第1話 変革の兆し
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4月の半ばにさしかかったばかりだと言うのにとても暑い日だった。
「ねえねえ、聞いた?」
突然何の脈絡もなく私の前の席に座るクラスメートはそう問いかけてきた。
「ゴメン、何の話か分かんないんだけど」
そう問い返す私にクラスメートは少し怪訝そうな顔を向けてくる。
「何の話って、最近噂になってる川沿い通りの幽霊の話しよ」
「ああ、そのこと。何かあったの?」
「あったの? じゃないわよ。依子が昨日、学校帰りに見たんだって」
−−川沿い通りの幽霊−−
実際、そこに川があるわけではない。昔、治水工事か何かで川の位置を動かしたらしい。今はただ、そこに川があったと言う石碑みたいなのが残っているだけだ。だから川沿い通りなんて名称がついている。
最近学校で話題になっているのは、そんな所に幽霊が出ると言う怪談話。前から噂はあったのだが、ここ2ヶ月ほど学校帰りの生徒が多数、まだ日も出ている時間帯に目撃している。
「本当に? これで幽霊見たのクラスで何人目だっけ?」
興味なさげにそう返した私に、少し不満気に4人だと言って彼女は席を立った。
そんな顔をされても興味がないものは仕方がないだろう。
いや、興味がないと言うのも語弊がある。正確には信じていないのだ。幽霊が出ると思っているからそう見えるだけだろう。
まったく、日本には幽霊の正体見たり枯れ尾花と言う諺があると言うのに、そもそも居もしないモノを見るわけがないのだから、集団心理と言うものは恐ろしい。
私がそんな益体もないことを考えていると授業開始のチャイムとともに教師が教室に入って来た。
さあ、今日もくだらない1日の始まりだ。
学校も終わり、各々帰り支度や部活動の準備をしている。私は所謂帰宅部と言うヤツなのでさっさと家に帰ろうと、帰宅準備をしていると今朝とは別のクラスメートが声をかけてきた。
「乙ちゃん、一緒に帰ってくれない?」
「一緒に? いいけど、とりあえずおっちゃん言うな」
乙ちゃんと言うのは私のあだ名だ。だいたいこんなあだ名を付けた奴も付けた奴だが、私は乙矢なんて命名した両親に文句を言ってやりたい。偏見かも知れないが、どっからどう見ても男に付ける名だろう。
弓道をやっていた私の両親は、姉には早矢と名付け、妹の私には乙矢と名付けた。
「あ、ゴメンね。でも良かった。一人で帰るの怖いから」
「怖いってなんで? ストーカーにでもあってるの?」
言って−−まったく恐ろしい時代だな、なんて馬鹿なことを考えていたら予想の斜め上を行く答えが返ってきた。
「違うよ、川沿い通り一人で歩きたくないから」
川沿い通り、また幽霊か。そういえば彼女は昨日幽霊を見たという話しを聞いたような気がする。
「川沿い通りって、じゃあ依子ちゃん、あなたが昨日見たって話しは本当なの?」
「うん、だから誰かと一緒に帰りたいなって」
「わかった。そういうことね、じゃあ帰ろっか」
そう返事をして、帰り支度を終えた私は依子と一緒に帰路についた。
互いにくだらないことを話ながら歩いていると、件の道のすぐ近くまで来ていた。次の角を曲がると川沿い通りだ。
明るく開けた、遮る物も無いまっすぐな道だ。
学校から商店街へ続く道だと言うのに私達の周りには誰もいない。
角を曲がった所でふと、私は違和感を感じた。今日は朝からとても暑かったはずなのに今は涼しい。いや、寒い位だ。
「ねえ乙矢、なんか寒くない?」
彼女も同じ様に感じているらしい。
「そうだね」
一言返したところで不意に、私は悪寒に襲われた−−背後に誰かがいる!
「乙矢。あのね、私……」
「駄目! 振り向いちゃ駄目だからね」
そう言って私は彼女の手を掴んで歩調を速めた。
私は幽霊なんて信じていないのに、いや幽霊なんて存在しないのに一体この悪寒は何だ。
「依子ちゃん、どうしたの?」
急に足を止めた依子に私は問いかけた。その時にハッと振り返ってしまったが背後には何もいなかった。
なんだ、やはり幽霊なんてただの思い込みだったんだなと思っていると依子が青白い顔に震えた声で前方、私の背後を指差した。
「乙矢。前、前見て!」
依子の声に反応して振り返った私は、最初視界に写ったものが理解出来なかった。
何だあれは? 顔面蒼白で身体中血塗れの男が髪を振り乱して此方に向かっている。
いや、それ以前にその男の体は透けているよう見える。
そんな馬鹿な事があるわけがないと思い、何度か瞬きをしてみるが依然、男は此方に向かって来ている。
「乙矢、逃げよう! 早く!」
理解の及ばないモノを見て体も思考回路も完全に停止していた私を依子は引っ張った。
依子に手を引かれるまま、私達は脱兎のごとくその場を駆け出した。
川沿い通りを抜けると嫌な悪寒も消え、凄い暑さに目が眩みそうになる。
しかし、そんなことは意に介さず私達はそのまま走って逃げた。
途中、依子とは家が別の道だからと言って離れたが、その後も私は走って家に向かった。
どうやって帰ったのか覚えていなかったが、なんとか家までたどり着いたようだ。
それまで走っていたせいで息も絶え絶えだが、呼吸を整え、一つ大きく深呼吸をし、私は玄関の扉を開けて家の中に入る。
未だに理解が及ばない。
とはいえ、自身が体験してしまった事は変えようのない事実だ。
あまり気は進まないが、私は今日の出来事を反芻することにした。
あれは何だろうか。
幽霊なんて存在しない、私はそう思っていたはずなのに。
あれは一体何だったのだろう。
幻覚。
いやいや、変なクスリはやっていない。
錯覚。
それも違う、確かに見た。
私だけではなく依子も一緒に居てあれを見ている。
ならあれは本当に幽霊だというのだろうか。
「お帰り、乙矢。いつまで玄関で突っ立ってるつもり」
「あ、ただいま。……お姉ちゃん仕事は?」
一体どれくらい思考の坩堝に捕らわれていたのだろうか。
姉に話し掛けられるまで、私はずっと考え込んでいたみたいだ。
それよりもだ、普通の、いやかなり真面目なOLである筈の早矢が何故こんな時間に家にいるのだろうか?
私には幽霊よりも姉が家にいる事の方が驚きが大きかった。
「あれ、言ってなかったっけ。今日は午後から有給取ってたから」
「お姉ちゃんが有給?」
真面目を絵に描いたような早矢が休みを取ったことに驚いて、私は素っ頓狂な声で返してしまった。
「ん、何かね上司から休みを取れって言われてさ、明日は土曜だし連休取ろっかなって思って。でも片付けないといけない仕事があったから午前中は仕事行ってたの」
「そうなんだ。て言うか休み取れって言われるなんてどんだけ働いてんの?」
早矢はとても美人だ。妹である私から見ても羨ましいくらいだ。長いストレートの綺麗な黒髪、整った顔立ち、モデルのような体型。なのに今まで浮いた話もなく、仕事や勉強ばかりしている姿しか見たことがない。所謂ワーカーホリックと言うやつだ。
「まあね、就職してから有給取るのなんて初めてかな。かなり有給溜まってるから休み取れってお願いされちゃってさ。それより乙矢、何かあったの? 顔色悪いよ」
そんなに顔色が悪いのだろうか。姉がいた事で私は落ち着いたつもりでいたのだが指摘されると言うことはそうなのだろう。
話を聞いてもらうのもいいかも知れない。早矢ならば何か的確なアドバイスをくれるかも知れないし。
「あのさ、お姉ちゃん。川沿い通りの幽霊の噂知ってる?」
「川沿い通りの? 知ってるよ。あれでしょ、昔罪人の首きって晒し首並べてたからその怨霊が出るってやつでしょ」
晒し首? 何の話だ? あそこに幽霊が出ると言うのは知っているし、見た気がするがそんな話は初耳だ。
「あれ、違った?」
「ううん、幽霊の話はそうだけど、晒し首とか初めて聞いたから……」
「そうなんだ。でもそれがどうかしたの。あ、もしかして幽霊見たとか?」
まったく鋭すぎる。私はそんなにわかりやすい性格をしているのだろうか。
「なんでわかった! って顔してるね」
「私ってそんなに顔に出てるの?」
「そうでもないけど、あんな顔色で幽霊の話聞かれたら、見たのかな? って大抵の人は思うんじゃないかな」
確かにその通りだ。自分では冷静になったつもりでも、まだテンパっていたらしい。
そもそも冷静ならばこんな話、笑って切り捨てられるのがオチだろうと考えていた筈だ。
そんなことを考えていると、早矢は唐突に−−
「ねえ乙矢。そういうことに詳しい人教えてあげよっか?」
今早矢は何と言ったのだろうか。『そういうことに詳しい人』? まさか霊能者の知り合いでもいるのだろうか。
馬鹿馬鹿しい、あんなのはただのインチキだ。
「聞いてる? 職場の後輩なんだけどさ。半年くらいまえに引っ越ししてね、引っ越した家で幽霊が出るって言ってたんだ。まあ、幽霊云々は抜きにしても引っ越した後は前より仕事のミスも増えたし、よく怪我したりしてたしね。でも、専門家と知り合って見事除霊してもらったって言っててね。もし良かったら連絡先聞いたげよっか?」
除霊? それこそただのインチキだ。早矢だってそう思ってる筈なのに何を言ってるんだろう。
正直なところ、私には早矢の意図が掴めないでた。
「どうせインチキでしょ」
思ったままのことを私が口にしたら、早矢は複雑な顔をして返してきた。
「あはは、私と同じこと言ってる。私も後輩に、高いお金取られて騙されるだけだと思うよって言ったんだけどね。その子、その専門家に相談しに行ったのよ。そしたらすぐに除霊してくれて、またこんなことが無いようにって御守りまでくれたみたいよ。しかも、お金は取られなかったって。信じられない話だけど、実際その子は仕事のミスもなくなったし、怪我もしなくなったしね」
ニヤリと擬音がつきそうな笑顔でそう宣う早矢。
納得はいかないが気になる事がある。
タダ? 専門家ならばそれで生活しているのではないのか。と言うよりも、何の得があるのだろう。
胡散臭くはあるが、相談に乗ってくれるのならば騙されたつもりで行ってみてもいいかもしれない。
タダならインチキだろうが、騙されようがなんてことはない。心因的なものだったとして、相手が何であれ相談に乗ってもらえるだけで幾分かは気が晴れるだろう。
「そうなんだ。じゃあ行ってみようかな」
「OK! じゃあ後で電話して連絡先聞いてあげるから明日にでも連絡してみれば」
そう言って早矢は玄関を去って自分の部屋に戻った。
拙作を読んでいただき誠にありがとうございます。
初投稿の作品で皆様方のお目汚しをしてしまった後で大変恐縮ですが、よろしければご意見、ご感想をいただけますと幸いです。
厳しい意見も真摯に受け止め一層邁進していきたいと思いますので今後ともどうかよろしくお願いします。