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「うわっ」
ドン という大きな音と共に、数メートルは落下し、地面に尻餅をついた。
「いてててて・・・・・・」
俺が落ちたのはなんだか邪悪というか、そういう空気が漂う見たことの無い場所だった。植物や他の人は居らず、いるのは俺と、そして・・・・・・
目の前のそれは俺から離れ、堂々と立つ。
「黒い・・・・・・翼」
俺を無理やり別の出口に追いやった犯人、それは黒い翼をつけた男だった。年齢は十代後半から、二十代前半くらい。顔は・・・・・・と、そんな評論してる場合じゃない。
「何しやがる」
こういう奴と向かい合うときは、初手が大切だ。下手に怯えたりしたら、そこにつけこまれてしまう。
「Παγιδευμένη ・・・・・・」
なにやら言っているが、一体何を言っているのかわからない。そうか、アメの効き目が切れたからわからないんだ。
アメを食べてから、一時間以上経過している。効果が切れているはずだ。
俺は水穂さんからもらっていたアメが入った袋を取り出し、それを口に含む。
水穂さんがアメを大量にくれていて助かった。もし無かったら、言語が一切わからず意味が分からない状態になっただろう。
「長かった。長かったぞ。この日をどれほど待ち望んだことか」
相手の言語が理解できるようになって最初に聞いた言葉がそれだった。
「魔王様亡き後、この空間に閉じ込められたが、これでようやく出ることが出来る」
俺が何も言わなくても勝手にデカイ声で独り言を続けている。発言的にどう考えてもヤバい奴だ。嫌な予感しかしない。
「この空間を通過するのは今の俺では到底敵わない力を持った人間だけだった。見つからないように必死に隠れていたものだ。だが、ようやく獲物が通った。これほど嬉しい日は久しぶりだ」
俺のことを獲物とか言ってるよ、もしかして俺絶体絶命?行きは水穂さんが一緒だったから安全だっただけで、実は異世界との行き来って危険なものだったのか?
「人間、俺の言葉がわかるか」
頷く。
「お前は何者だ。何の目的で俺をこんなところに飛ばした」
目的はなんとなく予想付くが、時間稼ぎをするためにあえて聞く。もしかしたら水穂さんが異変に気づいてくれるかもしれない。
「俺のことを知らないか。無知な人間のために名乗ってやろう。我が名はタナトス。どうだ、恐れるがいい」
フハハハハと変な笑い声を出している。
タナトス?なんだっけ、どこかで聞いたことあるような?
タナトスという単語自体に聞き覚えがあったので、頭をフル回転させて思い出す。
「そうだ、カードだ!」
確か、俺がやっているカードゲームのモンスターに、そんな名前の奴がいたはずだ。
・・・・・・だからなんだってんだ。
出てきたのは、カードでそういう名前の奴いたなぁ、ということだけだった。タナトスが一体何なのか何も知らない。
「カード?何わけがわからないことを言っているのだ。俺を恐れもしないとは、貴様は無知か。ふん、話にならんな」
仕方ないだろう、俺は異世界の住人じゃない。そっちの人の名なんて知るはずが無い。
「まあいい、死ね」
手を俺のほうに向ける。ってこのパターン三度目だぞ。
これまでの経験上、どういうことになるのか察した俺は身構える。
タナトスの手から、何か黒いビームのようなものがビビビと出る。
俺は反射的にそのビームをバシっと手で払い除けた。
そのビームは楽に払い除けることが出来、そのまま別方向に消えていった。
精神的苦痛があった伊藤の時とは違い、全く痛くないしビームを払い除けたほうの手もなんとも無かった。もし当たっていてもなんとも無かったのではないだろうか。
なんだ、子供だましじゃねーか。もしかしたら、俺を怖がらせるためにそれっぽいことをしただけなのかも・・・・・・
とタナトスのほうをチラっとみると、明らかに動揺していた。水穂さんの時以上だ。
「ば、ばかな。いくら力を取り戻していないとはいえ、何の力も感じない人間が耐えるどころか、手で払うだと・・・・・・?貴様、なんとも無いのか」
「全然、ちっとも」
あれが一体何なのかもよくわからない。
何かを考えながら唸っている。
「貴様、さては傀儡だな!」
傀儡って操り人形のことだったか?んなわけないだろう、俺は人間だ。
「いや、人間だが」
第一、タナトスだって俺のこと人間前提で喋ってたじゃねーか。
「な、なにかの間違いだ。きっと力をずっと使っていなかったから、鈍っていただけに違いない。今度こそ死ね」
と、もう一度ビームを放ってきた。今度は手で払うとかせず、それを身体で受ける。
ビームが直撃したが、当然のように俺に異常は無い。目視できるのに、当たっても感触すらないなんて不思議だなぁ。霧みたいな空気的なものだったり、光的なものなんだろうか。
「あのー、そろそろ帰っていいっすか?」
ブラックホールの入り口のほうを指差して言う。このままじゃいつ帰れるかわからんしな。
「俺の能力が効かないなら物理的に殺るまでだ、覚悟しろ」
と俺に殴りかかっていた・・・・・・のだが
バシっ
なんと、手で楽に受け止めることが出来た。なんか、タナトスって見た目と違って非力なんじゃないか?
「クソっ、クソっ」
とか言いながら何度も攻撃してきたので、反撃することにした。正当防衛だろう。そもそもここ日本じゃないから法なんて無いんだがな。
「よっと」
受け止めるのではなく、攻撃を避け、よろけたタナトスの腹に向かってパンチ。
「グハっ」
見事にクリティカルヒットし、タナトスは倒れこむ。
「すまんな。俺も忙しいんだ」
とかなんとなく格好付けながら手を振りブラックホールに向かう。
「ま、まだだ」
タナトスは翼で空を飛び、ブラックホールに向かう俺の前に立ちはだかる。
「もう勝負はついただろう。お前のビームは使えず、直接攻撃でも負けた。だろ?早く帰りたいんだよ」
翼があったって、攻撃力が無ければどうということはない。
「このチャンスを逃したら、次のチャンスは十年後、いや百年後になるかもしれないのだ。そうそう逃がすわけにはいかん」
決意するのはいいんだが、ハッキリいって、お前弱いよ。
伊藤のような謎の力があるわけでなし、水穂さんのように攻撃的な能力を持つわけでもなし、肉弾戦ですら一般的な高校生の俺より弱い。どうするというんだろう。
「呼び出すだけで相応の力を消費するが俺の力は今あまりない、使いたくは無かったんだがな。俺を怒らせた褒美に使ってやろうではないか」
手を掲げる。そして叫ぶ
「顕現せよ我が僕。ケルベロスーっ」
瞬間、魔方陣のようなものが現れ、そしてそこから何かが浮かび上がってくる。
頭が三つあるデカイ犬だった。大体3メートルくらいある。非常にデカイ。ケルベロスだな。うん、間違いない。
「さあケルベロス、この人間を殺れ」
ガルルルル、と俺を威嚇。飛び掛って来ようという姿勢。
「行け」
その合図と共に、俺に飛び掛る。
「うわっ」
横っ飛びして寸前で避けることができた。しかし、そう何度も避けることは出来ないだろう。
だが、ケルベロスは容赦なく連撃。
「くっ」
数回は避けれたものの、このまま避け続けるのは体力的にきつい。
一瞬ブラックホールのほうに目を向けるも
「残念、逃がさないぜ」
ブラックホールの前にはタナトスが陣取っている。
タナトス自体はなんとかなるだろうが、対処している間にケルベロスに襲われて終わりだ。完全に逃げ場は無い。
逃げ場は・・・・・・とケルベロスへの警戒を一瞬怠ったために、避け切れなかった。
「ぐっ」
ケルベロスの攻撃が俺の右足にヒット。そのまま倒れこんだ。
ケルベロスは見た目通りかそれ以上の力らしく、相当痛い。
「ぐああ」
ケルベロスは俺が逃げられないように、俺の足を押さえつけた。
「残念。これでおしまいだ」
ブラックホール付近にいたタナトスは俺に近寄り、そして見下す。
「所詮人間。俺にケルベロスを呼ばせたことだけは褒めてやろう。ケルベロスを見た人間はそうそういないぞ、死ぬ前に貴重な体験が出来てよかっただろう」
「お前、俺を殺してどうしようというんだ。何がしたい」
「どれほど弱い人間だろうと、人間を一人食らえば、俺の力は完全に回復する。そうすれば俺を閉じ込めたこの空間から出ることなど容易い力が手に入るのだ」
やはり、この世界を繋ぐブラックホールは危険だったらしい。結果論だが、水穂さんに捕まっていたほうが、安全だっただろう。
「いでよ、死神の鎌」
タナトスは鎌を出現させた。これで俺を殺ろうというのだろう。
「十数年ぶりに人を狩ることができる。あの感触を久しぶりに味わえる。さらに、ここから出ることも出来る。なんという幸せ」
タナトスは鎌を振り上げた。
反射的に目を瞑る。
「死ねえっ」
素直に水穂さんに捕まって、事情を真摯に説明していれば、確実に死ぬことは無かっただろう。逃げたから、こんなことになってしまったんだ。
「彼は殺させないよ」
タナトスではない誰かの声が響く。
「ワォン・・・・・・」
というケルベロスの悲鳴が聞こえ、そしてその瞬間俺の体にかかっていたケルベロスの体重が消えた。
閉じていた目を開け、状況を確認した。
そこにいたのはタナトスでは無く
「安藤・・・・・・?」
安藤だった。が、おそらく今表に出ているのは伊藤だろう。
「バカなっ、ケルベロスを一撃だと!?何者だ」
一瞬にして劣勢になったタナトスは慌てている。ケルベロスさえいなければこっちのものだ。俺一人でもこいつになら勝てるだろうが、さらに伊藤もいるのだ。
「名乗るほどのものじゃないよ」
と前置きした後
「タナトス、ここは引いてもらえるかな?君がここを出るのは今じゃない。まだ先さ。今引けば見逃すよ」
「くそっ、覚えてろよ」
負け台詞と共に、タナトスはブラックホールの中に消えていった。
「江神君、大丈夫かい?」
差し出された伊藤の手を掴み、立ち上がる。
「大丈夫・・・・・・じゃないな。足がヤバイ」
ケルベロスにやられた足がかなり痛い。血は出ていないようだが、骨が折れているのかもしれない。
伊藤は俺の脚を軽く観察した後、ポケットから何かを取り出し俺に渡した。
「それを痛いところに当てるといい。すぐに痛みが引くよ。僕はもう行かなくきゃ。ここで君を助けたことは誰にも言わないでね」
伊藤は手で何か仕草をした。すると、伊藤の目の前にゲートが現れた。
「それじゃっ」
電光石火の如く、伊藤は突如現れて、あっという間に帰った。全く、わけがわからない奴だ。
命の恩人なのに感謝の声ひとつかけることが出来なかったな。今度会ったときにでも言わないといけないな。
伊藤が入ったゲートはすぐに消えてなくなった。