第8話 鬼退治、そして…
今日は土曜日、『幻想堂』に行く日だ。
昨日の内に乙矢と菖蒲は十時にこの前待ち合わせたコンビニで合流すると決めていた。
待ち合わせの時間まで、まだ二十分ほどあったので、乙矢はコンビニで缶コーヒーとメロンパンを買って、朝食を始めた。
ちょうど乙矢の食事が終わると同時に菖蒲がやってきた。まだ十分は時間があるのだが、菖蒲は小走りで乙矢の所へ向かってきていた。
乙矢が菖蒲の姿を見つけ、大きく手を振ると、菖蒲は少しペースを上げて乙矢の所まで来た。
「おはようございます。乙矢さん、お待たせしてすいません」
頬を紅潮させながら言う菖蒲、息を切らせている
「おはよう。菖蒲、まだ10時になってないよ。私が早く着きすぎただけだから気にしないで」
可愛らしい顔で微笑む乙矢。
挨拶を終えた乙矢達は、『幻想堂』に向かって歩き始めた。
この何日か、いくつかの視線を感じると言っていた菖蒲だが、どうやら元気そうだ。
他愛ない話を乙矢が振り、菖蒲が返すといった事をしながら歩いていると、『幻想堂』に着いた。
『幻想堂』の前には腕を組んで、目を瞑った玉藻が扉にもたれかかっていた。
近くに来た事に気がついた玉藻は、目を開き乙矢達を見た。
急いで玉藻ちゃんの所に行った乙矢達。
「おはようございます。玉藻さん、つまらない物ですが良ければこれ、食べてください」
元気に挨拶をした菖蒲は鞄から何かを取り出し、玉藻に渡した。
おはようと言い、受け取った物を見た玉藻は、急に目を輝かせ始めた。
「これは吟座屋のいなり寿司ではないか!」
乙矢が軽く引きそうになるほどテンションが上がっている。
菖蒲が渡した物は、どうやら玉藻の好物のようだ。
玉藻は乙矢達にソファーで座って待てと言い、店に入って行った。乙矢達も玉藻に続き『幻想堂』に入った。
ソファーの所では、紅蓮が紅茶とクッキーを用意していた。玉藻だけは、日本茶と、さっき菖蒲から渡されたいなり寿司を用意していた。
「さあ二人とも座って」
紅蓮に促された二人が席に着くと、紅茶とクッキーを勧めた。
既にいなり寿司を食べ始めていた玉藻は、とても幸せそうな顔をしている。
「とりあえず玉藻は置いといて、菖蒲ちゃん、この一週間何もなかったかな?」
紅蓮は苦笑いを浮かべながら菖蒲に聞いた。
「はい、視線を感じたりはしましたけど、特に問題はありませんでした」
にこやかな表情のまま紅蓮はそうかと言った。
いなり寿司を食べるのを止めた玉藻は菖蒲を見た。
「それでは、そろそろ鬼退治といくかの。紅蓮、誘鬼香を持って来い」
誘鬼香が何かはわからないが、玉藻は紅蓮に指示を出し、乙矢達を引き連れ『幻想堂』の外に出た。
少し待と、古びたお香を持った紅蓮が出てきた。
「捕縛陣と幻界護法陣の二重結界か、やる気満々だね」
玉藻にお香を渡しながら紅蓮は感心した。
「吟座屋の稲荷を食ったからのう。やる気は溢れておる。それに妾は約は違えん。きっちりきっかり退治してやるわい」
受け取ったお香を10mほど離れた所に置いた玉藻は、乙矢達の傍に戻った。
「紅蓮は手を出すな、妾だけで充分じゃ」
そう言って、玉藻は掌を下に向け右腕を伸ばした。
玉藻の右腕が毒々しい紅色に輝き、お香の周りに魔法陣の模様が浮かび上がった。
玉藻が二言 、三言呟くと周りの風景が一変した。
ポジとネガが入れ替わったかのように、乙矢達の周りから色が抜け落ちた。
「ぬしらは其処から動くな」
言われ、乙矢は周りを見渡した。乙矢達の周りに薄い膜のようなモノがあった。玉藻はここから動くなと言ったのか。
「紅蓮は討ち漏らしを頼むぞ」
そう言われた紅蓮は−−討ち漏らしなんて出さないくせにと言い、笑った。
右腕を下ろした玉藻が、左手をパチンと鳴らした。
突然、魔法陣の中心に置かれたお香に一瞬火が着き、すぐに煙が上がりはじめた。
すると、その煙に誘われるように角が生えた異形の化け物や、比較的に人間っぽいモノまで、ワラワラとお香の周りの魔法陣に入っていった。
−−嘘でしょ、なんて数なのよ。あれは100じゃ効かないくらいいるじゃない。
そんな大群を見ても玉藻は−−思ったよりも多いな、なんて呟くだけで全然余裕そうだ。
「聞けい、塵芥のごとく一人の小娘に集る魍魎共よ。その悉くを我が狐火で焼き尽くされたくなければ、疾くこの場から去り、二度と現世に現れ出るでない!」
一喝、玉藻は今まで乙矢が聞いた事のない大声を張り上げ、異形の化け物に啖呵をきった。
化け物共に動じた様子は欠片もない。
「よい、ならば言葉通り悉く消し炭に変えてやろうではないか」
玉藻が言い終わると同時に化け物共は向かって行った。
−−轟−−
腕を一振りした玉藻。
化け物共は一瞬青い炎に包まれ、次の瞬間には何も残っていなかった。
次々と向かって来る化け物共に対して玉藻は、まるで指揮者が指揮をするかの如く両の腕を振るい、燃やしていく。
−−轟、轟、轟−−
と一定のリズムで化け物共は燃え尽きていく。それが化け物共の雄叫びや悲鳴と混ざり合って本当に指揮者のようだ。
玉藻がそれまでよりも溜めを作り、強く腕を振ると、一際大きな炎が上がり、辺りには化け物共の痕跡が塵一つ残っていなかった。
「紅蓮、茶を用意せよ。妾は喉が渇いた」
振り向きざまに玉藻は言った。
そのときには既に辺りの色彩は元に戻っていた。
玉藻が特に疲れた様子もなく『幻想堂』に入り、紅蓮もそれに続いた。
乙矢と菖蒲が呆然と立ち尽くしていると玉藻が、早く入って来いと店の中から呼んだ。
乙矢達がソファーに座ってもまだ呆然としていると、紅茶を淹れた紅蓮が戻って来た。
「はい、これで鬼退治は終了だよ。僕は何もしてないけどね」
そう言いながら紅蓮は皆に紅茶を配り、席に着いた。
圧倒的だった。見るものを全て圧倒するほどに圧倒的だった。
玉藻も詳しいのはわかっていたが、こんなにすごいとは思わなかった。
乙矢が未だに感動していると、菖蒲がおずおずと玉藻に問いかけた。
「あの、玉藻さんに聞きたい事があるんですが、いいですか?」
どこか言い澱むような感じで玉藻に問いかけた菖蒲に、玉藻は何じゃ、申してみよと言った。
その言葉を聞き菖蒲は意を決したように口を開いた。
「玉藻さんは、金毛白面九尾の狐、玉藻前の関係者ですか?」
こんもーはくめんきゅーびのきつね? 何それ?
−−それの関係者だと何かあるのか。
乙矢には菖蒲の質問の意味が分からなかった。
「おや、言っておらなんだか。いかにも、日本三大悪妖怪の一角、金毛白面九尾の狐こと玉藻前こそが妾なり。さあ頭を垂れてひれ伏すがよい」
スッゴいイイ笑顔で玉藻は言った。
乙矢は何の事かわっていないが玉藻は妖怪だということだ。
若干一名、いまだに理解していないが玉藻は、悪い妖怪じゃぞ恐いんじゃぞ祟っちゃうぞと笑いながら言っていた。悪いが、威厳も怖さも全く感じない。むしろ可愛い。
「やっぱり、そうだったんですね!」
菖蒲はキラキラ目を輝かせている。
「ちょっと待った。菖蒲ちゃん、気付いていたのかい? いや、妖怪がいると知っていたのかい?」
紅蓮が驚いた声で菖蒲に聞いた。
乙矢は除霊を見るまで信じていなかったが、菖蒲の言葉ではまるで以前から知っていたように聞こえる。
「はい、父が民俗学の研究をしていまして、昔から必ず存在してると言ってましたし、私も居ると思ってましたから」
そう言う菖蒲はどこか誇らしげだった。
そんな菖蒲を優しい表情で見ていた玉藻が、真面目な話があると言った。
「菖蒲、妾の弟子となる気はないか?」
真面目な顔で話を聞いていた菖蒲と乙矢は、玉藻の言葉にポカンとアホ面を晒していた。
−−ちょっと待った。私も弟子になりたい!
「ちょっと、玉藻。君は何を考えているんだ?」
紅蓮も焦っている。
「何を考えているも何もない。紅蓮、おぬしは感じんのか?」
何を感じると言うのかは、わからないが玉藻はとても真剣な顔で、わかっているのだろうと紅蓮に言った。
苦虫を噛み潰したような顔をしている紅蓮だったが、諦めたように溜め息を吐いた。
「菖蒲、よく聞け。ぬしには膨大な『力』がある。今はまだ表にでておらんが、いつ『力』に目覚めるやも知れん。今回以上の危険に巻き込まれる事もあるじゃろう。妾はぬしを気に入った、じゃからぬしに『力』の使い方を教えてやる。どうするか決めるのはぬしじゃがな」
また『力』か。それが何か紅蓮達は語らないが、乙矢も教えてもらいたいと思っていた。
「わかりました。お願いします、玉藻さん」
紅蓮はチラリと乙矢を見て微笑んだ。
「乙矢ちゃんにも教えてあげようか?」
突然の言葉に乙矢は我を忘れ、狂喜乱舞した。
「確かに玉藻の言う通り、『力』のある人間を放っておくのは危険だからね。」
乙矢は教えてもらえる事に喜んだ。
「それじゃあ今日は解散。次は、ゴールデンウイークだね。それまでにしっかり自分で色々調べておいで。しっかり下地がないと教えようもないからね」
玉藻は、特に乙矢はなと言った。
『幻想堂』から駅に向かう途中−−
「菖蒲って結構詳しいじゃん、もし良かったら色々教えてくれないかな?」
乙矢は菖蒲に聞いた。
菖蒲はなんなら明日からでもいいですよ、幸い明日は日曜日だし、駅前のファストフード店でお話しますか? と言った。
「じゃあ、明日も10時に駅前のコンビニに集合でいいかな?」
そう聞いた乙矢に菖蒲は笑顔で、はいと言った。
やっぱり菖蒲は可愛いなぁ。
第8話、玉藻無双です。
正直戦闘が呆気なさすぎですね。精進します。