2.よくできたドッキリ番組だと判断するには、佐久間信太郎は経験が不足していた。
ひとまずより詳しい手続きをするからついてきてと言われて、元来より言われたことだけは忠実に行う性分の信太郎はホイホイ女性の後について、コロッセウムを目指していた。
人通りの多い城下町は、それ以上にやたらと横幅の広い道路が走っていた。往来を行きかうものの中で一番大きなものは馬くらいのものだが、信太郎の目算したかぎり、向こう側まで10メートル以上ある。中央部分にいたっては誰も通らないところが出来ているくらいだ。
――なんでこんなに広いんだ……?
街に生きる人々にそれを疑問に思っている節も見当たらなかった。
「あの……」
先導していく女性の背中に声をかける。
「ここって、どこもこんなに道が広いんですか?」
「ん~? そうだよ」
後ろを振り向くこともなく、女性はそっけなくそういった。
「そうなんですか」
そう言われれば納得するほかない。改めて道路の中央部分に目を移してみると、ところどころ、長方形に凹んでいることが分かった。それは等間隔に、自分たちが今から向かうコロッセウムへと続いている。反対側は、遠く街の出入り口へと伸びていた。
――変な街だ。
何らかの意味があるとすれば失礼なので、口には出さずに置く。小市民なところはここでも抜けきっていない信太郎であった。
コロッセウムにつくと、今度は道幅ではなく、門の高さに圧倒された。およそ人間1人の力では開けられないであろう鉄の扉、10メートル以上の高さだ。
「ここは私たち用の入り口じゃないからね」
口をあんぐりと開けた間抜け面でそれを見上げていた信太郎に、女性は苦笑しながら続ける。
「手続きは中ですませないとだから、もう少し辛抱してね」
そう言って、再び先に立って歩いていく。巨大な鉄の扉から離れ、その近くにあった普通の扉から、コロッセウムの中へと入っていった。
「ここも、天井が高いんですね」
予想通りといえば予想通りに、コロッセウムの通路の横幅は道路と同じように広く、また天井も鉄の扉と同じくらいに高かった。
「そりゃあねぇ。このくらいじゃなきゃ通れないしね」
「巨人でも、いるんですか?」
信太郎はいつか読んだ漫画や小説のモンスターを思い浮かべ、少々突拍子もなかったかと、口に出したことを後悔した。
だが、女性はそれをジョークと受け取ったのか、面白そうに笑った。
「巨人かぁ。そこまでは大きくないかな。まあ、似たようなものだけど」
「似たようなもの……?」
「おっ、ついたよー、ここここ」
そういって女性は、簡素な扉をノックした。ここにも隣に、入り口と同じくらい巨大な鉄の扉があった。
「入んな」
扉の中から聞こえてきたのは、野太い男の声だ。それが帰り際に叱られた上司の声に似ていて、信太郎は思わず背筋が凍った。
だが、その声をきいたおかげか、ここにきて信太郎の脳みそは一つの結論を導き出した。
――これはドッキリか!
あまりに現実離れした状況と世界も、とてつもなく手の込んだセットであれば納得も出来る。どこかにカメラが隠れていて、どのタイミングで「ドッキリ大成功」のプラカードが出てくるかは知らないが、上司もかかわっているのであれば会社ぐるみだ。なるほど、そうであればこのまま付き合わないと、空気の読めないやつだと立場がおかしくなる。よし、と信太郎が腹を決めたのをしってしらずか、女性は何のためらい無く扉を開けた。
「ほお、こいつが新しい戦士か」
扉をくぐり、通されたのは、やはり信太郎の上司によく似た男の前だった。今は女性と同じようなタンクトップとニッカポッカに身を包み、なぜか額から右目にかけて大きな傷跡があったりもしたが、椅子に座り踏ん反りかえった偉そうなその態度は何も変わらない。
「悪くねーじゃねーか、レイチェル」
顎をさすりながら値踏みするようにこちらを見ている上司似の男は、信太郎をここまで連れてきた女性にそう言った。
「ねっ、良い感じでしょ。これなら次はばっちり勝てるって」
今更になって、信太郎は女性がそういう名前であることを知った。とはいえ、まったく手の込んだドッキリだという感想しか浮かばない。
「へっ、バッカ野郎。ガタイだけよくったって使い物になるかは別もんよ!」
声を荒げ、上司似の男が立ち上がった。それだけで信太郎は思わずびくりとする。植えつけられた恐怖心は抜け切れていないのだ。
「ついてこいよ小僧。おまえの相方に合わせてやる」
ずかずかと、奥の扉へと進んでいき、乱暴に開け放った。萎縮していた信太郎へ、こっちへこいと手招きしている。
「初めて会うみたいだから警告」
女性――レイチェルが人差し指を立てた。
「あんまり大きな声出さないでね。うちの子たち、デリケートだから」
なんのことか分からなくて、聞き返そうかと信太郎は思ったが「早くしろィ!」という上司似の男に急かされて、扉へと向かった。
その先で、信太郎の目に飛び込んできたものは――
巨大な鎧だ。
10メートル近くはあるものが、五体ほど整列していた。
それを目撃して、信太郎は今まで見てきたものすべての巨大さと、レイチェルが言った「似たようなもの」という言葉に合点がいった。道路も、扉も、天井も、全てはこれのため作られた企画だったのだ。
驚きのあまり、信太郎の頭の中から、先ほどの忠告はすっぽ抜けていた。
「な、」
だから、今まで生きてきた中で、特に大きな驚きの声が上がった。
「なんじゃこりゃああああああああああああああ!」
反響するほどに響いたその大声に、巨大な鎧の一つがおびえたように身震いした。すると、その肩からゴトリと、鎧が剥がれ落ちた。それはそのまま信太郎めがけて落ちてきて――
◇
聞きなれた目覚ましの音で、信太郎は目を覚ました。
見慣れた木目調のシールの貼られた天井が見えた。薄い布団の上に寝転んでいた。各所に目を移してみても、見慣れた家具とインテリア、散らばった私物しか見当たらない。
「あ、あれ?」
不思議な夢だったとすぐにでも断じることも出来たが、信太郎の頭に残った覚えのない――あるいは覚えのある――痛みが、それを拒んだ。
「信太郎、早く起きなー。時間ー」
聴こえてきたのも、聞きなれた母親の声だ。
「やべ!」
時計の針はいつもの予定よりも回ってしまっている。
信太郎は夢を思い返すこともそこそこに、大急ぎでスーツに着替え、会社へ向かった。