1-7
遅刻者殺しの坂を下り、数分歩いたところにある公園に入った。
どこにでもある中規模の公園だ。前通ったときは子供で賑わっていた記憶がある。今は子供が遊ぶようなじゃないから人は皆無だが。
「で?話って何だよ安藤」
安藤は微笑する。
「まず最初に言っておくことがあるんだ。僕は安藤君じゃない。この体は彼のものだけどね」
は?
「僕の名前は伊藤信吾。君も名前は聞いたことあるんじゃないかな」
伊藤・・・信吾。
「なぜその名を知っている」
「なぜって・・・言ってるじゃないか。僕が伊藤信吾だからだよ」
伊藤信吾、古畑の小学校の頃のクラスメイトで俺の予想では超能力者だ。しかし伊藤はとある一件で死んはずだ。古畑が昔俺に話してくれた。
「アイツはもう死んだはずだ。そんなはずないだろう」
「そう、僕は死んだ。けれど死んだのはこの世界での僕の肉体だけ。僕自身の体はなくなったけど、ちゃんとこうして生きているよ」
こいつヤバい奴なんじゃないか?頭が逝ってる
「そうか、お大事に」
俺は即座に退散しようとした。こんな変な奴に付き合ってられるか。どこで伊藤のことを知ったのかしらんが不謹慎な奴だ。
―風が・・・吹いた。一陣の風が一瞬だけ。
その一瞬で世界が止まった。
完全な無音。一切の環境音が消え去る。
俺は怖くなってそのまま逃げだ・・・せなかった。
「なっ」
体が動かない。金縛りって奴だ。
どれだけ力を入れても体は動かない。感覚はあるのだが全身がいうことを聞かない。
「残念、逃がさないよ。僕は確かめなくちゃいけないから」
安藤の力なのか・・・?幽霊に出会ったばかりだというのに、今度は超能力か。まったくこれまでこういうこと一切無かったのになんで連続で起きるかね。
安藤の足音が聞こえる。どうやら俺に近づいているようだ。
「僕は確かめなくちゃいけないんだ、少し眠ってもらう」
そう呟いたあと、安藤が俺の肩に触れる。
それと同時に俺の体に激痛が走った。
生まれてから今まで感じたことのある全ての痛みを圧倒するかのような強烈な痛み。その痛みが体全体に広がり、俺を苦しませる。
「ああああああああ」
俺は全身の痛みに耐えられず、のた打ちまわ…れない。これは金縛りのせいだ。
意識が持っていかれそうだ。いや、持っていかれたほうが幸せなのかもしれない。苦しまなくても済むから。
意識を手放せば楽になれるだろう。しかし死ぬかもしれない。それほどの痛みだ。
俺は死にたくない。
「俺は・・・」
激痛が走る体を押さえつけていた金縛りを力任せに振りほどこうとする。
「ハァ・・・ハァ」
運動しているわけでも無いのに息が切れる。体が軋むように痛い。
「俺は、死なない」
一体何が俺を動かしたのかはわからない。全身が悲鳴を上げるほどの痛みを堪えている内に徐々に体の自由がきくようになっていた。
そして目の前の安藤を睨む。きっと鬼のような顔になっていることだろう。
自分の意識をハッキリさせるため、そして金縛りを完全に解くために、全身に力を入れる。
「はあーッ!!!」
その気合によって跳ね返されるかのように、不思議と全身の痛みが和らぎ、金縛りも解けていった。
俺が痛みを感じてから、その痛みが和らぐまでの時間はほんの一分程度だろう。しかし、俺には数時間のように感じられた。
よくあの痛みに耐えられたと思う。
「この可能性を考えていなかったわけじゃないけど、さすがの僕も驚いたよ。まさかただの一般的な人間であるはずの君が、僕の力を受けきるどころか跳ね返すなんて」
言葉では驚いているようだが、顔は全く驚いている様子ではない。
俺は痛みが和らいだとはいえ、直前まで痛みを感じていたせいか、体中がいうことを効かない。
結局座り込んでしまった。
果たしてこれで耐えれたというのだろうか。
「何者だ。お前超能力者なのか」
幽霊、超能力者と来たら次は宇宙人か魔法使いでも現れるんだろうか
「さっきから言ってるけど、伊藤信吾だよ。そして君の言う通り超能力者さ」
伊藤信吾は確かに昔死んだはずだ。しかしこいつも伊藤と同じで超能力を使える。本当に伊藤信吾なのかもしれない
「で、何の意味があって俺にあんなことをした」
強気な口調の俺だが、実際はかなりキツい。さっきので精神力の大半を使い果たしたのか、せっかく痛みが和らいだのに意識を持っていかれそうだ。
「僕はね、気になっていたんだ。なぜ古畑君が君のような一般人の人間の傍にいるのか―貶しているんじゃないよ。それが気になって調べようとしたんだ。本当はあの痛みで君は気絶し、そしてその後僕が君の体を調べるはずだった。まぁ実際は痛みに耐えて気絶しなかったわけだけどね」
なぜ古畑が俺のような能力の無い人間の傍にいるのか・・・か。
確かに古畑は有能だ。アイツは俺の知っている誰よりも賢いし、体も強い。そして実績もある。
対して俺は何の能力も無い。古畑と一緒に行動していたから、ある程度の実績はあるがそれも全て古畑と行動していたからこそのもの。俺一人により手にした実績ではない。
「本当はあの事件は古畑君一人に解決してもらう予定だった。風向きが変わったのはその時だよ。まさか君のような人間の存在があるとはね。あの一件以降、君と古畑君の距離は急速に縮まった。でしょ?」
確かにそうだ。偶然あのことを知り、そのことがカギとなり顔を突っ込み、そして二人で協力し、それがキッカケで仲が良くなった。
あの事件の前までは「ちょっと仲の良い知り合い」レベルだった。しかも学校が違ったから、年が経つ毎にその関係性は気薄になっていただろう。
「そんなわけで、本当は君に何らかの強力な力があるのではないかと疑った。それを確かめる必要がある。不確定分子は極力排除したかったからね」
不確定分子・・・か。こいつが死んだのも自身の計画のうちだったってか?笑えない話だ。
「そろそろ起き上がったらどうだい。掴まって」
安藤・・・いや、伊藤か。
伊藤が俺に手を差し伸べる。
俺はその手に掴まって・・・
突如、腹に強烈な痛み。
「ぐふっ」
今度は物理的な痛みだ。無警戒な俺をパンチしやがった。
急速に意識が遠のく。
「て、てめぇ・・・」
「ごめん。君を確かめるには意識があったら不都合だからね」
最後に目に入ったのは微笑する伊藤の顔だった。