手で調べた通り、周りの壁は湾曲しており、外から見ればこの空間が球状になっていることが分かった。身体を固定していたのはセーフティーバーだ。周りは全面が複数のパネルを敷き詰めたモニター状になっている。モニターは目の間に文字を表示するばかりであったであったが、処理の過程でそのすべてに外の景色が表示されていった。次いで上司によく似た男の乗る元素機体のコクピット内の映像がポップアップした。

 文字が表れては指導に従い音声入力で処理し、また表れては音声入力で処理をする単純作業に従事していると、信太郎は会社に入社したての頃を思い出す。

 ――あの頃は上司も優しかったんだよな……。

 いつの頃から叱られるようになったかは信太郎も覚えていないが、その思い出だけはキレイなものだ。

 昼飯を奢ってくれたことや、営業先に同行してやり方を教えてくれた上司の優しさに「この会社に入って良かった」と思ったりもした。

 きわめて普通のことが最近ではめっきり行われなくなってしまった。辟易する日々に乾ききった心に、上司によく似た男の指導の声がしみわたっていく。

「これで最後だ。わかったか、おい」

「すみません、権田さん!」

 ゴンダぁ……? と、ノイズ混じりの、上司によく似た男の声が響く。

 権田とは、信太郎の上司の名前だ。思い出にトリップするあまり、ついついここが違う世界だと、信太郎の頭から抜けてしまったのだ。

「俺はゴンドゥだよ。ゴンドゥ・マーサッキ。レイチェルにでも間違って教わったか?」

 がははと豪快に笑う上司によく似た男――ゴンドゥ・マーサッキとは裏腹に、信太郎はその名前に親近感を覚えた。

 上司の名前こそ、権田マサキだ。

「さて、おしゃべりはここまでだ」

 建物ごと振動するような、しかし小さな揺れが発生した後、信太郎は下方向にかかる重力を感じ取った。白の元素機体の立っていた床が、上昇しているのだ。

 見上げると、上部モニターに映っていた天井が口を開けた。

「練習といこうか」

 上昇し、たどり着いたのは、コロッセウムの中、闘技場である。

 すり鉢状に延々と段差を作る観客席には、今は誰もいない。

 中央に立っているのは、2体の元素機体のみ。白と青。信太郎とゴンドゥだ。

「とりあえすフットペダルを踏んでみな」

 青の元素機体は腕組みをしたまま、お手本とばかりに数歩歩いてみせた。

 フットペダル、と言われても信太郎にはよくわからなかったが、両足の足元にあったそれらしきものの右側のみを踏んでみた。すると、

「おっ」

 白の元素機体が、2、3歩ぎこちなく歩いた。見た目にも重い元素機体が踏みしめたというのに、地面が陥没することはなかった。それどころか踏み鳴らされた堅い感触まで、コクピットにいる信太郎は感じ取れた。

 そのまま、続けてみな、と促されるままに、信太郎は右側のフットペダルを踏み込み、白の元素機体を歩かせた。歩行のたびにコクピットは若干の縦揺れを起こす。少しだけ気分が悪くなってきたところで、ゴンドゥに止められた。青の元素機体がズシンズシンと足音を響かせて近寄ってきて、隣に並んだ。

「どうだ、簡単だろうが」

 最初こそぎこちない歩き方も、慣れてきた中盤以降はスムーズに変わっていたので、信太郎もその言葉にうなずきを返した。

「でも、右しか踏んでなかったのにちゃんと歩いてくれるんですね。僕はてっきり両方交互に踏むのかと……」

「ああ、さっき、意思のあるこいつらに乗ることの意味を、お前は訊いたよな?」

「はい。確かに聞きましたけど」

「こいつらは意思こそあるが、思考能力は弱い。他人に何かを言われるまで、自ずから行動するってことができねーのさ。加えて感応力は高い。例えば、だ……」

 そう言って、ゴンドゥはコクピット内で自分の顎をさすってみせた。

 すると、青の元素機体もまったく同じように顎をさすった。

「こういう風に、自分の中に入れた奴の動きを真似するってこともある。人の無意識の動きすら察知して真似ちまう。お前が右のフットペダルしか踏んでなかったのにしっかりと歩いたのはそういうことだ」

「じゃあ、フットペダルとかはいらないんじゃ……」

「おまえの言う通り、初期は何にもなかったさ。だが――」

 青の元素機体が突如としてフック気味の拳を打ち込んできた。前面のモニター一杯に迫りくる拳は、しかし白の元素機体の胴体直前でピタリと静止した。遅れてやってきた風圧すら感じれそうなコクピットの中で、信太郎は生きた心地がしなかった。

「こういう突然の事態の際に、人の身体は訓練なしだと咄嗟の動きしかできなくなっちまう。今お前は操縦かんを握ってねーんじゃねーか」

 ゴンドゥに言われた通り、信太郎の腕を操縦かんをはなれ、自分の頭をかばうように顔の前で交差されていた。

「元素機体は巨大だ。モニターに映る攻撃の全てが、パイロットには自分にふりかかる半端ねー巨大な岩みたいに映っちまう。本当は胴体を狙った攻撃なのに、パイロットが頭をかばおうとする動きをして、それを元素機体が律儀に反映して死んじまう、なんてこともあるのさ」

 青の元素機体はゆっくりと拳をおろした。

「操縦かんやフットペダルは、元素機体にパイロットの意思を伝えるための手綱だ。両手両足にある計4つだけで千差万別の動きを再現させることが出来るやつが、この世界では強いのさ」

「よく、分かりました……」

 拳がはなれ、ようやく一息ついたところで、コクピット全体が小刻みに震えていることに気がついた。またどこかへ床ごと移動するのかと信太郎が考えていた次の瞬間――

 白の元素機体が勝手に動きだし、めちゃくちゃな動きを始めた。

「まずい、パニック障害か! 落ち着け、お前の恐怖心を元素機体が拾っちまって処理しきれなくなってんだ! とにかく落ち着け!」

 がくがくと揺れるコクピット内にゴンドゥの声が響く。

 ――落ち着けと言われても!

 上下左右、身体が固定されているとは、揺れ動いている振動は今まで乗ったことのあるどの乗り物の比ではない。そうして気分が悪化するたびに、元素機体はより一層動きの激しさを増す。

 そしてついに、衝撃に耐えられなくなったセーフティーバーが外れ、信太郎の身が椅子から投げ出された。

 そのまま顔面をモニターにしたたかに打ち付けて――



「信太郎あんた、その顔どうしたの?」

「ちょっとね」

 目を覚ましてもあの世界でのパニック状態を継続していた信太郎は、壁に顔をぶつけ、青あざを作っていた。


 

アタマがまるっと抜けてました

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