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第5話 神秘の渇望

 川沿い通りの幽霊退治から2日、今日は月曜日だ。

 また退屈で変化のないツマラナい一週間が始まると乙矢は溜め息を吐いた。

 とても憂鬱ではあるが、学生である以上学校に行かなくてはならない。

 乙矢はベッドの中で伸びをして、勢いよく起き上がった。


 登校の準備を済ませてリビングに行くと朝食の用意が出来ていた。


「おはよう、乙矢。早く朝御飯食べなさい、学校遅れるわよ」


「お母さん、おはよう」


 母に挨拶をしつつ乙矢は椅子に座って食事を始めた。

 朝食は日本人らしく、ご飯にお味噌汁、焼き鮭にほうれん草のおひたし。

 それらを食し終えた乙矢は、母にご馳走さまと言って洗面所に向かった。

 歯磨きをしながらなんとはなしに鏡を見ると、そこには目に生気がない乙矢がいた。何故乙矢は朝からこんな顔をしているのだろう。

 一昨日には、それまで空想の産物だと思っていたことに出会えた。これから自分の日常が変わる気がしていた。

 ああそうか、だからだ。そんな神秘に触れたというのに私の日常は変わらず過ぎて行く。

 そのことが乙矢には納得出来ないのだ。

 そこまで考えて、これ以上は駄目だと思い歯磨きを終えて乙矢は学校に行くために家を出た。

 登校の途中、川沿い通りを通ったが周りには、乙矢と同じような登校中の学生と反対方向にある駅に向かうサラリーマンが数人いた。

 除霊したからだろうか、今までここを通る時に感じていた重苦しさを乙矢は感じなかった。


 乙矢の通う学校は、私立成錬女子高等学校という。

 その名の通り私学の女子高で、進学率も高く、近隣では結構な名門校だ。姉の早矢もこの学校に通っていたが、乙矢より出来の良い早矢は家から近いという理由だけでこの学校に入り、入学当初から学年トップクラスの成績で、二年の後半から二期続けて生徒会長を務めていたため、教師からの覚えも良かった。

 そのために、早矢が在学中に学校にいた教師からはよく比較された。まあ、一年経って乙矢が早矢ほど出来が良くないと教師達も理解出来たのだろう。二年になってからまだ十日程だが、教師からの期待に満ちた視線を乙矢が向けられて、辟易することもなくなった。

 乙矢も別に勉強が出来ない訳ではない。一応これでも学年で十番くらいの成績は取っている。

 だが乙矢には早矢と違って勉強に対する意欲がない。ただそれだけだ。

 なんて馬鹿なことを乙矢が考えていると、いつの間にか教室までたどり着いていた。


「おはよう、乙矢」


「あ、おはよう」


 一番に乙矢に声を掛けてきたのは依子だった。


「ねえねえ、金曜日の学校帰りに見たの、幽霊だよね?」


 この女はあんなにビビっていたくせに何故そんなことを聞くのだろう、それは乙矢には理解し難い事だった。


「うん、そうだね」


 乙矢が返事をしてやると依子は別のクラスメートに−−だから言ったでしょ。なんて言っていた。

 何故そんなことをペラペラ喋るのかも、やはり乙矢には理解出来なかった。


「へぇ、乙矢も見たんだ。これでこのクラスで6人目か」


 別の生徒が乙矢にそんなことを言った。

 少し離れた場所では、私も幽霊見てみたいな、今日の帰りに川沿い通りに行こうかな。なんてお気楽な事を言ってる奴もいる。


「行ってももう見れないよ」


 そう言って、乙矢はしまった! と思ったがもう遅かった。


「何でもう見れないの?」


 どうしよう。何て言えばいいだろう。

 乙矢がたじろいでいると、御祓いでもしてたの。と聞こえてきた。


「う、うん。土曜日にさ、誰が頼んだのか分かんないけど、いかにもな人が御祓いしてたみたいだよ」


 そうなんだとか、御祓いなんてあるわけないっしょとか言ってる声が聞こえ、乙矢はあはは、と笑ってごまかした。本当の事なんて言える訳がない。笑われてお仕舞いだ。

 まあ、超美形の男の人が御祓いしたと聞けば食いつくだろうが。

 そんな時チャイムがなり、教師が入ってきた。チャイムがなって嬉しいと思ったのは乙矢にとって、人生初ではないだろうか。


 四時限目までの授業が終わった。

 今日は六時間授業なので昼食とその後の二時間耐えればいいだけだ。

 他人と一緒に食事をする気分ではなかった乙矢は、一人で屋上に向かった。まだ肌寒い日も多いから屋上に人はいないだろうと思っていたのだが、どうやら先客がいたようだ。

 この学校は名札の色で学年が別れている。見たところによると先客は一年生のようだ。

 その生徒は日の当たるフェンス側で食事をしていたので、乙矢は日陰になるが階段のそばでお弁当を広げた。

 卵焼きにタコさんウィンナー、ブロッコリーといったおかずと、俵形のおにぎりが3つ。

 恐らく標準的なお弁当らしいお弁当だろう。

 食事をしながら乙矢は、学校が終わったら『幻想堂』に行こうかな、でもいくら来てもいいと言われたからと言って用事もないのに行くのもな、と考えていた。そこでふと、違和感を感じてフェンス側に座る生徒を見た。

 すると、その生徒は両腕で自分の身体を抱いて震えていた。

 お節介かもしれないと思ったが、あまりに尋常ではない様子に乙矢は思わずその生徒に声を掛けていた。


「どうしたの、大丈夫? 具合悪いんだったら保健室に行った方がいいよ」


 声を掛けられたその生徒は一瞬驚いたようにビクッと身体を震わせ、ゆっくりと乙矢を見上げた。


「だ、大丈夫です」


 その生徒はそう言って再び視線を地に落とした。

 でも乙矢はその様子に益々違和感を感じた。どう見ても大丈夫には見えなかった。


「本当に大丈夫なの? 力になれるかは分かんないけど、何かあるんなら話くらいは聞くよ。えっとほら、話しただけで少しは楽になるかもしれないしね」


 そう言った後、乙矢がその生徒を見ていると、ゆっくりと顔を上げ乙矢を見た。


「本当にお話、聞いて貰ってもいいんですか?」


 なんだか控えめな子だ。

 長めの髪の間から縋るような目で乙矢を見ていた。

 むぅ、なんと言うか小動物みたいな子だ。保護欲をくすぐられる。


「うん、いいよ。あ、でも力になれるかは分かんないからね」


 そう言って乙矢はウィンクをした。ちょっと恥ずかしいが、この子が笑ってくれたから良しとするかと考えた。


「はい、馬鹿馬鹿しいって思うかも知れませんけど、えっと3日前にドッペルゲンガーを見たんです」


「ドッペルゲンガー!」


 乙矢は思わずオウム返しに聞き返してしまった。


「はい、やっぱり馬鹿馬鹿しいと思いますよね」


 『幻想堂』に行く前の乙矢なら間違い無く馬鹿馬鹿しいと一笑に付しただろうが、今は違う。幽霊を見たと思ったら今度はドッペルゲンガーか。乙矢が気付いてなかっただけで日常にはこんなことが溢れているのだろうか。


「ううん、馬鹿馬鹿しいなんて思わない。続き話してみて」


 不謹慎かも知れないが、乙矢はワクワクしていた。


「はい、3日前にドッペルゲンガーを見たんですけど、その時に、悪寒って言うのかな、とりあえず凄く怖くなって、ドッペルゲンガーを見たら死ぬって話しを聞いた事があるからもしかしたらって思っちゃって」


 確かに乙矢もそんな話を聞いた事がある。

 乙矢はドッペルゲンガーを見たことはないので、気休めは言えなかった。

 どうしたものかと乙矢が思っていたらふと、名案を思いついた。


「あのね、私の知り合いにこういうことに詳しい人がいるんだけど、もし良かったら聞いてみよっか?」


「詳しい人ですか? はい、是非お願いします」


 キラキラした目でその少女言ってきた。

 うっ、かなり罪悪感がするが、ちょうどいい。これで『幻想堂』に行く口実も出来たし、人助けも出来る。一石二鳥だ。


「わかった、話聞いてみるよ。じゃあ、明日の昼休みにまたここで」


 ちょうど予鈴がなったので話を切り上げ乙矢は階段に向かった。


「そうだ、私は二年の葛城乙矢。あなたの名前は?」


「一年三組の小野寺菖蒲です。あの、よろしくお願いします」


 菖蒲の言葉に左手を上げてヒラヒラと振って乙矢は返した。


 午後の授業はあっという間に終わった。

 『幻想堂』に行くと決めただけでここまで早く時間が経つとは、乙矢は焦る気持ちを抑えるのに必死だった。

 帰りに何人かに話しかけられた気がしたが、乙矢は急いで家に帰った。

 家に帰ってすぐに私服に着替え、小さな鞄と財布を持って家をでようとしたら乙矢は母に声をかけられたら。


「乙矢、どこに行くの?」


「E区、遊びに行ってくる。遅くなるかもだけど晩御飯は家で食べるから」


「気を付けてね」


 母との会話を終えた乙矢は駅に向かった。

 電車が来るのを待つ間もずっと乙矢はワクワクしていた。

 まるでこれから冒険にでも行くみたいだ。


 E区に着いた乙矢は、小走りで『幻想堂』に向かった。

 そんなときに乙矢はふと、あれはただの夢だったのでは、『幻想堂』がもしも無かったらと思い怖くなった。

 しかし、左手に持った鞄に紅蓮から貰った御守りが入っていることを思い出し、乙矢は思わず御守りに手を伸ばした。

 良かった、ちゃんとある。

 確認して落ち着いた乙矢はすでに『幻想堂』の前にいた。

 あはは、なんだか私馬鹿みたいじゃないか。これでは学校に沢山いる恋に恋する馬鹿な奴らを笑えやしない。今の私はそんな連中と似たようなものだ。

 乙矢は深呼吸して落ち着いてから扉を開いた。

 前とおなじくカランコロンと軽快なベルの音がなった。

 やはり店内はある意味異様な雰囲気がする。乙矢は自然と身が引き締まる気がした。


「すいません、お邪魔します」


 声を掛けるが返事がない。また本でも読んでいるのだろうかと思い、乙矢は奥に向かった。

 店内奥にある、前回紅蓮がいた机を目指して乙矢は進んだ。

 いた。やはり紅蓮は今日も古い本を読んでいた。


「なんじゃ阿呆の子か」


 ソファーから一度聞いたら忘れられないとても澄んだ綺麗な声が特に興味のなさそうな調子で乙矢の耳に聞こえてきた。


「阿呆の子じゃないよ、私は乙矢」


 やはり玉藻は失礼な子だ。


「そうか、で乙矢。今日は何用じゃ?」


 おおっ、名前で呼んでくれた。

 おっと、本題を話さないと。


「士道さんに聞きたいことがあって来たんだけど、また気付いてないのかな?」


 乙矢の言葉を聞き、そうかと言って玉藻は席を立って前のように紅蓮の隣に行くと、躊躇いもなく紅蓮の手から読んでいた本を取り上げた。


「玉藻、何するんだい」


「客じゃ、乙矢が来ておるぞ」


 本を取り上げられても紅蓮は乙矢に気付いていなかったのか、玉藻の言葉を聞いて乙矢に振り向いた。


「やあ乙矢ちゃん、2日ぶりかな」


 そう言って、紅蓮は相変わらずの綺麗な顔でニッコリと微笑んだ。




 なんか毎日投稿してます、お茶の間です。


 第5話いかがだったでしょうか。

 乙矢はまた巻き込まれましたね。



 これからも楽しんで書きますので、頑張って読んでもらえると嬉しいです(え。

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