第3話 出会い
士道紅蓮と名乗った男性は乙矢達に少女が座るソファーの向かいにある、これまた豪華なソファーに座るように促し、本人は少女の隣に腰掛けた。
「それでお客様、どういった物をお探しですか?」
紅蓮はどうやら乙矢達が何か商品を求めてやって来たと思っているようだ。
まあ当然か。アンティークを扱う雑貨屋なのだから商品を購入に来たと思うのが当たり前だ。
「あの、そうじゃなくて、此方は、そのですね、オカルトの専門と聞きまして」
早矢は完全に紅蓮に見惚れて使い物にならない。乙矢がそれとなく聞いているのだが、早矢はその間も、ずっと紅蓮の顔を見つめていた。
確かに紅蓮は綺麗な漆黒の黒髪に日本人離れした顔立ち、さらにそれを際立たせる銀縁のスタイリッシュな眼鏡を掛けた超美形だが、そんなに食い入る様に見るのは流石に失礼だと、乙矢は思った。
「オカルト、ですか? ああ、そういった商品ですね、どのような物をお探しでしょうか? 一応タロットからウィジャ盤まで色々ありますがご覧になられますか?」
紅蓮は早矢の視線に気付いていないのか、乙矢に何やら怪しげな商品を勧めている。タロットくらいなら乙矢も知ってはいるが他にも得体のしれない物まで扱っているようだ。
乙矢は聞き方が悪かったのだろうと思い今度は思い切ってもっと直接的な聞き方をした。
「いえ、そうじゃなくてですね。此方には幽霊とかのお祓いが出来る方がいるって聞いて来たんですけど」
乙矢の言葉を聞いた後、紅蓮は一瞬目を細め、何かを言おうとしたがそれよりも先に紅蓮の隣から声が挙がった。
「何故そのようなことを聞く?」
静かではあるが、どことなく声に怒気が混じっている様に感じるのは気のせいではないだろう。
このままではマズいかなと乙矢が思っていたら、今度はいつの間に復活したのか、隣に座る早矢が話を続けた。
「それなんですけど、ああその前に自己紹介しますね。私は葛城早矢、でこの子は妹の乙矢です。それであなたは? 士道さんのお名前は聞きましたけど、あなたのお名前はまだ聞いてなかったなって。このままあなたって呼ぶのも何だから良ければお名前教えてくれないかしら?」
早矢は優しく微笑みかけながら玉藻に問いかけた。正直な話、さっきまで紅蓮に見惚れていた人と同一人物だとはとても思えない。
玉藻は早矢を一睨みした後、溜め息を吐き−−
「玉藻。妾の名は玉藻じゃ。特別に敬称を付けて玉藻様と呼ぶことを許してしんぜよう」
なんとも呆れた様な顔で早矢の問いに返答した。
何というか強烈な子だ。すっごい女王様な子だ。
喋り方もなんだか古風だし、まあ似合って無いわけではないが。
「玉藻、そんなことを言うものじゃないよ」
紅蓮が優しく玉藻をたしなめた後、早矢に先程の話を続けるように促した。
玉藻は一瞬嫌そうな顔をしたがすぐになんでもなかったような顔に戻った。
それを見た後満足そうに微笑んで早矢は話を続けた。
「はいそうですね。玉藻ちゃんのお名前も聞けたことですしお話しさせていただきます」
早矢の玉藻ちゃん、発言を聞いた瞬間玉藻はすごい勢いで早矢を睨んだが、すぐに諦めたような溜め息を吐いてそっぽを向いた。
「今日こちらにお伺いしたのは、私の後輩にこちらの方に除霊してもらったと聞いて参りました」
穏やかに話を続ける早矢に紅蓮は無言で一つ頷き、続きを話すように促した。
「それでですね昨日の事なんですけど、妹が学校帰りに幽霊を見たと言って相談をされまして、悔しいですが私では何の役にも立てそうにもなかったので、何かあてはないかなと思っていたらそういえば、前に職場の後輩が除霊をしてもらったと言っていた事を思い出して此方にお伺いさせていただきました」
流石は社会人と言うべきか、淀みなく要点を纏めて早矢は話を終えた。
話を聞き終えた紅蓮は少し考え事をするそぶりをしながら二、三聞きたいことがあるといい乙矢の方に向き直った。
「えっと、乙矢さんでよろしいですか?」
乙矢はハイ、と返し続きを待った。
幾らか乙矢を見た後紅蓮は先を続けた。
「まず第一に、どちらで幽霊を視たのか、次に状況などを、そして最後に、あなたに幽霊は憑いていませんよ」
そう言って微笑んだ後、紅蓮は紅茶を淹れてくるのでその間に頭を整理するようにと言い席を立った。
乙矢は紅蓮に言われた通りに頭を整理していると、思っていたよりも時間が経っていたのだろう、四人分の紅茶とクッキーを載せたトレイを持って紅蓮がソファーに戻って来た。
乙矢の目の前に置かれた高級そうなカップからはとてもいい香りが漂って来ている。
テーブルの真ん中に置かれた皿に入ったクッキーもとても美味しそうだ。
紅蓮は元の席に座ると、どうぞと言って勧めて来たので、乙矢は恐る恐るカップに口をつけた。すると、ほのかに柑橘系らしき香りが鼻腔に入ってきた。
紅茶なんてほとんど飲んだことのない乙矢だがこれはとても美味しいと思った。
隣で早矢も美味しいと呟いていたところを見るにやはりその紅茶は美味しいようだ。
紅蓮はそんな乙矢達を見て軽く微笑んだ後、クッキーの載ったお皿を少しこちらに寄せ、どうぞ食べて見てくださいと言った。
乙矢はお皿に手を伸ばしクッキーを食べてみたが、これは自分にも分かるくらい美味しかった。ほのかなバターの香りと控えめな甘さ、シットリとした食感。是非どこで売っているのか聞かないと、と乙矢が思っていたら−−自家製なんですよ、気に入っていただけたなら良かったです。と言ってきた。
後でレシピを教えてもらえないか聞いてみよう。
少しそんな風に休憩していると、頭の整理はつきましたかと紅蓮が聞いた。
「はい、大体は」
そう返事をした乙矢に、紅蓮は満足げに微笑んだ。
「それじゃあ聞いていきますね。まず最初に、その幽霊はどこで視ましたか?」
乙矢は反芻する。
確かあれは川沿い通りを中ほどまで進んだときだったか。
「ええと、実際に見たのは川沿い通りなんですけどその通りを中ほどまで進んでからです。でも通りに入ったときから嫌な予感がしていました」
そう答えた乙矢に少し困ったような複雑顔をしながら紅蓮は聞いた。
「川沿い通りですか? 確かにあそこは澱んでいますけど幽霊を見るほどの場ではないんですけどね。何か切欠や噂はありませんでしたか」
澱んでいる、と言うのは言い得て妙なりだ。
確かにあそこを通るときは何故か重い気分になったものだ。
「幽霊が出るっていう噂なら昔からあったみたいです。でも2ヶ月くらい前から目撃者が結構出てました。あとたしか晒し首を晒すのに昔はあそこを流れていた川岸を使っていたとか」
昨日早矢から聞いた話の請け売りだが詳しく話した方がいいだろう。
「あと切欠かは分からないですけど前日に幽霊を見たって友達と帰ってました」
話を終えたあと、紅蓮は少し考えを纏めている風に見えたので、乙矢は黙ってぬるくなった紅茶を啜っていた。
「わからんな」
しばらくすると、今まで黙っていた玉藻が呟いた。
乙矢には何がわからないのかがわからなかった。
「あそこで2ヶ月前に何かあったとか聞いたことないんだけどな」
ポツリと紅蓮まで呟いて、また考え込んでしまった。
乙矢がふと、隣の早矢を見ると何かを考えるように顔をしかめていた。そう思ったら、急に目を見開いてそうだ、と言った。
「あの、士道さん。2ヶ月前に川沿い通りで喧嘩があったんですけど、これは関係ないですか?」
「喧嘩、ですか。どのあたりであったのかわかりますか?」
「はい」
そう答えた早矢に一言、案内してもらえないかと紅蓮は言った。
すぐにその場所に向かう事になり、紅蓮の車で川沿い通りの近くにあるコインパーキングに行った。
「乙矢、大丈夫?」
川沿い通りに近づくにつれ、柄にもなく緊張した乙矢に早矢は声を掛けた。
「うん、大丈夫だよ」
大丈夫、か。
言ってふと、乙矢は考える。別に幽霊に襲われた訳ではないが、恐ろしくないかと聞かれればどうなんだろう。
唐突にフラッシュバックする昨日の光景−−
気持ち悪い。何がかと聞かれても答えはない。ただおぞましかった。
「それはただのまやかしですよ」
紅蓮の声が聞こえ、乙矢は現実に引き戻された。
何だろう乙矢は、紅蓮の声に不思議な安らぎを感じた。
「それでは早矢さん、案内していただけますか」
その言葉を皮切りに乙矢達は喧嘩があったという場所に向かった。
川沿い通りは今日もどこか重苦しく、辺りには乙矢達以外誰もいない。
「此処です」
早矢の声で一行は歩みを止めた。
ここは昨日、幽霊を見た場所ではないか。
乙矢がそんなことを思っていると紅蓮と玉藻は辺りをグルリと見渡していた。
「玉藻、どう?」
「ふん、“何か”がいるな。じゃが大したモノではない」
“何か”恐らく幽霊なのだろう。
と言うか玉藻にも見えているのか。
「よし、じゃあさっさとやろうかな。玉藻、万が一は無いと思うけどフォローは任せたよ」
その言葉を聞き、玉藻が一つ頷くのを確認してから紅蓮は乙矢達から5mほど離れた。
今から何が行われるのだろうか。
「今から何をするの?」
早矢も同じ事を思ったのか、玉藻に聞くと後で説明するから黙って見ていろと言われた。
乙矢が見ていると紅蓮は何度かブツブツと呟いて、両腕を手術前の外科医みたいに顔の傍に持ってきた。
するとどうだろう、乙矢の見間違いでなければその手がほんのりと光を放ち始めた。
また何かを呟くとその光が先程よりも激しく輝いた。
かと思うと、今度は掌に収束しているようだった。
何だこれは?
現実が崩壊する。幼い子供が見るアニメや夢じゃあるまいし。
だが、何故だろう。
乙矢の心は確かにその光に惹かれていた。
ふと乙矢が隣にいる早矢を見ると同じように思ったのだろう、その光を静かに見つめていた。
そんな時だった。紅蓮が掲げていた両手を柏手でもするかのようにパンッ! と合わせた。
すると掌で輝いていた光が散って、辺りを雪でも降っているかのように包み込んだ。
乙矢にはその光が自らの未来を照らす輝きに見えた。
引き続き拙作をお読みいただきありがとうございます。
次話で川沿い通りの幽霊編は終わりです。