第五十二章 絶鬼の過去
由美の放った風の刃で、壁や天井、床、いたる所が崩れている。天地の傷は大分癒えてきているが、絶鬼の傷の方は未だに癒せずにいた。
「昴! 由美と魁人をつれて来い」
「でも、それじゃあ、あんたの体力が」
「俺は平気だ! それよりも、由美と魁人の方が重傷だ!」
天地にそう言われ、昴はゆっくりと由美の足を引きずりながら、天地の元に運んだ。その後、すぐに魁人も運んできた。
天地の額からは汗が流れ、頬を伝い顎から床に零れ落ちた。相当疲れが見えている。それもその筈だ、五龍神を変化させるだけでも、結構な体力を使うのに、長時間も水龍神を使い傷を癒せば、疲れも溜まるはずだった。
「ハァ…ハァ……グッ……」
「大丈夫なの?」
「心配するな……。この位……」
目を閉じながら、水龍神に力を集めた。弱々しく蒼く輝き、薄らと水の膜が水龍神を包んだ。
「傷を癒せ! 清水泡!」
水龍神を包んでいた水の膜が、魁人と由美の体を包んだ。だが、その水の膜は明らかに今までのよりも薄く、すぐに弾けてしまいそうだった。多分、天地の体力が限界に達しているせいだろう。
それでも、水の膜は魁人と由美と絶鬼の傷口を、癒していた。その時、絶鬼が薄らと目を開き、ゆっくりと口を開いた。
「なぜ……、僕を助ける……」
「目が覚めたのか……」
目を覚ました絶鬼に天地は弱々しい声で言った。絶鬼にも、天地が限界だと言う事は、はっきりと分かっていた。
「僕は……、君等の敵だ……。助けてもらう義理は無い……」
「お前に、その気が無くても……、俺はお前に聞きたい事があるからな……」
「僕が、オウガと一緒に居る理由か?」
「そうだ……」
天地はそう言って頷いた。何も言わずに、絶鬼はゆっくりと目を閉じて、呼吸を整えていた。そして、間を開けてからゆっくりと言った。
「僕がオウガと一緒に居るのは、人間の悪しき所ばかりを見たからかな……。まぁ、君には分からないだろね」
絶鬼はそう言って薄らと笑みを浮べた。人間の悪しき所なんて、天地にはよく分からなかった。そんな天地に、絶鬼は自分の過去の話をし始めた。
〜絶鬼の過去〜
僕は、生まれてすぐに親に捨てられ、孤児院で育った。
生まれ付き、白髪で細目で色白だった僕は、よくいじめられて、友達なんて一人も出来なかった。唯一の友達は、孤児院で飼っていた子犬だった。その子犬は、薄汚くて滅多に人も寄り付かず、僕にとってその子犬と居る時間だけ心が和んだ。
ある日、僕が子犬に会いに行くと、小屋の前からその子犬は消えていた。確か、鎖で繋がれていたため、自分で逃げ出すと言う事は無いだろう。
そう思い孤児院内を探していると、二人組みの少年たちの声が聞こえた。
「あいつ、今頃あの汚い犬を探してるぜ」
「まぁ、あんな奴と犬が居なくなっちまっても、この孤児院じゃあ、気にする奴なんかいないぜ」
「そうだな。それに、あの白髪は不気味だって」
「あいつ、絶対化け物だぜ」
その後も、色々と何かを話していた。だが、僕は最後まで訊かずに、すぐに孤児院を出た。そして、町中を駆け回り、暗くなるまで子犬を探した。
街灯が暗い歩道を、薄らと照らしている。僕は半ば諦め気味で、孤児院に足を運んでいると、犬の鳴き声が聞こえた。その鳴き声は、弱々しいがあの子犬のものだ、そう気付き僕は走った。裏道を抜けると、大きな広場に出た。土管が数本横たわり、木が数本だけたっている広場。
ただその広場には、巨大な生物が居た。暗くてよく見えないが、その手には血だらけの子犬が、足を掴まれ逆さ釣りにされていた。僕はその巨大な生物に叫んだ。
「その犬を放せ!」
「ガアアアッ」
唸り声の様な声を発し、その生物が僕の方を見た。恐ろしい目付きで、口からは牙が剥き出しになっていて、その先からドロドロの液体が垂れた。頭には角らしき物が生えている。この時、僕は初めてオウガを目にした。始めは恐怖で動けなかった。だが、そのオウガが子犬を口に入れた瞬間、僕の中で何かが弾けた。
そして、気がついた時には全身が血だらけで、腕には動かなくなった子犬を抱えていた。オウガの血はすぐに微粒子となり、風で吹き飛んでいったが、その子犬の血だけはしっかりと服や顔についていた。
僕は泣きながら、孤児院に帰宅した。すると、孤児院を管理する男が血だらけの犬と僕を見て、いきなり怒鳴りだした。
「この化け物め! ついに家の犬にまで、手を出したか!」
「ぼ……僕……」
涙を堪えながら、状況を説明しようとしたが、そんな事聞かずに男は僕を殴り飛ばした。その後も、何度も男は僕を殴った。
「ううっ……」
僕は暗く狭い物置に、入れられていた。血まみれの姿で、血まみれの犬を抱いていた。狭い物置は、その血の匂いだけが漂っていた。薄らと光りの入る隙間から、小さく声が聞こえた。
「あの犬死んじまったみたいだな」
「あぁ、そうみたいだな」
それは、あの犬の話をしていた二人の声だった。そこで、僕は真実を知った。
「でも、ビビッだよな。あんな化け物が空き地に居るんだからよ」
「まぁ、死んじまったのは、あの汚い犬だけでよかったぜ」
「いっその事、あいつも死んでくれれば良かったのに」
その言葉を聞いた瞬間に、心の奥に眠っていた物が、目を覚ました感じがした。悲しみと怒り、そして、憎しみが僕の心で混ざり合い、今までにないほどの殺意を覚えた。
自分が何をしたかは覚えていないが、気がついた時には物置の扉を破壊し、右手には物置に置いてあった刀を持っていた。その刀は禍々しい殺気を帯びていて、自分の心の闇を全て引き出してくれているようだった。
二人は僕を見ると、怯えた目をしながら腰を抜かしていた。
「や……、止めろ!」
「うわああああっ!」
僕は無意識にその二人を、刀で切りつけていた。血飛沫が道幅の狭い廊下に飛び散った。その血は、もちろん僕の顔にも飛び散っていた。悲鳴を聞いて、何人もの人がやってきたが、次々と刀で切り裂いていった。
結局、孤児院に居た人間を全て切り裂き、僕は孤児院を後にした。そして、出会ったオウガが今、漸と名乗っているオウガだった。
過去を話し終えた絶鬼は、ゆっくりと天地の方に顔を向けた。天地は何も言わなかった。そんな天地に、絶鬼がゆっくりと口を開いた。
「どうして、何も言わない……」
「なら……、お前は……何て言って欲しい……」
表情を変えず、絶鬼にそう言った。天地にも絶鬼の気持ちが、何となく分かっていた。一人ぼっちの寂しさを、天地自身が知っていたからだ。
「俺も……、よくいじめられて、友達がいなかったから……」
「君が、いじめられていた?」
「あぁ……、ここに居るメンバーで知っている奴は、多分神谷位だと思うが……、俺は生まれ付き瞳の色が真っ赤でさ……。今はカラーコンタクトで、分からないけど……。あの頃はコンタクト、してなかったから鬼の子って言われて……。ついでに、俺の通ってた学校って、ハンター育成学校でさ」
そう言って、天地は苦しそうに笑う。それを見て絶鬼も薄らと笑みを浮べた。
「鬼の子か……。そうまで言われて、よくハンターになったね」
「俺はあいつに会ったから、ハンターになるまで頑張れた」
「あいつ?」
不思議そうな顔で絶鬼は、天地の顔を見た。天地はゆっくりと頷きながら、口を開いた。
「ああ……。俺は裕二と出会い、ハンターになろうと決意した……。あいつは、俺にこう言った『例え人と違っても、それは、自分だけが持つ特別な物。だから、誰に何を言われても気にするな。人と違うと言う事は、それだけ違う運命を歩む事の出来る、特別な存在なんだから』
まぁ、今思えばちょっとクサイ言葉だけど……。その時の俺には、とってもいい言葉だった」
昔を想い返しながら、天地はゆっくりと笑みを浮べた。その顔を見て、絶鬼がゆっくりと笑い出した。絶鬼に笑われて、何だか少し恥ずかしくなった天地は、言葉を続けた。
「それで、俺が言いたかったのは……。俺とお前は似た様な育ちだったが、出会った相手が悪かったって事かな」
「面白い話をするね。僕は悲しみと怒りと憎しみに、取り付かれたオウガにも人間にもなれなかった、ただの化け物だよ……」
悲しい瞳でヒビの入った天井を、見つめていた。その絶鬼の体からは、もう殺気を感じなかった。多分、水龍神の力で絶鬼の心の闇を浄化したのだろう。
この度、総アクセス数が2000人を突破しました。
愛読してくださる皆さん、ありがとうございます。
この物語も、あと何章かで最終章となります。
ぜひ、最終章まで愛読宜しくお願いします。
評価・感想など、お待ちしておりますので、お聞かせくださると嬉しいです。