1-10
翌日の朝、俺は教室で隣の席の奴に絡まれていた。
「なぁなぁ。何か奢ってくれるんだろ?今日の放課後奢ってくんない?」
そういやそういう約束してたな。
男に膝枕されているという屈辱的な画像の代償だ。
丁度今日は部活動が無いので今日奢るか。
「何が良い?といっても高額なものは奢れんぞ」
予め何を奢るか宣言しておけば良かったのだが、残念なことに指定していなかった。ま、学生に払える範疇の物なら問題ない。入学祝いやらなんやらで金を結構もらっているからな。
「うーん」
隣の席の奴は考え込んでいる。
「じゃあ喫茶店でパフェを奢ってくれ。俺一度で良いから食べて見たかったんだ」
パフェか。リーズナブルな値段でパフェが食べれる場所は・・・あったな。久しぶりにあそこに行くか。
「いいぜ、ただし店は俺が指定する。結構リーズナブルな店知ってるから」
あれは数週間前、中学校の卒業式が終わり自堕落な生活を送っていた俺をすみれが無理やり連れて行ったんだ。
確かそこにパフェが売っていたはずだ。値段も安かった記憶がある。
「オッケー」
そういやあの店何かのために連れて行かれたんだったな。何だったっけか。
何かあった気がするのだが、重い出せない。ま、思い出せないなら所詮その程度の何かだったんだろう。気に留めるだけ無駄か。
俺の経験上、こういう場合重要なことだったりするんだが、ま喫茶店にそんな重要なことは無いだろう。
そして放課後、一緒に教室を出て目的地へ向かう。
「ここか」
店名を見て違和感を感じる。前こんな名前だったか?
店名は『IDOカフェ』、あとその文字の左横によく読めない書体で何か書いてある。
Mか?もう一文字あるな。うーむ、読めん。なんでこんな読みにくいデザインにするのだろうか、理解に苦しむ
「ここだ。入るぞ」
カランカランとベルの音とともに店に入る。
ウェイトレスさんが近寄ってくる
「お帰りなさいませご主人様」
・・・は?
俺と隣の席の奴は唖然とする。
お帰りなさいませご主人様?それっていかにもメイドカフェみたいな挨拶だな。実際行った事は無いんだが。
って、もしかして店名って『MAIDOカフェ』だったんじゃないか?
あの読みにくい文字も今ならなんとなくそう読める。
そうだ!そういえば
なぜすみれが喫茶店に誘ったのか、思い出した。
そうだ、あれは確か三月くらいの週末のことだ
「お兄ちゃん、今日暇?」
卒業式後の俺は毎日のように何をするでもなく自堕落な生活を送っていた。
そんなある日、すみれが俺にこう聞いてきたのだ。そして俺は
「俺はのんびりするのに忙しい」
いかにも暇人の言うテンプレのようなことを言い、そしてそのまま流れで出かけることを提案された。
「今日一緒に出かけない?行きたいところがあるの」
「行きたいところ?どこだ」
「喫茶店」
「なんで」
「あのね、その喫茶店友達の従兄弟の家なんだけど、今度引越しすから、それと同時に移転するんだよ」
それが何だって言うんだ
「でね、あの喫茶店って美味しいことで有名なんだ。この機会を逃したらもう二度と行けないと思うんだけど、行かない?」
そう、実はあの店に行った理由は、閉店間近で最後の機会だから行ってみようという理由だったのだ。
確かあの時は普通の喫茶店だったはず。そこで俺達はケーキとコーヒーを頼んだんだ。値段はかなり安かった。
そして有名なだけあってとても美味しかった。
「おいしいねー」
「そうだなぁ、来て良かった」
他愛も無い話が続き、そこで確か・・・
「でね、この店が移転した後ここに何が入るか知ってる?」
知らないな。
「あのね、ここにはね、メイド喫茶ていうね・・・」
そう、俺はここがメイド喫茶になるということを昔聞いていたのだ。今この瞬間まですっかり忘れていたわけだが。
回想終わりっ。
「二人だね。こっちの席へどうぞ」
「はい・・・」
「これがメニューだよっ。ご注文が決まりまったら呼んでねっ!」
いかにもメイドって口調で去っていく。
まさかメイド喫茶なんてものを利用するなんて。一生そんな機会ないと思っていたのだが。というかまさか俺の地元にそんな店が出来るなんて・・・
「・・・なぁ江神?」
「なんだ」
「お前って・・・さいっこうだな!お前に店選択を任せてよかったぜ。まさかこんなステキな店を知ってるなんて!」
バカッ声でけーよ
隣の席の奴はとても満足しているようだ。
ものすごい満面の笑み。メイド喫茶に理解がある奴で助かった。もしそういうのを嫌う人間だったら、俺が変人認定されていただろう。何も知らない友人をメイド喫茶に連れてったわけだからな。もし俺がこいつの立場だったら間違いなくそう思う。今後関わるのを避けるだろう。
不幸中の幸いだ。
「さて、メニューメニューっと」
俺もメニューを見る。書いてあるのは一般的な喫茶店にもあるようなものばかりだ。ただ、普通の喫茶店と違うのは・・・
「ラブ注入オムライス・・・?」
「多分あれだ、オムライスにケチャップで文字や絵をを書いてくれるという伝説の・・・」
価格:1050円(税込み)
た、たけぇ・・・
ま、まぁ俺らが今日食べに来たのはパッフェだし?関係ない関係ない。
えっとパフェパフェ・・・っと、あった。
『ドキッ!共同作業パフェ』
価格:2100円(税込み)
どういうパフェだったのかはご想像にお任せする。
「いってらっしゃいませご主人様」
メイドに出送られ店を出る。
ハァ・・・
財布の中身が一気に軽くなったな・・・
隣にいる奴はとても満足そうな顔をしている。
「江神ありがとう!いやぁ、これまでメイド喫茶に行ったこと無かったから満足できたぜ。また一緒に行こう」
お断りだ。もう二度と行くか。
高校生の財布事情には厳しすぎる価格設定。一度来て普通に食うだけで二週間分の小遣いが吹っ飛ぶんだぞ?とてもじゃないが無理だ。
「んじゃまた来週。じゃなー」
別れた後、時計を見る。まだ夕方にすらなっていない。十分何かする時間がある。
「どうすっかなー」
このまま帰るのも手だ。明日大変だろうしな。
「やあ、やっと一人になったようだね」
後ろから声をかけられる。この声と口調は
「伊藤か?」
「ご名答。その通りだよ」
「何の用だ」
こいつのキャラは読みにくくて苦手だ。敵なのか味方なのかもよくわからんしな。
「しばらく安藤君から離れるよ。少し調べたいことが出来たんだ」
居なくなるのか。しかし
「そんなことを俺に言って何だというんだ。俺にそんな情報を与えても何の意味も無いぞ」
「僕はしばらく居なくなるから、その間、古畑君を守ることが出来ない。江神君、彼のことを頼むよ。僕の勘がそろそろ何か起きると伝えているんだ。本当は残りたいんだけど、気になることの解消が先だと判断してね」
ようはこいつが居ない間、何か起きそうな予感がするから、古畑の護衛をしろと?
「俺にそんな力あるかよ」
伊藤は微笑する
「やれやれ、君は自信を過小評価しすぎているようだね。もう少し自分を評価してあげても良いと思うよ」
余計なお世話だ。
「とにかく、気をつけて。何かあっても助けは期待しないほうがいいとだけは言っておくよ」
そう言ったあと、伊藤は立ち去っていった。
何か起きる予感、か。超能力者が何か起きると感じているんだ、おそらく本当に何か起きるんだろう。
まったく、面倒なことに巻き込まれている気がするな。
ま、警戒はしておくさ。
結局、その後俺は家に帰り適当に時間を潰すのだった。