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伊藤が消えてから少し後、受け取った何かに目を向ける。それは正真正銘ペンライトだった。ボタンを押すと、先にあるライトが光るという優れもの!どうしろと。
「痛いところに当てろって言ってたな」
とりあえずボタンを押しライトを付け、それを足に当ててみた。
「マジかよ」
不思議なことに、痛みがどんどん引いていき、数分後には足の腫れすら完全に消えた。ペンライトすげえ
立ち上がって、軽く足を動かしてみたが、一切問題が無かった。痛める前と同じ状態だ。
突如現れた伊藤に命を救われた。感謝してもしきれない。
俺はそのままブラックホールの中に入った。
ブラックホールの中では動かなくても勝手に目的にへ運んでくれるらしい
それから数十秒後、元の出口が見えてきた
やっと学校に帰れるのか。
行きと同じように眩い光に包まれながら、ブラックホールの出口に近づき、そしてそこから出る。
「よっと」
トン
着地成功。
高さ二メートルほどだったが、今回は構えることが出来たので簡単に着地することが出来た。
「戻ってこれたか、良かった」
周りを見るに、ここは旧校舎四階消失の間だ。
しかし、見回しても水穂さんの気配は無い。俺のほうが先に来たんだろう。結構タイムロス食らってたんだが・・・・・・まあ助かった。
だが山神の姿も無い。図書館に戻ったのだろうか。
ブォンブォン、とゲートが音を立て始めた。これはきっと水穂さんが来る合図だろう。
急いで消失の間を出る。
とりあえず図書室へ向かうことにした。もし、そこに山神がいなければ終わりだ。ま、俺の予想なら間違いなくいるだろう。
バン
「山神っ」
図書室の扉を開け、山神の名を呼ぶ。
「やっと戻ってきたわね」
山神は席に座って本を読んでいたようだ。
そんな山神を横目に、ノートPCを立ち上げる。
起動スイッチを押して・・・・・・あれ?電源が付かない。
「ああ、そのノートPCどうやら電池切れみたいよ。あと、充電器は無かったわ。それよりあなたさっき一体どうなったの?」
電池切れ・・・・・・
策が尽きた。もう終わりだ。もしここに来られたら・・・・・・
トントントン
と近づいてくる足音。
「あんな大きい音をたてて扉を開けるなんてね。自分の場所を教えているようなものじゃないか。油断したね」
絶対絶命。
「やっと見つけた。さぁ、大人しく白状してもらおうじゃないか」
図書室の入り口すぐ傍にいた俺はあっという間に目視された。
だから俺は何一つ嘘を付いてないんだが・・・・・・
と、俺を見つめていた目が、別の場所へ向けられる。
「ま、まさか・・・・・・」
その場所とは、山神が座っている場所。
つまり
「や、山神様・・・・・・だと。平行世界の国王がなぜ!」
水穂さんには山神が見えているらしい。平行世界に行く前は見えなかったはずなのに。
「???」
山神は呆気に取られている
そりゃそうか。こいつ何も事情知らないからな。
「山神のこと見えてます?」
「見えているよ、だから驚いているんじゃないかい。こういうことだったのかい」
目の前の現象が信じられないようだ。この山神は一体どういう存在なのか、さっぱりだ。
「なるほどね、そういうことかい。あんたはこの人から山神の名を聞いたんだね。どういう経緯だったか聞いてやろうじゃないかい」
その後、冷静になった水穂さんに色々事情を説明した。であった経緯から、なぜ旧校舎四階で待ち伏せしていたか等を嘘偽りなく伝える。
当然、この山神には何の記憶も無いことも伝えた。だが、伊藤との出来事とか、俺に関することは一切言わなかった。蛇足だろうしな。
「ふむ・・・・・・」と興味深そうに聞いていた水穂さんだったが、結局水穂さんでもこの現象が何なのかよくわからないという。
実はこの山神は山神ではなく、偽者だ。とか、他人の空似だとか、しかしどれも決定打に欠ける。というか山神の記憶が無い時点で確認のしようが無い。
「で、あんたは本当に何の力も無いのかい?確かに一見するとそのようだけど、なんというか・・・・・・。そう、ありえないんだよ。一般人が気絶術を跳ね除けるなんて」
そんなすごいことなのか?
俺自身普通に耐えれたので、それがすごいことなのかどうかイマイチわからない。ただのお世辞とかの可能性だって・・・・・・無いか。
「山神についてはこれでよしとしよう。あたしが直々に調べてきてやろうじゃないか。だが、あんたの件はそんな簡単に済ませられるもんじゃないよ。普通の人間には見えていないはずの彼女が最初から見え、しかも常人ではありえないほどの忍耐力。少し試したいことがある。付いてきてくれ」
「はぁ・・・・・・いいっすよ」
面倒だが山神の件に協力してくれるみたいだし付き合おう。
山神を図書室で待たせ、俺は水穂さんに付いていく。
山神を待たせたのは俺ではなく水穂さんのほうだ。理由は後で話すらしい。
着いた場所は校長室。水穂さんはポケットから鍵を出し慣れた手つきで扉を開けた。
本当にここの校長だったんだな・・・・・・
「座ってくれ、話が長くなるからね」
高そうな来客用の椅子に座らされた。校長室は何の特徴も無い校長室だ。『校長室』と言われ大抵の人が想像する校長室の想像であってる。
「まず、向こうの世界のことについて、こっちの世界の綾乃様・・・・・・いや、山神でいいか。――とにかく、平行世界についての情報は極力渡さないようにしてくれないかい?」
水穂さんによると、スパイ説や偽者説がある状態で情報を与えるのは危険だとか。俺自身はアイツが偽者だとは思えないんだけどな。まぁ向こうの山神の人格なんて知らないが。
結局俺は同意した。俺も伝えないほうがいいと思ったのだ。記憶喪失になったのにはきっと理由がある。その理由が判明しないまま、情報だけ教えるのは危険だと思ったのだ。
「じゃあ頼んだよ。」
「さて、あんたをこっちへ呼び出した本題に移ろうじゃないか」
「まず、あんたは超能力と呼ばれるものについてどれほど知っている?魔法でもいい」
超能力と魔法、それがどういうものか、か。
「うーん。遺伝とか突然変異のようななにかとか、もしくは突然開花する、普通の人間じゃあ使えない力、かな」
超能力と言われたらそうとしか思えない。超能力と言っても色々な力があるだろうから、俺の考えがあっているとは思わないけどな。超能力にかかわりなんて無かったわけだし。
「ま、間違ってはいないね。では、超能力はどれくらいの人間が使えると考えている?」
超能力が使える人間の割合か。間違いなく少ないだろう。ざっと
「0.001%くらいだと考えてます」
これまでの人生で見た超能力者は極僅か。一般人が普通は知ることなく人生を終えるほどの割合に違いない。まぁ最近急激に出会いだしている気はするが。0.001%ということは、一万分の一。妥当なところだろう。
「いや、違う。この世界、そしてあちらの世界に住む全ての人間が超能力を持っている。行使できるほどの力なのか、そもそもその力に気づくことが出来るのか。は別問題だがね。全ての人間が、どれほど微弱なものであろうと、特殊な力を持っているってことさ」
軽いカルチャーショックだった。全ての人間が超能力者、か。古畑も、京香も、静香も、学校の教師ですら、何らかの力を持っている。当然俺も持っているのだろう。いや、そういえば・・・・・・
「超能力者が遠い存在だと思っていたのに、想定外です」
まぁ見方を変えれば、超能力を行使できない人間は結局無能力者と変わりないのだがな。
「超能力者が遠い存在、か。あたしもそんな風に思っていた時期があったねぇ」
遠い目で過去の思い出を自分語りし始めてしまった。それから五分ほど無駄話につき合わされた後
「本題に戻そう、あんたもひょっとしたら自分の力を自覚できていないだけで、行使できているんじゃないかと思うわけさ。無意識下での能力行使なんてよくある話だならね。そこでだ、何の能力か確かめるために眠ってもらえないだろうか」
俺の力か・・・・・・・けど。
複雑な表情をしていたからか
「今回は痛みとかないから大丈夫だよ。相手の同意が無ければ行使不可能だけれど、強制睡眠という方法でやるからね」
痛くないのか。それなら最初から・・・・・・。いや、それをしなかったと言うことは出来なかったということだろう。おそらく相手が嫌がっていない状態出なければ効果を使えないとかか。けど、俺が考えてるのはそこじゃない
「いや、そうじゃなくてですね」
「なら何だって言うんだい。自分の力を知りたくは無いのかい?」
自分の力が知りたいか、か。もし俺に力があればそう思っていただろうな。
脳裏に浮ぶのは伊藤との会話だ。
「んで、どうだったんだ。俺は何か力を持っていたのか?」
「君は正真正銘、何の能力も無い人間だよ。驚くほどに真っ白さ」
そう、俺はつい最近俺に力が無いことを超能力者に証明されている。だからこそ、水穂さんに「俺はただの一般人だ」と言い張ったのだ。
あそこで伊藤が嘘を付くメリットは何も無い。アイツ自身、俺の力を調べるために来ていたんだからな。むしろ力があって当然と思っていたはずだ。だから、俺に何の能力も無いのは間違いない。だから、水穂さんに調べてもらうまでもないのだ。
「俺に何の能力も無いのは間違いないです。つい最近、強制的にですが調べられたから。もちろん超能力者にね」
そう伝えたのだが
「嘘だね。能力があるかどうか、どれほどの力なのかを調べることが出来る者は極僅かなんだ。あたしが覚えていられる程度の数しかいない。そして、それが出来る者でこちら側の世界に最近来た奴はいないのさ。もし本当に調べられたというのならそいつの名前を言ってごらん。ま、言えないだろうけどね」
自信満々という表情だ。おそらく、言っていることはほぼ本当なのだろう。水穂さんが知っている中でのその力を持つ人は本当にこちらの世界には来ていないだろう。けど、いくら神官とかいう役職だとしても、全ての情報を掌握することは不可能だ。それに、伊藤信吾はあちらの世界の人間ではなく、地球人だ。しかも伊藤は書類上は死んだ存在だ。知らなくて当然。
本当はアイツのことを言うと面倒なことになりそうだったから言いたく無かったのだが仕方ない。
「俺を調べたのは、俺の友人の友人、伊藤信吾って奴です。半ば無理やりですけどね」
その名前を出した途端、水穂さんの表情が一変する。突如、怒ったような表情になる。
「言って良い事と悪いことがある。既に死んだ人間だ。生きているはずないだろう」
何をそこまで怒っているのかは知らないが、確かにアイツは書類上かなり昔に死んでいる。
「確かに、書類上は死んでいます。かなり昔にね。けど、俺普通に会いましたよ?まぁ姿は別人でしたが」
あの時のことは以下略。とにかく、アイツとはついさっき会っている。その僅かな期間で死ぬなんて無いだろう。そもそも今アイツ安藤の体の中に住み着いてる(?)はずだから、目立つことは出来ないはずだ。あまり表に出れない的なことも言っていたしな。
水穂さんが小声でブツブツ呟いているが、イマイチ意味が分からない。魔王って誰だよ。俺が言ってるのは伊藤のことなんだが・・・・・・。聞き違えたのだろうか。いや、語呂が似てるってわけではないし、それは無いか。
「それを信じていいのかい?」
当然だ。俺自身の目で見たのだから。
「ええ」
ま、そんな証拠は無いんだがな。俺が知っているだけで。安藤の中に伊藤がいるなんて知ってる奴も、俺以外いないだろう。
「で、その彼はどこに行けばあえるんだい?」
安藤のことを伝えようかとも思ったのだが、安藤はただの一般人で、下手に話すと彼にも迷惑をかけてしまうと判断し、ここは伝えないことにした。
「残念ながら知りません。向こうから勝手にコンタクトしてきたんで。次会うとしても、残念ながら俺からは会えないし、いる場所も知らないんで」
それからしばらく考え込んでいたが、どうやら何か思いついたらしい
「色々と調べなきゃいけないことができた。しばらく向こう暮らしになるから、報告は当分後になりそうだよ。周りを警戒しておくことだね。もしコンタクトがあった場合すぐ知らせるんだよ。消失の間に手順書を置いておくから、それを使うといい。消失の間のドアの鍵の場所は・・・。それとこっちの世界の山神に・・・・・・」
水穂さんはあっという間に行ってしまった。俺もいる意味が無いので、すぐに校長室を出る。
図書室に戻ると、山神が明らかにイラついているような声質で
「私は何がなんだかわからないのだけれど。教えてくれないかしら」
と言われ、その迫力から頷いてしまった。既に夜十時近くになっていて、結局山神に深夜まで質問攻めにあったのだった。水穂さんとの話し合いで、向こうの世界のことは極力教えないように決めていたから、誤魔化すのに苦労して、かなりの時間を消費し、結局帰宅することが出来なかったわけだ。