第五十六章 蘇りし力
辺りに大きな物音が、響き渡り地面が揺れた。床には真っ白な鱗の龍が横たわっていた。今まで吹き荒れていた風は止み、辺りは静まり返っている。
少し離れた場所で、横たわっている白銀の龍を見ながら、漸は薄気味悪く笑っている。白銀の龍はゆっくりと、小さな声で言った。
「時間が来たようです。私は先に戻ります。ですが、その前に風鳥の復活を」
透けていく白銀の龍の声は、土に覆われた神谷と昴にも聞こえた。昴は手に持った弦が切れ、色あせた弓 風鳥神を見つめていた。
「我の鱗から生まれし、清らかなる鳥よ。今一度、風を取り戻し空高く羽ばたけ」
白銀の龍はそう言うと、光となり五龍神へと吸い込まれていった。
一方、昴の手に持っている弦の切れた弓は、光輝き色あせていた色が、綺麗に染まり弦も元に戻っていた。だが、風鳥神の形が変化していき、前回よりも少し大きくなり持ちやすくなっていた。
その頃、漸と睨みあう紅き龍と金色の龍は、少しずつ体が透け始めていた。
「もう、時間が無い様だ」
「力を使い過ぎたか」
空を飛ぶ紅き龍と金色の龍はそう呟きながら、漸の事を見下していた。漸はゆっくりと紅き龍と金色の龍に向って、両手をかざした。
すると、両手に漆黒の玉が現われた。
「そろそろ、終わりしよう。僕も食事をとりたいからね」
「我等も、もう時間が無い。この攻撃が最後だ」
紅き龍はそう言うと口を開き炎を集めた。金色の龍も口を開き稲妻を集めた。紅き龍と金色の龍を見て、漸は不適な笑みを浮かべ両手に集まった、漆黒の玉をぶつけ合わせてから、二体に向って放った。
それを見て、紅き龍と金色の龍は、同時に集めたものを放ち叫んだ。
「放電炎流星」
炎の玉は稲妻を纏、物凄いスピードで漆黒の玉にぶつかっていった。
爆音と共に煙がたち登り、爆風でその煙が広がっていった。その時、金色の龍がゆっくりと落下していった。
そして、その後に続くように紅き龍の体がゆっくりと落下していった。
大きな音が辺りに響き、床が崩れ落ち土埃が舞い上がった。横たわり完全に二体の体は、透けて光となろうとしていた。
「我等も時間が来たか」
「消える前に、奴等の復活を」
紅き龍に向って、金色の龍はそう言った。その2体を見ながら漸はゆっくりと口を開いた。
「残念だけど、雷犬神と土蛇神は完全に消滅した。もう、復元は無理だよ」
そう言った漸の背後から、碧の龍の落ち着いた口調の声が聞こえてきた。
「復元じゃと? わし等のするのは、復元じゃのうて、新たな命を与え復活させるんじゃ。武器が消滅しようと、関係なく蘇るのじゃ」
「そう言う事だ。残念だったな」
金色の龍はそう言って軽く笑みを浮べた。そして、紅き龍と同時に口を開いた。
「我の鱗から生まれし、怒れる忠実なる犬よ。今一度、大気を揺るがし地を駆けろ」
「我の鱗から生まれし、燃え上がる勇敢な虎よ。今一度、燃え盛り全てを焼き尽くせ」
紅き龍と金色の龍はそう言い終えると、光となり五龍神へと吸い込まれていった。
一方、神谷の横に転がっている色あせた火虎神は、紅く輝き色が元に戻っている。だが、両端に付いた虎の彫物の口が、大きく開き鋭い牙をむき出しにしている。
「火虎神が、変わったな……」
「私の風鳥神も、少し大きくなりましたよ。威力が上がったんでしょうか?」
「さぁ? それは俺にもわからん」
首を横に振りながら、神谷はゆっくりと息を吐いた。あまりに呆気ない神谷に、昴は少し呆れた。
暫し、沈黙が続いていたが、壁に何かの刺さる音が響き、壁に凭れている神谷の顔の横から、光を放つ鋭い大剣の刃先が現われた。
突然現われた、大剣の刃に昴はびっくりして言葉も出なかった。だが、神谷はさほど驚いていなく、その刃を火虎神で軽く叩いていた。
「これは、雷犬神か。確か、由美に砕かれたが、ここまで完璧に修復されるなんてな。それに、更に刃が大きくなった気がするな」
「か、神谷さん……。驚かないんですか?」
「驚く? 何で?」
その言葉を聞いて、昴は深いため息を吐いた。あと少しずれてたら、串刺しにされてたかも知れないのに、なぜあんな風に落ち着いていられるのか、不思議だった。
そんな中、碧の龍の声が響いた。
「もう時間じゃ」
「時間って、どういう事だ」
今まで雷犬神を火虎神で、叩きながら笑っていた神谷はそう言って、真剣な顔付きになった。暫し間が空いたが、神谷の質問に碧の龍の返事が返ってきた。
「わし等は、無理やりあの刀の封印から出たのじゃ。じゃから、ここに居られる時間は限られてくるのじゃ」
「それで、俺達に何をしろと?」
「天地の傷も癒えた。後は目を覚ますだけなのじゃが……」
「時間が掛かると?」
碧の龍の声が言い終わる前に、神谷がそう言って火虎神を握り締めた。昴も風鳥神を握り締め、神谷の顔をジッと見ていた。
静かに沈黙の時が過ぎていくが、ゆっくりと碧の龍の声が聞こえてきた。
「わし等が消えた後の事は、任せるぞ。他の仲間も、皆傷は癒えておる。力をあわせるのじゃ」
「わかった」
静かに神谷がそう言うと、二人を覆っていた土の壁が崩れていった。そして、土の壁が崩れると、外の様子がわかった。
消えかけの碧の龍と蒼き龍。離れた場所に立ち不適な笑みを浮べる漸。
そして、他の土の壁から出てくる魁人・由美・絶鬼。まだ、少し頭が朦朧とする魁人と由美だが、やる事は碧の龍から聞いて分かっていた。
魁人の右手に握られた水鮫神は、色あせ刃も崩れている。土の壁から姿を現した者達を、見渡して漸は鼻で笑った。
「フッ。死に底ないが、今更何の用かな?」
俯き小刻みに肩を震わせながら、漸は静かに言った。その体からは殺気が、あふれ出している。目の前に幾度となく立ちはだかる者に、苛立ちを覚えているのだろう。
そんな中、碧の龍の轟々しい声と、蒼き龍の清らかな声が同時に響いた。
「わしの鱗から生まれし、地を這う蛇よ。今一度、大地を揺るがし全てを喰らえ」
「私の鱗から生まれし、荒れ狂う鮫よ。今一度、荒波を越え鋭き牙で噛み砕け」
碧の龍と蒼き龍はそう言い終わると、五龍神に吸い込まれていった。
魁人の持つ水鮫神は、蒼い光に包まれた。色あせていた水龍神は、元の色に戻り、崩れた刃は大きくなり、刃先は三つに分かれ鋭く光っている。
一方、砂の粉と化した土蛇神は、絶鬼の足元で一つに集まり元の鉤爪に戻る。鉤爪は鋭く長くなっていた。
「おい、絶鬼。土蛇神はお前が使え」
「土蛇神を……僕が?」
いきなりの神谷の言葉に、絶鬼は戸惑っていた。すでに、神谷・魁人・由美・昴の四人は、絶鬼は自分たちの仲間だと、認識していた。
絶鬼は嬉しかった。自分を仲間だと思ってくれる者達が、居ると言う事が嬉しくて仕方なかった。涙を堪え、絶鬼は足元の土蛇神を手に取った。
「……それじゃあ、これは……」
小さな由美の声が、神谷のすぐ隣で聞こえた。その左手には、刃の大きくなった雷犬神の柄を握っていた。軽々と雷犬神を持ち上げた由美に、少し驚き神谷はゆっくりと口を開いた。
「お、お前……。重く無いのか?」
「……全然」
少し間が空いてから、由美はそう言った。鋭く光る疾風丸と雷犬神を、ゆっくりと構えて息を吐いた。あんなに大きな雷犬神を、体格も小さく細身の由美が片手で持っていると、言う事がとても不思議だったが、よく考えたら雷犬神は最も軽量化を重視武器だと気がついた。
「まぁ、雷犬神は由美に任せる」
その言葉に由美は、ゆっくり頷いた。
武器を構えた5人は、目の前にいる漸を睨みつける。空にはいつしか、不気味な雨雲が広がっていた。