第6話 邂逅、再び
「それで、今日はどうしたのかな?」
挨拶をすませ、紅蓮にソファーに座るように促された乙矢はソファーに腰掛けた。そして、紅蓮が紅茶を用意するから少し待っててねと言い紅茶を淹れに行った。
少しした後、紅蓮が三人分の紅茶を持って席に着いたので、乙矢は話を切り出した。
「今日はお聞きしたい事がありまして」
乙矢が言うと、もっとフランクに話してくれていいよ。と紅蓮に言われた。
しかし、目上の人にフランクに話をしるのもどうかと乙矢が言ったら、そんなことは気にしなくていい、僕は気にしないよ。と紅蓮に言われた。
「わかりました、少し気楽に話してみます」
乙矢がそう言うと紅蓮は満足したように微笑んだ。
「えっと、それで聞きたい事って言うのはドッペルゲンガーについてなんですけど。都市伝説ではドッペルゲンガーに出会うと死ぬって言われてますけど、どうなんですか?」
自分で言っていて何だが、ドッペルゲンガーなんかいないって言われたらどうしようと乙矢が思っていると、
「ドッペルゲンガーって言うのは大体の場合二種類に分別されるんだ」
二種類もいるのかと乙矢が驚いていたら、続きを話してもいいかな? と紅蓮が聞いたので乙矢は頷いた。
「それじゃあ、まず本来、ドッペルゲンガーと言われているモノについて説明しよう」
そう言って紅蓮は一呼吸おいてから話し始めた。
「ドッペルゲンガーと言うのは世界中で目撃されている。例えば、ドイツの劇作家ゲーテは、8年後の自分を目撃したそうだ。要は必ず現在の姿で現れるって訳じゃないってことだね。他にも、日本では芥川龍之介が、実際に自分がドッペルゲンガーに出会ったことを題材にして“二つの手紙”って言う小説を書いているしね」
乙矢はそんな著名人までドッペルゲンガーを見ているのかと驚いた。
「他にもまだまだ沢山の目撃情報はあるけど、正体について話してみようか」
正体か、未来の姿を見た事と関係はあるのだろうか。
「正体の一つとしては霊。それも自分の霊なんだ」
自分の霊。何故生きている自分の霊を見るのか、乙矢には想像もつかなかった。
「あの、分からないんですけど、何で生きているのに霊なんか、それも自分の霊なんかを見るんですか?」
乙矢の問いに紅蓮は一瞬、何を当たり前のことを聞いているんだ? といった顔をした後、そうかと納得したように言った。
「ああ、あるよ。生霊って聞いた事ないかな?」
「ええあります。でも、私の知ってる話では生霊って、強く思っている場所や人の所に現れるって事なんですけど、自分の所に出てくるなんて聞いた事ないですよ」
恋人に振られた人の生霊が振った相手の周りに現れるって話しは、怪談を取り扱った番組などでも使い古された物だろう。
「そうか、じゃあ質問。生霊って何だと思う?」
乙矢が、強い思念とかが形になったモノなんじゃないんですか? と言うと、紅蓮は、一般的なイメージではそうなっているね、と言って紅茶を一口啜った。
「じゃあ生霊について説明するね。生霊って言うのは一種の幽体離脱なんだ。意識的に幽体離脱を行う場合は問題ないんだけど、体質的に幽体離脱をし易い人がいてね、そんな人の場合は稀に自分の幽体を見ることがあるんだ」
乙矢は幽体離脱って寝てる時とか、事故にあって意識がないときに起きるんじゃないんだと言った。
「大体は乙矢ちゃんの言った通り、寝てる時とかに自分の身体を俯瞰で見たり、離れた場所で起きた事を知っていたりとかなんだけどね。ほとんどの人がただの夢だと思うし、忘れていたりするんだけど、中にはデジャヴって形で感じる人もいる。それは何故かと言うと、無意識に幽体離脱をする時は魂の深い部分、心理学的に深層心理と言われるものに近い部分が幽体離脱しているからなんだ」
紅蓮の言う通り、デジャヴを感じた事のある人は幽体離脱の可能性もあるのだろう。
「ちょっと待って下さい。それじゃあ起きてる時に自分の霊は見れないんじゃないんですか?」
乙矢がそう言ったら、まだ続きがあると紅蓮に言われた。
「確かにそれじゃ自分の幽体を見れないけど、稀に意識が覚醒する前に幽体が身体に戻らない事がある。意識があると幽体と身体の繋がりが稀薄になるんだけど、そうなると幽体は自分が戻るべき身体に戻る為に、弱くなった身体との繋がりを辿ってさまようんだ。繋がりからは意志も流れてくるから、強く思っている人の所や場所に行ったりするし、そこで人に見られ事もある。それが生霊の正体。身体の方が眠ればまた繋がりが強くなって身体に戻れるんだけど、さまよってるうちに自分の身体に辿り着く事もある。普通の人は、『力』のある悪霊や怨霊でも無い限り波長の合う霊しか見えないんだけどなにせ、自分自身の幽体だからね、波長は100%合う。それが本来のドッペルゲンガーなんだ」
紅蓮の言をまとめると、ドッペルゲンガーとは迷子になった自分の魂の一部と言うことか。
乙矢はそれを聞いて、可笑しくなったが聞きたかったことをまだ聞けていない。
「それで、特に危害はないんですか?」
そう、本題は菖蒲に害がないかを知る事だ。
「今言ったドッペルゲンガーなら特に害はないね。ただ、もう一つがかなり問題でね」
幽体離脱だったら害はないらしい。ではもう一つは一体どんな問題があるんだろう。
「もう一つのドッペルゲンガーは、出会う可能性すらも極稀にしかないんだけどね」
それほど珍しいのか、紅蓮はかなり念押しした。
「それはシェイプシフターと呼ばれる妖怪の類。このシェイプシフターについては世界中に話がある。内容も国によって違うし実態も正確には分からないんだけどね」
実態が分からないのに問題があるとはどういう事だ。
「今分かっている事は、街で人を物色し目を付けた人物に化けると言う事、化けた相手の前に相手と同じ姿で現れると言う事。そして、その相手を殺して自身が本人に成り代わると言うことだ」
自分と瓜二つの相手に殺される事が乙矢には考えられなかった。
顔面蒼白になっている乙矢に紅蓮は、落ち着くように言った。
「大丈夫です、落ち着きました。あの、成り代わると言いましたけど本人を殺したら、死体が見つかったりするんじゃないんですか? 最近の科学力なら死人の姿をした何かがいることが分かるんじゃないですか?」
もしそんな事になったら大事だろう。死体があるのに生きている、不審がる人がいても可笑しく無いだろう。
「そんな事は起きないよ。シェイプシフターは二週間程度で別の相手を物色するし、それからしか死体を捨てないから」
死亡推定時刻とかはどうなのかと乙矢が聞いたら、それも問題ないと紅蓮は言った。
「『力』を持つモノならば死体の腐敗進行を止めることも出来る。聖人と言われる人は死後、かなり経っても死んだ時と同じ姿だったと言われるが、これは死後もまだ身体に『力』が残留しているからなんだ。死んで抵抗出来ない相手の腐敗を止める事はそんなに難しい事じゃない。定期的に『力』を与えるだけだからね」
乙矢には『力』とやらの事は分からなかったが、そんな事が出来るのならば、自分が去るまで死体が見つからなければ完全犯罪だと思った。
「そんな、それじゃあ菖蒲ちゃんが見たのがシェイプシフターだったら殺されるって事ですか!」
乙矢は焦った声では紅蓮に詰め寄った。
「乙矢ちゃん、近いよ。それに菖蒲ちゃんって言うのが誰かは知らないけど、シェイプシフターの可能性は低いよ。初めに言ったけど、シェイプシフターは極稀にしか現れないから」
そう言う紅蓮に、そういえばそんな事を言ってたな、と乙矢は落ち着きを取り戻した。
「それに、ドッペルゲンガーを見たって言う話のほとんどが精神的に弱っていたり、薬物やお酒に酔っていて幻覚を見たってだけなんだから。まあ、日本では狐狸の類に化かされたって事もあるとは思うけどね」
乙矢は確かに幻覚の可能性の方が高いだろうが、万が一にも命の危険があるなら何とかしてあげたいし、一度関わった以上放ってはおけないと思った。
「乙矢ちゃん、もしさっき言っていた菖蒲ちゃんって子がドッペルゲンガーを視たって事なら此処に連れておいで、何が原因かなら調べられるから」
紅蓮の言葉を聞き、明日にでも菖蒲を連れてこようと乙矢は考えた。
すると、今まで腕を組んで黙って話を聞いていた玉藻が口を開いた。
「紅蓮、ドッペルゲンガーとやらの事は分かった、要は写し身の事じゃろう。じゃが、シェイプシフターとはなんじゃ? よう理解出来ん」
玉藻もかなり詳しいと思っていたのに知らなかった事に乙矢は驚いた。
「えっと、変化妖怪の類だと思ってもらえればいいかな」
紅蓮は少し考えながら答えた。
「変化妖怪か。狐狸妖怪のようなモノか? じゃがなぁ、狐狸妖怪は化けた相手をめったな事では殺しはせんぞ」
そうなのか、じゃあシェイプシフターとは違うのか。
「そうだね、人に化ける鬼とかに近いのかな。実際シェイプシフターの事はほとんど分かってないんだ。一説には、突然変異した人間だとか言われているけどね」
もし人間だったなら何故、簡単に他人を殺せるのか乙矢には理解出来なかった。
「ほう、あり得ん話ではないのう。人が鬼に変わる事はよくある事じゃしな」
玉藻の言葉に乙矢が驚いていると、ふぅと溜め息を吐いた紅蓮がまた話はじめた。
「確かにあり得ない事ではないけど、確証は何一つないんだ。人が鬼に変わる時そこには非常に強い感情が必要だけど、シェイプシフターに関してはわからない。一つ知っている事はあるけど、それだけだよ」
強い感情か、怒りとかなのかな。
それよりも、紅蓮知ってる事とはなんだろうか?
乙矢は思い切って聞いてみた。
すると紅蓮は少し話辛そうな顔をしながら、あんまり気分のいい話じゃないんだけど、と前置きして話を始めた。
「アメリカに住んでいる友人から最近聞いたんだけど、その友人は自分に化けたシェイプシフターと闘って倒したらしい。でも死体が残ったんだ。自分に化けられてたから顔から身元が割れないように顔を潰したみたいなんだけど、数日後に猟奇殺人の被害者として自分の名前が新聞に載ったんだって。ようは見た目だけじゃなくて中身、DNAまで同じだったらしいんだ」
中身まで同じようになるなんてその生き物は何なのだろう?
しかし玉藻は乙矢とは違う所が引っかかったようだ。
「残ったのか? つまり、かなり高位の妖怪なんじゃな」
死体が残った事がそんなにおかしいのだろうか。乙矢にはよく理解出来なかった。
「よくわからんって顔をしておるのう。説明してやるからよく聞け。普通妖怪が死ねば肉体は現世に残らん、塵のように消えるんじゃ。死後現世に肉体を残せるのはかなりの『力』を持っておらんと出来んからな。死後も肉体が当たり前に現世に留まるのはある意味人間だけの特権じゃ」
そうなのか。ではシェイプシフターはかなり強い妖怪なのか。
「いや、確かに手ごわかったみたいだけど『力』事態はそれほど大したモノじゃなかったらしい」
自分の思考を読んだように話す紅蓮の言葉に、乙矢は違和感を覚えた。
……今までの話からするとシェイプシフターは人間なのか。
「『力』もないのに残ったじゃと、それではまるで人間ではないか?」
玉藻も乙矢と同じように思ったみたいだ。
すると紅蓮がまた難しい顔をした。
「だから、ほとんど何も分かってないんだよ。人ではない事は確かだけどね」
それはそうだ。文字通り変身出来るような生き物を人間とは呼ばない。
「もういい時間だよ。乙矢ちゃん、そろそろ帰らないとお家の人が心配するよ」
思考が堂々巡りを始めそうになった乙矢に、紅蓮はそう言った。
乙矢は携帯で時間を確認してみたが、確かにいい時間だった。
明日菖蒲ちゃんを連れてきますと乙矢は言って、『幻想堂』を後にした。
この話で出てくるドッペルゲンガー及びシェイプシフターについての考察は独自解釈を多分に含んでおります。
ご注意下さい。