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社畜⇔戦士の二重生活!  作者: ダン・ボールマン
第1章・新人デビュー戦編
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3.これ以上ないほどの確信を得たと思ったが、佐久間信太郎はそれ以上の考えに至らなかった。

 レイチェルぅ? 誰だそれは! 眠りすぎてまだ寝ぼけてるんじゃないのか? そんなんで今日も大丈夫なのか!?

 遅刻の叱られついでに昨夜のことを訊ねた信太郎は、朝一で今までにないくらいの大目玉をくらった。

 結局あの不思議な世界のことを、上司はまったく覚えていないらしかった。

 レイチェルと呼んでいた女性のことももちろん知らず、巨大なコロッセウムも、巨大な鎧も、何もかも知らないと首を横に振った。

「ついに頭にきたか?」

 盛大にバカにされたが、肌身で感じたすべてを夢だった幻だったと、信太郎は否定しきれなかった。

 だからその日、入社一年目以来の早退届を提出した。ひどくうろんな目で見られたが、朝から口走っていたおかしな言動が作用したのか、しぶしぶながら受理された。

 いつもより早い帰り道は、いつもとは違う風景だったが、信太郎の目には何一つ変わっては見えなかった。

 頭には昨夜の世界のことしかない。

 足早に雑踏をかいくぐり、さっさと家の門をくぐるのも束の間、母親の体調を心配する声も聞き流し、布団にもぐりこんだ。

 目を閉じてみると、信太郎の意識は意外なほど素早く、闇に沈んでいった。



 額に乗せられた冷たい感触で、信太郎の意識は覚醒した。

 目を開けて、ゆっくりと上半身を起こすと、自分がベンチに寝かされていたことに気が付いた。

 周りを見渡してみると、そこは巨大な鎧の立たずんでいた部屋の一角だった。

 見れば、遠く鎧の足元には上司によく似た男が立っていた。きこえてくるのは怒声だ。次々と響き渡るたびに、部下と思しき人間たちが右往左往している。

 外装の変えはしっかり用意しとけと言っただろう! 機体の調整はまだ終わらないのか! 次の試合開始まで時間がねーから急ぎやがれ! 

 あれやこれやと飛ばしている指示の内容は、自分の勤めている会社ではきいたことのないものだった。

「あっ、や~っと起きた」

 いち早く信太郎の目覚めたのに気が付いたのは、レイチェルと呼ばれていた女性だった。

 レイチェルは信太郎の隣に腰かけると、信太郎が鎧の外装の下敷きとなり、かなり長い間気絶していたことを教えてくれた。

「だから大声出しちゃダメっていったでしょ。まあ初めて見るみたいだったし、無理もないか」

 そう言って、レイチェルはいたずらっぽく笑ってみせた。

「あ、あの……訊きたいことがあるんですけど」

「ん? なぁに?」

「ここは、前にレ、レイチェルさんの言っていた王都っていう所なんですよね?」

「そうだよ」

「じゃあ、日本、て国は知ってますか?」

「ニホン……? 聞いたことないなぁ。村や町じゃなくて国だよね? もしかして外国人だった?」

 変なことを訊くやつだと言いたげな視線が、信太郎に突き刺さった。

 決定的だ、と信太郎はひとり納得した。TVのドッキリではない。ここは自分の知っている世界ではないのだ。

 頭に疑問符を浮かべるレイチェルをしり目に、信太郎は改めて今までのことを思い返してみた。

 現代に比べるとはるか昔といってよい文化レベルの家屋。

 そして常識では考えられない大きさの鎧。

 そんなものが存在する世界に、眠ると辿り着いてしまう。

 原理は分からないが、それが今現在分かる限界だった。

「もしもーし」

 信太郎の顔の前で、レイチェルがぶんぶんと手のひらを動かした。

「さっきから黙っちゃってどうしたの? 無視されるのも気分悪いんですけどー」

 レイチェルは子供っぽく、頬を膨らませた。

「あっ、いえ。少し、生まれ故郷のこと考えていて……」

「それがニホンってとこ? やっぱり外国人なの?」

 どういったものか、うまい言い訳も思い浮かばなかった信太郎は、

「そうですね。外国人、ではないですけど。ニホンは、かなり田舎ですから」

 テキトーに言いつくろっておいた。

 レイチェルは存外納得したようで、

「まあ王都は都会だからねー。私も田舎から出てきたから最初はびっくりしたもんよ」

「ここでは、長いんですか?」

「んー? でも1年も経ってないかなぁ。整備士見習い初めてあっという間」

 そう言ってレイチェルが指差したのは、たたずむ5体の巨大な鎧だ。

「そういえば、あれって、なんなんですか?」

 信太郎がそう口にすると、レイチェルは怪訝な顔を作り、

「いや、元素機体≪エレメントフレーム≫だけど」

「えれ……?」

 まだ何なのかを理解していない信太郎の表情で、レイチェルは思わず噴き出した。

「いやいやいや、いくら田舎もんでも知ってるでしょ。あれに乗って戦うんだよあなた」

 はーおかしー、と、笑いすぎたレイチェルの目のふちにうはっすらと涙までにじんでいる。

 ――戦う。戦うだって?

 10メートル近い鎧を見上げて、信太郎はその単語を脳裏に反芻した。

「やっと起きたみてぇだな」

 いつの間にか近くには上司によく似た男が立っていた。油にまみれた顔で豪快な笑顔を作り、

「おめぇの相棒の用意ももう終わる。起き掛けで悪いが、さっそく練習だ。いいな」

 上司によく似た男は、節くれだったごつい大きな手でむんずと信太郎の腕をつかんだ。そのまま有無を言わせず、信太郎を引きずるようにして、鎧へと向かっていった。

「頑張れ―」

 ベンチに座ったままのレイチェルのエールも、混乱した信太郎の耳には届かなかった。

 ――戦うって言ったって、何すりゃいいんだ!?

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