M航空370便 失踪の謎
航空機失踪事件。私なりに推理し、臨場感あるようにと書いたつもりのフィクション(推理というか想像の程度)ですが、私の筆力があまりにも稚拙なのと、飛行機など操縦したことないということで専門用語の使用も難しく、上手くは書けませんでした。それでも、一つの可能性として、読んでいただけたなら、うれしいです。
二〇一四年 三月八日 午前〇時四十一分。
闇を照らす空港の照明の光を突き破るように、K空港発B空港行 M航空三七〇便は、その機体を地上から離し、地球の重力に逆らって今まさに空の一部となろうとしていた。
乗員乗客、あわせて二三九名。
「機長、すべて順調です。」
快調な計器類を目の当たりにして、副操縦士である、私「ファル」は、機長の「ザハト」に威勢良く云った。
「良し、わかった」
満足そうに、頷くザハト機長。
私は数時間後のB市での滞在に考えを巡らし、何とか大気汚染状況だけは良好であるようにと願った。漆黒の闇を、突き進む機体。機長はまっすぐに前を見ながら、いつものように操縦桿を握っていた。
それから、約二十分。午前一時を過ぎた頃、客室アテンダントから切羽詰まった声での緊急連絡通話があった。
「ハイジャック発生……です」
正直、私はうろたえた。
二十七歳の私は、操縦士になってまだ6年、飛行時間は3000時間も満たず、フライトに関してはまだまだ未熟者である。当然、こんな経験は初めてだった。
「機長、ハイジャックが発生しました」
裏返った私の言葉に、飛行歴三十年以上のベテラン操縦士、ザハト機長は答えた。
「うろたえるな。まずは、人命尊重だ」
静まり返った、コックピット。間もなくそこに現れたのは、若き女性フライトアテンダントの頭部に鋭利な刃物らしき物体を突き付け、良くわからない言語をわめき散らす、一人の中国人ぽい男性だった。
「目的地を変えてもらう」
ハイジャック犯が英語で伝えてきたのは、あるアフリカ地方の国の名前だった。行先のB空港とは、まったく正反対の方向である。
「そんなの、できるわけないだろう」
犯人に突っかかろうとした私を、冷静に機長が抑えた。
「総ては、人命が優先だ」
機長の説得により、コックピット内では、犯人に従うという雰囲気が出来上がった。
とそこへ、管制からの通信が入る。
「M航空三七〇便、問題ないか?」
一時一九分だった。通信機を取りあげ、管制に答えようとした私を制し、ハイジャック犯の男が、通信機を握った。
「問題ない。では、おやすみ。こちら三七〇便」
ハイジャック犯の男が、流暢な英語で答える。管制との通信は途切れた。
緊迫した空気の中、機長が口を開く。
「進路を変更する。目的地、○○○」
機長は、目的地として、ハイジャック犯が指定したアフリカの国の空港の名を告げた。
「位置情報システムを切れ」
ハイジャック犯が、冷たい口調で、命令した。怯えたアテンダントに向けた刃を持つ手に、力がこもる。
(そんな専門的なことまで知っているのか――)
私は、機長の顔色をうかがった。
「……。仕方ない、命令に従おう」
鎮痛な面持ちの機長から、言葉が漏れる。機長の手で、位置情報のシステム(ACARS)などのスイッチが切られた。一時二十一分のことだった。
(これで、我々は地球を彷徨う迷子だ)
私の暗澹とした気持ちを振り払うかのように、毅然とした声で、機長が云った。
「西に、方向転換する」
西に方向を換えてアフリカに向かうということは、ほぼ、元の方向に戻るということである。
(もしかしたら途中でハイジャック犯の目を盗み、どこかの空港に着陸できるかもしれない)
私は、淡い期待を持った。
機長が操縦桿を左にぐい、と曲げる。どんどんと飛行機の機体が左に折れていき、体の左側に地球の重力を感じるようになった。
「レーダーに映らないよう、高度を調節して行け」
これは、かなりの注文だった。そのためには機体を頻繁に上昇させたり下降させたりしなければならないが、この777の機体を自由に操るには、かなりの熟練した腕が必要であるからだ。
「私に任しておけ、ファル」
機長は、私に目配せをした。そういえば、ザハト機長は自宅にフライトシミュレータをおいて、日々操縦技術を磨いていると聞いたことがある。
「私もできる限り助力します」
私は機長の自信ありげな顔に、少し安堵を感じていた。
それから7時間ほどたった、午前8時過ぎ。もうすっかり夜は明けた。
ここは、南インド洋あたりだろうか。結局、今までは私の抱いた「淡い期待」は実現されなかった。
飛行は困難を極めたが、何とかここまでやって来れた。正直、私の疲労はピークに達していた。さすがの機長の表情にも、疲労の色は隠せなかった。
(きっと、乗客たちは訳も分からず、疲労していることだろうな)
私は、コクピットにはその声が聞こえてこない、乗客たちのことに思いを巡らせた。
と、そのとき、機長が叫んだ。
「大変だ! エンジントラブル発生!」
しかし、私には意味がわからなかった。燃料もまだあり、特に機器類においてもアラームは認められない。
「え? 機長、私には意味が解りませんが……」
機長は、私の言葉を無視した。そして、関係のないスイッチを手当たり次第、パチパチといじり出した。
「あ、そんなことしたら、飛行機が――」
私がそう云ったのも束の間、機長は宣言した。
「これから、洋上に不時着を行う」
操縦桿をぐっと押し下げ、機首を下げる機長。私は、はっとしてハイジャック犯の方を見た。何ということだ! ハイジャック犯は、まるで打ち合わせのとおりとばかり、落ち着いた顔でニヤけていた。
(そうだったのか!)
私は、そのとき何もかも理解した。
何故、機長は素直にハイジャックに従い続けたのか。そして、あたかもエンジントラブルが発生したかのように、何故、突然演技を始めたのか、を。
(グルだからだ)
私は瞬きをせずに、機長を見つめた。驚きすぎて、言葉が出ない。それを見透かしたかのように機長が云った。
「そう、私もハイジャック犯の一人だよ」
ぐんぐんと高度を落としていく、機体。
「そして、フライトシミュレータでの成果が、今現れる。そう……私は飛行機を飛ばすためでなく、不時着させるために練習していたのだから」
「そんな事させるかあ!」
不気味に笑う機長に飛びかかろうとした時、右のこめかみのあたりに冷たいものを感じた。それは、先程までハイジャック犯の男に捕えられていたフライトアテンダントが持つ、拳銃の銃口だった。
「少し、大人しくしていただけますか、副機長」
三人目の、グルが現れた。
私にはもう、どうにもできなかった。
ますます機体高度は低くなり、目前に青い海が迫る。
(海にぶつかる!)
機長の横の席に座り、激しい衝撃とその音に耐えながらも、機長が洋上に機体を横たえるのを、私は黙って見ているしかなかった。
「成功だ」
機長が深いため息をついてそう云うと、ハイジャック犯の男が、やった、とばかりに奇声をあげた。今の感じから云うと、機体にそう大きな損傷はなかったようだ。
「副機長、もう少しお待ちください」
拳銃を持ったフライトアテンダントがにこやかに云った。そのとき、私には不時着して海に浮かんだ形の機体に近づく、コンテナ船のような大型の船が一隻、見えた。
いくら機体にほとんど損傷がないといっても、いつまでも機体が海の上に浮かんでいることはできない。そのままならば、いずれ、沈む。
不時着から、数十分が過ぎた。飛行機に横付けしたコンテナ船から出てきた数人の人たちが、飛行機の貨物室にあった一つのコンテナを取り出し、船へと運びこんだ。想像するに、これは何処かの国が必要としている軍事的秘密物件なのだろう……。一体、この船はどこの国の港に着岸することになるのだろうか?
そんなことに思いを巡らしていると、横で、機長の声がした。
「さあ、お別れだ。副機長」
拳銃を携えた三人の男女が、今まさにこのコックピットから姿を消そうとしていた。
「あの世で会おう」
キザな台詞を残し、コックピットのドアを閉める。私と数人のスタッフは、もう声も出ない。呆然とするばかりである。
しばらくして、機体の外で、何発かの銃声が聞こえた。
それが、誰か抵抗する乗客に向けて三人が撃ったものなのか、それとも、先程の三人に向けて誰かが撃ったものなのか、私にはわからない。正直、どっちでもいい。
コンテナ船が、音もなく私たちを乗せた飛行機から離れていった。
私は大海原の中、SOS信号を送ろうと機材を試してみたが、ダメだった。既に機長の工作があって、使えない状態だ。
「とにかく、救援が来るのを待つしかない」
私は、海に沈みゆく飛行機の中で、豆粒のように小さくなったコンテナ船を見ながら、そう祈った。
終わり