1-13
コツコツコツ
一組の足音だけが響く廊下を二人で歩く。
話があるといわれ、付いていったわけだが、最終目的地は
「旧校舎四階・・・?」
おそらく旧校舎四階だろう。旧校舎三階の階段を上ってるからな。それ以外ない。
旧校舎四階『消失の間』、そこに入った人間が行方不明となるという七不思議の舞台。
実際は立ち入り禁止にされていたはずだ。
旧校舎四階の前に着く。
階段の横にドアがあり、旧校舎四階に入るにはそのドアを開ける必要がありそうだ。
「開けてみて」
ガチャガチャ
「カギかかってるぞ」
カギがかかっており、入ることが出来ない。そりゃそうだ。立ち入り禁止にしている所のカギが開いていたとしたら、バカとしか思えないしな。
「ありがとう、やはりカギがあって当然よね」
そうか、山神は図書室以外でモノに触れることが出来ないんだったな。多分ここがカギがかかっているのかどうかわからないから、俺に確認させたのだろう。
しかし何のために?
「毎週土曜の夕方六時、この部屋に入る人が一人いるの」
「なんだそりゃ」
立ち入り禁止の部屋に入る人物?でもカギかかってるということは、そのカギ開けてるんだよな。じゃあ
「ただの学校関係者じゃねーの」
普通はそう考えるだろう。まぁそうじゃないからこそ、山神が俺を連れてきたんだろうが。
「ほぼ毎週必ずやってくるのよ?土曜夕方六時に。おかしいと思わない?」
確かにな。見回りに来ているだけというのは不自然だ。それなら不定期に来たほうが不法侵入対策としては正しい。
同じ時間にだけ定期的に見回るなど「ご自由に私を避けて入ってね」と言っているようなものだ。
「で、俺をここに連れてきた理由は?」
山神に何か考えがあるのは確実だろう。
「今日もその人は来ると思うわ。あなたは近くに隠れて、その人がトビラを開けるのを待ってから、話しかけて欲しいの。私ではそれができないから」
山神は一般人からは姿が見えないからな。しかも自分では入れないんだろ?確かに山神には向いていないな。
「そこの窓の外なら丁度屋根があるから隠れられるし、すぐに出ることも出来ると思うわ。どう?受けてくれるかしら」
指差された窓を見に行く。確かに隠れるには十分な屋根がある。落ちるような危険もなさそうだ。
俺は手伝っても良いと思う。けど、理由だけは聞いておきたかった。
「なぜそこまでして七不思議を解こうと思った?」
「七不思議から何かを感じるの。私が忘れていることを思い出せるような、そんな気が」
即答だった。黒い瞳が真面目に俺を見つめる。
何かを感じる言っているが、七不思議を知れば何か思い出せるような、半ば確信を持っているように思える。
答えは最初から決まっていた。
「わかった」
幽霊からの頼みだ。無下に断ることは出来ないさ。それに
「俺はこういうイベントに首を突っ込むのが好きだからな。喜んで手を貸す」
伊藤に気絶させられたとしても、俺はやはりこういうイベントが好きだ。普通の人生では体験することが出来ないような経験がそこにある!みたいな?
たった三年しかない高校生活で、そういうことを経験できるのは有意義だ。多少の痛みを伴っても構わない。死にたくは無いがな。
「ありがとう、そういってくれると助かるわ」
腕時計を見ると現在五時半。時間まで大体三十分ほどある。
「ちょっとトイレ行って来る」
時間がかかるかもしれないしな。次でに自販機でお茶を買っておこう。話す可能性もあるから。
それから十分ほどかけてトイレを済まし、お茶を買った。
ちなみに、邪魔になる可能性があったので荷物は全て図書室に置いてきた。帰るときに寄ってもそこまで手間じゃないしな
「そろそろ窓の外に出るか」
多少早く来るかもしれないし、それにドアの前で待ってても結局ヒマなだけだ。
山神と世間話でもしてりゃいいさ。
それから十五分ほど世間話で時間を潰し六時の五分前。山神と俺は無言でその時を待つ。
トン・・・トン・・・トン・・・
足音が聞こえ、そしてそれが段々近づく。どうやら待ち人がやって来たようだ。
足音が近くで止まる。
ガチャガチャ、とカギを開ける音が聞こえる。
見ると誰かがドアを開けたところだ。しかしもう日が落ちているのでそれが誰なのかはわからない。
今だ!
俺は勢い良く中に入る。
「すいません!ちょっといいですか!」
その人は少しだけ驚いた様子を見せたが、すぐに冷静な口調で俺に問う
「誰だい?ここで私を待ち伏せるとは良い度胸じゃないかい」
暗いのでよく見えないが、初老の女性だ。どこかで見たような・・・・・・、それもつい最近。・・・・・・それは今はどうでもいい。
「学校七不思議の一つ、『消失の間』、こんな所になぜ毎週のように入っているんですか」
「ほう、あたしが毎週ここに来ているのを知っているのかい。あんた、只者じゃないね」
俺自身はただの高校生なんだがな。全て山神に教えてもらっただけだ。もし、山神と出会っていなければこの老人とここで会話することは無かっただろう。
「質問に答えてください」
「いい度胸だ。けど、アンタのような人間が立ち入れるレベルじゃないよ、ここは引きな」
立ち入れるレベルじゃない・・・か。ついさっき只者じゃないとか言っておきながらそりゃないぜ。
「だとさ、どうする山神?」
自分の横にいる山神に聞く。老人は怪訝な、そして驚いたような目をしている。当然か。
この件は俺じゃなく山神が判断することだ。ま、本当は聞くまでも無いことだけどな。
「引くわけにはいかないわ。もし、ここを逃せばこの人は二度とここを利用しない可能性だってある。行動に出た時点で途中で断念するという選択肢は無いの」
そうか。予想通りだ。
「お断りします。もう引けないところまで来てるんでね」
山神も頷く。
「そうかい。 『遠くない未来、ひと波来る』なんて呑気なこと言っていたけど、まさかこんな早くそのひと波が来るとはね・・・・・・」
老人は『消失の間』の中に入りながら
「来な」
とだけ言い中に入った。
「だとさ、行こうぜ山神」
しかし山神は躊躇している。そういや入れないとか言ってたな。
「何、入れないならその時はその時、俺だけが入って事情を聞いてきてやるさ」
そういいながら躊躇している山神の手を掴む。こういうときは実力行使に出るのがいいだろう。
山神は難なく『消失の間』に入れた。
山神がすごく驚いている。おそらくこれまで何度も試したのだろう。それで無理だったのにいきなり入れたんだ、仕方ない。
ま、俺には何がどうして何なのかわからんし、考えないようにしよう。
部屋の中を見回す。
小奇麗で何も無い部屋で、この部屋自体ほとんど使われていないのだろう。実際使われてないんだが。
「で、どこまで知ってるんだい?」
「どこまでとは?」
どこまでと言われても、それが何を指しているのかわからない。おそらく、何も知らないと答えるのが本当は正解だろう。
「ほら、あるだろう?あちら側で今起きている事とかのことだ」
あちら側?どこだよ、あちら側って。まったく知らん。
山神に目で合図しても、首を横に振るだけだった。記憶無いらしいし当然か。
「すんません、何も知らないっす」
そういったとたん、その老人はあからさまにため息をついた。
「過大評価しすぎていたのかね・・・まだ本当はまだ時では無かったか・・・。いや、しかし」
過大評価しすぎだよな。俺はただ待ち伏せして声をかけただけだ。しかも何の知識も持ち合わせていない役立たず。
しかし本人がいる前でそんな姿勢とらなくてもいいだろに。さすがの俺だって落ち込むぞ。
「何も知らないのなら、なぜ山神を知っているんだい?」
山神、もしかしたら同じ苗字の別人がいて、そいつのことを知っているものだと勘違いしたのかもしれないな。
俺が言っているのは幽霊の山神綾乃だったのに。
「俺が言ってるのは、山神綾乃って人についてなんですけど、勘違いしてないすか」
「いや、その山神で合っているんだよ。だからこそおかしい。何も知らないのなら、なぜその名を知っているんだい?」
そりゃ山神がすぐ隣にいて、本人から名前を聞いたからなんだが・・・
しかし、いくら色々知っていそうな老人だからといって、幽霊山神の存在を教えるのはマズいだろう。古畑たちは理解してくれたが、理解がある人とは限らない。それにここは図書室ではない。山神は物に触れられないから実証のしようが無い。
「あはは・・・偶然聞いた・・・・・・みたいな?」
適当なごまかしが思いつかなかったのでとりあえず笑って誤魔化す。
誤魔化せるはずが無いのだが
「その名は偶然聞くような名前ではないはずだ、やはり何か知っているね?」
そりゃそうか、幽霊ってことは昔死んだ人間ってことだ。つあり、知っている人も少ない。
てか、なぜこの人は山神の名前を知っているのだろう。
この人がこの学校の昔を知っている人なら、在学中に死んだ人を知っていれば或いは・・・ん?
ここであることに気づいた。この人の名前知らないということに。時間稼ぎも兼ねて聞こう、そうしよう。
「その前に一ついいですか?」
「なんだい?」
「あの、あなたの名前は何ですか?」
そう質問した途端、あからさまなため息をされた。しかも期待して損したと言わんばかりの目線。きっとこの人、俺が何かすごい奴だと思っていたんだろうな。
俺からしてみたらチンプンカンプンだ。ここの前で待ち伏せし、山神の名前だけでどうしてそんな期待するのか理解出来ない。
考えられるとしたら、生前の山神が相当すごい奴だったって場合だな。一体この女子高生がなぜそんなのだったのか、それはわからないが何らかの事件の中心にでも立っていたとか。その辺りだろうか。
「やれやれだね・・・・・・」
それは俺のセリフでは無いだろうか・・・・・・。俺も何か言おうとしたが、それよりも老人先に腕時計を確認し、何か呟く。
「時間になってしまったか。本来はまだこの子との遭遇の時では無かったのかもしれないが、この際仕方ないね。ここに招いた私が悪い」
「あんた目を閉じたほうがいいよ。」
へ?
突然目を閉じろと指示されたわけだが、目を閉じるよりも早く異変が起きた。
どんな異変か、それは単純明快。部屋の一箇所が光った。それもすごい光度で。
某映画の敵役じゃないが、ここはこの言葉が適切だろう。
「目が、目があああ」
その光はこれまでに感じたことが無いほどの光で、正直目を閉じていても意味が無かったような気はする。
その光に耐えられず、倒れこんで苦しむ俺。しかし、老人はまったく動じていないし、山神は・・・
あれ?
薄眼で見ても、山神がいたはずの場所には誰もいなかった。
「ったく、仕方ないね」
そう聞こえた瞬間、誰かに・・・・・・というかおそらく老人に手を引かた。
そして突如浮遊感。いや、浮遊感というより、浮いている。間違いない。
地に足が着いていない不思議な感覚、しかも移動しているに思える。
だが、残念なことに先程の光で目をやられた俺は目を開けることが出来ず、今の状況を視覚で捉えることは出来ない。
されるがままに、感覚に身を任せ、いや、老人に身を任せ、か。
とにかく俺はすべてを流れに委ねた。
・・・・・・
「・・・・・・」
「・・・起きろ」
体が揺さぶられる感覚。
う・・・・・・
俺はどうなったんだ。
目を開け、周りを見渡す。最初に目に映ったのは老人の姿だった。
「やっと起きたかい。目を閉じろといったのに、これだから最近の若い者はいかんね」
どうやら気絶していたらしい。そのおかげか、光にやられた目は回復している。難なく見える。あの光のせいで目が悪くなってなけりゃいいな・・・・・・
老人から目線を外し、さらに周りを観察する。消失の間にいたはずの俺達はなぜか、屋外にいた。見たことが無いような場所だ。少なくとも学校付近では無いだろう。
「あの、ここは」
一体どこにいるというのだろう。しかも気絶する前宙に浮く感覚もあった。もしかしたら、相当ヤバイ場所かもしれない。
俺は何か厄介ごとに巻き込まれたのかもしれないな。
「ここは、そうだね。わかりやすく言えば異世界だね、似て非なる場所。ま、自分の目で見て見るがいいさ」
と老人は何かを見て言う。
俺も立ち上がり、老人の目線の先を見る。
「これは・・・・・・」
目に映ったのは、城下町だった。
中世だろうか、本で見るような城が見え、そしてそれを囲うように家々が並ぶ。典型的な海外城下町って感じだ。どう考えても日本ではない。しかも、車の姿が一切見えない。
驚愕している俺を横目に
「あんた、あたその名前を聞いてたね。答えてあげようじゃないか」
「あたしの名は七里水穂(ななり-みほ)。あんたの通う学校の校長さ。水穂さんとでも呼べばいい。そしてこっちの世界では六神官の一人をやらせてもらってる」
俺は、その日から。いや、もっと前からか。
俺は、非日常な日々を送る、そんな気がした。