第五十五章 五体の龍
五龍神から現われた紅き龍は、鋭い眼差しで漸を睨み付ける。その紅き龍を見て、漸は不適に笑みを浮べる。
その笑みが何を意味しているのか、分からないが不気味だった。
「フフフッ。紅き龍か……」
「我等の主人は、我等が護る」
「今の僕に、君等の力は通じないよ」
刀を構えて紅き龍を見る。対峙する漸と紅き龍の間には、沈黙が続いている。緊迫した空気に、神谷と昴と絶鬼は息を呑んだ。
始めに動いたのは、漸だった。殺気を纏った鋭い刀を、勢いよく振り下ろした。鋭い風の刃が、紅き龍に迫っていく。その時、五龍神が再び輝いた。次は、緑の光を放っている。
風の刃は、何か堅いものに当たり消滅した。
漸の目の前には、紅き龍の他に、碧の龍がいた。
「その程度の力では、我は倒せん」
碧の龍は轟々しい声でそう言って、漸の方を見た。
その龍を見て、更に漸は不気味に笑みを浮べる。そして、ゆっくりと呟いた。
「二匹目か」
その声は、紅き龍にも碧の龍にも聞こえていなかった。そんな中、五龍神がまた、輝いた。蒼く輝き、美しい蒼き龍が姿を現した。美しい蒼き龍は、透通る様な清らかな声で言った。
「私は、彼の傷の手当てを」
その蒼き龍を見て、漸は更に不気味に微笑む。その様子に、気付いた紅き龍がゆっくりと、口を開いた。
「何が可笑しい?」
「いえ……。可笑しいのではありませんよ。嬉しいんですよ」
漸はそう言ってゆっくりと、刀を捨てた。そして、笑い声を上げた。不気味で背筋の凍る様な、笑い声を……。
そんな中、五龍神が輝いた。白い光と金色の光を放ちながら、2体の龍が現われた。1体は、白く美しい鱗を輝かせた白銀の龍。もう1体は、金色に輝く鱗が稲光する金色の龍。
2体は漸の背後に現れ、結果漸は龍に囲まれる形になっていた。
「全ての龍が揃った今、貴様は我等の主人に指一本触れる事は出来ぬ」
紅き龍はそう言って、白銀の龍を見た。白銀の龍はゆっくりと、体を動かし勢いよく天井に息を吹きかけた。
その瞬間、城の天井は吹き飛び、真っ青な空が広がった。吹き飛んだ城の屋根は、空で砕けて森の中へと落ちていった。
「な……何て力……」
「これが、五龍の力だというのか……」
驚きの声を上げた昴に、少し感心した様に神谷が続いた。流石に五龍の力に驚きを隠せない様だが、漸は全く驚いていなかった。むしろ、嬉しそうだった。
「さぁ、次はあなたが吹き飛ぶ番です」
「僕が? 吹き飛ぶ? 面白いじゃないですか。やってみてください」
馬鹿にした様な口調で、漸はそう言うが白銀の龍は至って冷静だった。ゆっくりと紅き龍を見て、ゆっくりと空に舞った。それに続くように、紅き龍が空に舞い、金色の龍も空に舞い上がった。
「空を飛んで、どうするつもりですか?」
「さぁな。貴様には関係の無い事だ」
冷たい視線で、空から漸を見下して、金色の龍はそう言った。その後に、紅き龍の声が響いた。
「土龍神! 他の者たちを頼むぞ」
「わかっておる」
碧の龍がそう言うと、神谷・魁人・由美・昴・絶鬼の周りに頑丈な、土の壁が現われ視界を遮った。完全に土の壁に覆われ、外の様子が見えないで居た。
「なんだ! この壁!」
「神谷さん、どうなってるんですか?」
そんな二人の耳に、碧の龍の声が聞こえた。
「この壁は、お主達を護るための鉄壁の壁じゃ。そう不安がる事はない」
「だが!」
「安心せい。天地とやらは、かならず水龍神が傷を癒す。それまでの辛抱じゃ。それに、今お主達を失う訳にはいかんのじゃ。分かってくれ」
その声を最後に、碧の龍の声は消えた。神谷は仕方なく、座り込みタバコを銜えた。そして、火をつけようとした瞬間に、昴にタバコを奪われた。
「おい。何をする」
「神谷さん。こんな状態でタバコ吸ったら、煙が充満しちゃいます。それに、何でそんなに落ち着いていられるんですか!」
「そうだな……。歳のせいじゃないか?」
昴は呆れて何もいえなかった。だが、神谷はそんな昴の不安を、この言葉で吹き飛ばしたのだった。
その頃、外では空を飛んでいる3体の龍と漸が睨み合いを続けていた。
「空を飛んでいるだけでは、何の意味もありませんよ」
漸はそう言って、首を傾げて息をゆっくり吐いた。だが、3体の龍は上空をクルクルと、円を描くように飛んでいるだけで、何をしようとしているのか、全く分からなかった。
流石の漸も、時間が経つにつれてイライラを募らせていた。そして、それがついに爆発した。
「どういうつもりだ! 戦う気はないのか!」
「今だ」
漸には聞こえないくらいの声で紅き龍が、そう言うと3体は急に動きを止めた。そして、その口元には、力が集まり始めた。
紅き龍の口には真っ赤に燃える炎が集まり、白銀の龍の口には荒れ狂う風が集まり、金色の龍の口にはほとばしる稲妻が集まっている。
そして、勢いよく集まった物を、同時に漸に向けて放ちながら叫んだ。
『火・風・雷。三大龍神・秘儀 火炎雷撃風車』
白銀の龍の放った風が竜巻となり、紅き龍の放った炎を飲み込み炎の竜巻となると、その周りを金色の龍の放った稲妻が走った。
その竜巻は、真下に居る漸に直撃した。竜巻は瓦礫を吸い寄せ、稲妻はその瓦礫を砕き、炎はその砕かれた瓦礫を消滅させた。
床に散らばっていた瓦礫は、綺麗に消滅し残ったのは碧の龍の作った、頑丈な土の壁と漸の姿だけだった。
体に稲妻が走っている漸は、ゆっくりと空を見上げて言い放った。
「今のは、効いた。だが、僕はその程度じゃ倒せない」
「我等もお前を倒す気はない。完全に封印の解けていない状態で、お前を倒せるとも思っていない」
「そうか。なら、君等と遊ぶ理由はないな」
ゆっくりと手の平を上空を飛ぶ、紅き龍と白銀の龍に向けた。そして、何かが漸の手の平から、発しられた。
紅き龍はそれを軽くかわすと、口から火の玉を吐いた。白銀の龍はゆっくりと息を吐き、それを簡単に掻き消した。
飛んで来る火の玉を、漸は右手で受け止めた。火の玉は威力を弱め、消滅した。漸の手の平は、その火の玉で少し焦げているが、さほどダメージは受けてはいないようだった。
「やれやれ、僕は疲れるのは嫌なんですよね」
「我等も、疲れるのはちょっとな」
紅き龍は漸にそう言って口から何発も、火の玉を放った。その火の玉に白銀の龍が息を吹きかけ、その火の勢いを強くする。
その火の玉を漸は手の平から出した見えない力で、掻き消していった。爆発音が辺りに響き、風が吹き荒れていた。
蒼き龍はそんな戦いを見ながらも、天地の傷を癒していた。蒼く透通る水が、天地の体を包み込み、その水が傷口を塞いでいる。
弱々しかった呼吸も、大分安定しているが、まだ傷を完全に癒すには時間がかかりそうだった。
「間に合うでしょうか?」
「何を弱気な事を言っておるのじゃ。間に合わせるのじゃ」
「ですが、もう時間が……」
「いざとなれば、あの者達の力を借りるまでじゃ」
蒼き龍の清らかな声と、碧の龍の多少衰えた様な声が交互に聞こえている。その声は、神谷と昴の居る所まで、聞こえていた。
そして、碧の龍の言った、あの者達が自分たちをさしている事を、神谷は悟ったが、時間が何なのかは、分からなかった。
「どういう事でしょうか?」
「さぁ? 俺に聞くなよ」
壁に凭れながら、神谷はそう言ってゆっくり息を吐いた。その時、大きな物音が壁の向こう側から聞こえた。それが、何の音なのか神谷達には、分からなかった。