第六章 力
風邪をひき部屋で寝込んでいた天地は由美の張った結空陣がまだ消えてない事に何か嫌な予感がした。
かれこれ、二時間近くになるがそろそろ由美の体力も限界になるだろう。
風邪薬を飲んで少しは楽になったが、いまだに体は重かった。
その体をゆっくりと起こして五龍神を手に取った。
重い足取りで部屋を出た。寮の廊下は静かで何の音もしなかった。
そして、階段を下りようとした時、激しい殺気が天地の体を襲った。
その殺気に天地の体は押し潰されそうだった。
(何だ・・・・。この殺気は・・・・。)
ゆっくりと階段を降りて寮の一階に来ると一人の男が立っていた。
歳は20代後半だろう。黒い背広を着ていて、サングラスを掛けてタバコを銜えていた。
男は階段を降りて来たばかりの天地を見てゆっくりと向きを変えた。
「お・・お前は・・・・?」
男は何も言わず、天地を見ていた。
五龍神の柄に手をそえて相手の男をジッと見た。
口に銜えたタバコを右手の人差し指と親指で掴み、煙を吐いた。
そして、ゆっくりとサングラスを外した。
「久しぶりだな!天地。大きくなったじゃないか。」
「はぁ?」
天地は思いがけない男の言葉に呆気に取られた。男は天地の前まで来ると笑いながら肩を叩いた。
さっきまで感じていた殺気は消えていた。
「ちょ!ちょっと!あんた誰だよ!!」
天地は肩を叩く男の手を払ってそう言った。
男は不満そうな顔をして天地の顔を見た。
「何だ?忘れちまったか?」
「忘れたも何も、見た事ねぇよ!」
「そうだよな。あの頃、俺も高校一年だったからな。」
そう言いながら男は顎を右手で摩っていた。
この男は天地と面識があるらしいが、天地にそんな記憶は全くなかった。
男は寂しげな瞳で天地の顔をみて語りだした。
「13年前にあっただろ?神矢 壕だ。思い出したか?」
「はぁ・・・・。カミヤゴウ?船の名前?」
「ちげぇーよ!神谷は苗字。壕が名前。わかったか?」
「えぇ、何となく・・・・。」
天地がそう言うと男はため息を吐いて頭を抱えた。
神谷が敵では無いと思った天地は五龍神の柄から手を放した。
そして、さっきの殺気についって聞いてみた。
「あの殺気はあんたのじゃないのか?」
「おっ、お前も殺気を感じたか!」
「えぇ・・・・。あんな大きな殺気、感じないわけ無いだろ?」
「お前もハンターとして成長したんだな。」
神谷はそう言って泣きまねをした。
この人が何をしたいのか天地はわからなかった。
しかし、泣きまねをしていた神谷の表情が急に真剣な顔つきになった。
「だが、殺気が誰の物か、わからんようじゃいつか死ぬぞ。」
その神谷の目つきに天地は一瞬ひるんだ。
だが、すぐに元に戻り消えた殺気の事を思い出した。
「そうだった!天地!行くぞ!」
「行くって、どこに?」
天地の質問に答える間も無く神谷は寮を飛び出していった。
訳のわからない天地は仕方なく神谷のあとを追った。
午前中とあって人気の無い住宅地を抜けて、大勢の人で賑わう商店街を抜けた。
そして、市街に出た。
そこから、由美の張った結空陣がよく見えた。
その結空陣の中から微かに殺気が漂っていた。
「今、行くぞ!」
走り出そうとした天地だが、急に足がフラつき路地に右膝をついた。
後ろから神谷がゆっくり歩いて来て天地に手を差し伸べた。
「お前、風邪引いてんだろ?恵子さんから聞いてる。」
恵子さんとは、天地達の寮の管理人の名前だった。
神谷の手を取り立ち上がると、ゆっくり深呼吸した。
その様子を見ていた神谷はタバコをポケットから出し口に銜えた。
「天地。今日は絶対に五龍神を抜くなよ。」
「それじゃあ!戦えないじゃないか!」
「体調の万全じゃない時に五龍神を扱うのは危険だ。」
「でも!」
「まぁ、今回は俺の弟子と俺が何とかするさ。」
神谷はそう言って天地に笑いかけて走り出した。
その少し後をゆっくりと天地が追いかけた。
結空陣の中に入ると細身の背中に翼の付いたオウガが二体宙に浮いていた。
その下には傷だらけの由美と少年がいた。
少年は神谷に気付いて叫んだ。
「神谷さん!遅いですよ!それに、二体も居る何て聞いてませんよ!!」
「わりぃ、わりぃ。ちょっと話し込んでてな。」
神谷は頭を掻きながら笑っていた。
傷だらけの由美を見た天地は五龍神の柄を握った。
それに気付いた神谷は叫んだ。
「天地!」
「!?」
神谷は天地を何かで殴り飛ばした。
路地に倒れこんだ天地の手の中に五龍神は無かった。
神谷は左手に五龍神を持って天地を見た。
「言ったはずだ!五龍神を抜くなと!」
「まだ、抜いてねぇよ!」
「まだって事は抜くつもりだったんだろ!」
「五龍神を抜かないでどうすりゃいいんだよ!」
「今日は黙って見とけ!お前も彼女も、まだ力の使い方をわかっちゃいねぇ。」
そう言って神谷は五龍神を天地に投げた。
天地が五龍神を受け取ると神谷が何処からか棍を出した。
その棍の両端は虎の形をしていた。
「魁人!一体は任せるぞ!」
「は!はい!!」
今時の若者の服装をした魁人はそう返事をして槍を出した。
その槍の刃には鮫の形が彫ってあった。
宙に浮いた二体のオウガは神谷と魁人の二人を見て笑い出した。
「フハハハハッ!」
「宙に浮く我々を棍と槍でどうやって!?」
宙に浮いているオウガの一体が激しい痛みと共に地上に落ちた。
もう一体はすぐにそのオウガを追って地上に降りた。
大きな翼に穴が開いていた。
神谷はニヤリと笑みを浮かべてマンションの屋上に向って叫んだ。
「よくやった!昴!」
その言葉にマンションの屋上で嬉しそうに手を振る少女が居た。
彼女が昴だった。顔立ちは可愛く、身長は由美と同じ位だろう。
胸もそれなりに大きかった。髪は長く茶髪だった。
彼女の手には弓が握られていた。
その弓には鳥の形が彫ってあった。
「あとは任せましたよ!」
昴は神谷にそう叫んだ。
神谷は笑いながら手を振り返した。
二体のオウガを挟み撃ちにした神谷と魁人は武器を構えた。
「魁人!水鮫神に使われるなよ!」
「わ、わかってますよ!」
「それじゃあ。行くぜ!火虎神!」
そう叫ぶと棍の両端の虎が真っ赤になった。
一方、魁人の槍の鮫が青く輝いた。二人は同時に走り出した。
「ハンターにやられるか!!」
「死ね!!」
二体のオウガも二人に向っていった。
神谷は向ってきたオウガの右肩を火虎神で衝いた。すると、オウガは後ろに仰け反った。
後ろに仰け反ったオウガのお腹を、素早く火虎神で衝いた。
オウガはお腹を押さえて数歩下がった。そして、顔を上げた瞬間に火虎神が額を衝いた。
その衝撃でオウガは吹き飛び地面に倒れた。
意識はあるが、体は動かす事が出来なかった。
「な・・・・。何をした・・・・。」
「さぁな・・・・。」
神谷はそう言いながらタバコを銜えて火を着けた。
そして、一服すると煙を入って小さく言った。
「爆虎・・・・・。」
すると、倒れていたオウガの体がボコボコっとアチコチにコブの様な物が出来てきた。
オウガは驚き、苦しみながら何かを言おうとしたが、その時にはすでに跡形もなく吹き飛んでいた。
一方、魁人はオウガの攻撃を槍で受け流しながら後退していた。
オウガは笑いながら魁人を攻撃し続けた。
「フハハハッ!弱いぞ!こいつは!!」
「魁人!遊んでる暇は無いぞ!早く終らせろ!」
「わかりました。それじゃあ・・・・。」
そう言うと魁人の目の色が変わった。
そして、少しオウガから離れて槍を構えなおした。
水が槍の周りに集まり渦巻きはじめた。
その光景に天地も由美も息を呑んだ。オウガもそうだった。
「何をするかわからんが、そのまま死ね!!」
オウガは魁人に向って走り出した。
その時、魁人が槍を引いて腰を低くした。
「噛み砕け!!水牙鮫」
そう言って槍を一気に突き出した。
すると、集まっていた水の渦が一瞬にして鮫の形に変化してそのままオウガを噛み砕いた。
オウガは苦しみ悶えながら消滅した。