第五十八章 闇の中の光
暗い闇の中を天地は彷徨っていた。光も何も無いどこまでも続く闇の中に……。
『俺は……どうなった?』
『確か、漸と戦って……、戦ってどうなった?』
『俺は死んでしまったのか?』
闇の中で自問を続ける。だが、答えは返って来ない。それでもなお、自問を続ける。
『皆は無事か?』
『世界はどうなった?』
『この後、どうなる?』
自問を繰り返すが、いっこうに返って来ない答えに、少し不安になる。そして、光を求め闇の中を歩き出した。どこに行けば、いいのか分からずただ一直線に歩いた。
その時、背後から名前を呼ばれた。
「……天地」
微かに聞こえる小さな声。そして、その声の主が由美である事もわかった。
天地が振り返ると、闇の中で小さく輝く光が見えた。そこから、名前を呼ぶ声がしていた。
「……天地君」
『これは、魁人の声……。しかし、どうして君付けするかな?』
「……天地」
『これは、昴の声……。結局、裕二の事どう思ってるんだろう?』
「早く目を覚ませ……天地」
『これは、神谷さんか……。あれ? 何でさん付けしてるんだ? 年上だからか?』
「天地……」
『この声は、絶鬼か……。そう言えば、あいつの本当の名前なんだろう?』
声を聞いただけで、様々な問いが頭の中を過った。別に今考える事じゃないけど、なぜが浮かんでしまった。ゆっくりと光に向って歩く天地に、もう一度由美の声が聞こえた。
「……天地。早く……目を覚まして……」
『由美の声か……。声が小さいし、変な間を開けるから、すぐ分かるな……』
光から聞こえる由美の声に、天地は早足になった。色々と過る疑問は全てなぎ払い、ただ光に向って走り出していた。
漸の笑い声が辺りに響き渡る。その笑い声は、とても不気味で背筋がゾッとする。暫く笑い続けていた漸は、急に笑うのをやめてゆっくりと床に倒れる5人を見渡した。
その時、痛む体を堪えながら、絶鬼が立ち上がり漸を睨みつけている。
「何だ? お前が先に喰われたいのか?」
「喰われるのは、君の方だ!」
鋭く光る土蛇神に力を集めた。そして、床に土蛇神を突き刺して叫んだ。
「飲み込め! 土牙蛇口」
床に蛇が大地を這うかの様な亀裂が入っていく。そして、その亀裂は漸の足元に来ると、蛇が口を開いたかの様に、大きく裂け鋭い牙を突き立て、漸の体を噛み砕こうとした。
だが、漸は両手でその壁を押えると、不適に笑みを浮べて言った。
「この程度じゃ、僕は喰えない」
「グッ!」
更に力を加える絶鬼だが、漸はそんなもの諸共せず壁をぶち壊した。
そして、一瞬で絶鬼の前に現われ、一撃で絶鬼を弾き飛ばした。絶鬼は激しく吹き飛び、床を転がった。床に倒れる絶鬼の方に、歩み寄った漸はゆっくり頭を踏みつけた。
「このまま、頭を潰すのもいいが、やっぱりジワジワいたぶるのもいいかな」
「噛み砕け! 水牙鮫!」
絶鬼の頭に足を置いている漸に向って、魁人が水鮫神を突き出した。水鮫神に集まった水が、鮫の形になり漸に襲い掛かった。
だが、その水の鮫は漸の鋭い爪に引き裂かれ消滅した。弾け飛んだ水は、床に広がった。
「新しくなった水鮫神も、この程度の力ですか? 残念ですよ」
「これなら、どうだ!」
腰を落とし水鮫神を引いた瞬間に、体に衝撃が走った。軽々と吹き飛んだ魁人の体は、崩れた壁を擦り抜けて下に落ちていった。
「魁人!」
神谷はそう叫んだ。返事はなかった。俯きながら、神谷は立ち上がった。火虎神を軽く回しながら、ゆっくりと息を吐いた。
その様子に気付いた漸は、神谷を見て笑みを浮べる。
「まだ、やるの? 正直、もう飽きました」
「それが、どうした?」
「やるんですか? あの力の差を目の当たりにして?」
「行くぞ!」
回していた火虎神をしっかり握り、右肩の痛みに耐えながら漸に向かっていった。火虎神を素早く突き出すが、漸はそれを右腕だけで受け流していく。
火虎神を突き出す度に、右肩からは血が流れ出てくる。徐々に右手の握力がなくなるのを、体で感じている。
動きの鈍くなった神谷の右肩に、漸は鋭い爪を突き立てた。
「グァァァァッ!」
神谷の叫び声が響き渡った。苦しむ神谷をなぎ払い、漸は足元の絶鬼の体を蹴り飛ばした。
弱りきった絶鬼の体は、床を転がりうつ伏せに倒れた。
絶鬼の血と神谷の血が、床で混ざり合っている。その血の中に両足をいれ、漸は静かに息を吐いた。辺り一体が静まり返り、風でざわめく木々の音が静かに耳に届いた。
「そろそろ、五龍神を破壊するか」
「そんな事……させない……」
そう言って、ゆっくりと由美は立ち上がった。右手に持った疾風丸は風を纏い、左手に持った雷犬神が稲妻を纏っていた。
床に横たわる昴は、風鳥神を漸に向けて風を集めた。風の矢が集まる風を取り巻き、鋭く大きくなっていく。
その昴に漸が気付かない訳がなかった。だが、あえて気付かないふりをしていた。
対峙する由美と漸の間に流れる風は冷たく、地球の最後を告げているかのようだった。
「まだ、僕の邪魔をするか? 大人しくしていれば、見逃してましたよ」
「あなたに……見逃される位なら……死を選ぶ」
「なら、死んでください」
「死ぬのは、あんたよ!」
漸がそう言ったのと、昴の声が重なった。いかにも今、初めて昴の事に気付いたかの様に、漸は昴の方を見た。だが、昴の構える風の矢の大きさは、予想外の大きさだった。
「突き抜けろ! 烈風大鷲!」
そう言って矢を放った昴の腕に、凄まじい衝撃が走った。後ろに吹き飛び、昴は転げた。
一方、風の矢は大気を突き抜けるように、鋭い音を立てながら漸に向って行く。だが、その矢は漸の10cm前を通り過ぎていった。
その瞬間に、風が大気を揺るがし、漸の体はよろけてしまった。
「ウグッ……」
風の矢で一瞬視界を遮られ、由美の姿を見失った。視界を遮る風が通り過ぎた時、目の前に由美の姿はなかった。
辺りを少し見回している漸に、どこからともなく由美の声が響いた。どこに居るのか分からないが、声だけがこだましている。
「吹き荒れ大地を駆けろ! 青雷一閃」
バチバチと、稲妻の走る音が風に乗って聞こえた。だが、どこからその音が聞こえたかわからなかったが、すぐに漸に向って青光りする風の刃が飛んできた。一瞬の事で、漸はかわす事が出来なかった。
体に稲妻が走り、風の刃が体を斬りつけた。血がボトボトと床に落ちた。
「グウッ……。女だからと、甘く見ていたが……」
そう呟いた漸は、風の刃が飛んできた方に走り出した。そこに、由美がいると言う事を分かっていたからだ。まるでダメージを受けてないかの様に、漸は由美の目の前に移動した。右腕を振りかぶり、勢いよく振り下ろした。
だが、その振り下ろした腕に、何の手応えもなくただ空を斬った様な感覚だった。爪には血もついておらず、何が起こったのか分からない。
静かに風が吹き、暗雲立ち込める空から、薄らと光がカーテンの様に差し込んでいた。その光が一人の男の姿を照らした。男は由美を抱きかかえて、その腰には鞘に納まった五龍神を持っていた。
由美は薄らと目に涙を浮べながら、ゆっくりと口を開いた。
「天地……」
「……ごめん。遅くなった。あとの事は、俺に任せろ」
天地はそう言って、由美を下ろすと軽く微笑んだ。微笑む天地の右肩を、由美は軽くグーで殴った。
「イテッ。お前、助けてやったのに、何すんだ!」
いきなりの事で、戸惑った天地はとっさにそう言ってしまった。別に怒鳴るつもりじゃなかった。そんな天地に、俯きながら由美は静かに言った。
「遅いよ……。怖かった……」
体を震わせ頬を涙を流す由美。怖いなんて由美が言うとは思っても見なかった。それだけ、漸の強さに恐怖を覚えたのだろう。そんな由美の肩にゆっくりと手を置き、天地は耳元で小さな声で何かを呟いた。何を呟いたか分からないが、その言葉に由美はゆっくりと頷いた。