第五十章 封印から解かれた 水鮫vs土蛇
凄まじい爆音が部屋の中に響き、土埃が漸の姿を隠している。
シャンデリアから飛び降りた魁人は、水鮫神を構えたまま土埃の奥を睨んでいた。すると、土埃の中から、拍手が聞こえた。
「びっくりしましたよ。まさか、あんな所から攻撃してくるなんて、思っても見ませんでしたよ」
土埃の中から、無傷の漸がゆっくりと出てきた。あの土の壁で、全ての攻撃を防ぎきったのだろう。あれで、少しでもダメージを与えたかったが、まさか全て防がれるなんて、そう思うと体が重くなった。水鮫神がいつもより重く感じ、もう水鮫神を振り回す力も残っていない。
「ハァ…ハァ……」
「息が荒いね。もしかして、もう疲れちゃったかな?」
「クッ……。こうなったら、一か八かだ……」
魁人はそう呟き、ゆっくり瞼を閉じた。そして、水鮫神に全ての力を注ぎながら、刃の鮫の刻印に向って小さな声で、言葉を唱える。
「清く穏やかな水は、全てを潤し癒しを与え、時に激しく全てを飲み込む。
この槍に封じられし悪しき鮫、目覚め我の刃と化せ」
言葉を唱え終えると、眩い程の蒼い光りが辺りを照らした。周りの誰もが、その光りに目を奪われた。そんな中、神谷だけはサングラスをかけて、平然と立ち尽くしていた。光りが納まると、魁人がゆっくりと目を開いた。
流石の漸も、その眩い光りで目が眩んでいた。
「目晦ましか……」
「ただの目晦ましじゃないぜ」
「何!?」
タバコを吸いながら、ゆっくりと神谷はそう言った。目を擦りながら、漸は魁人の位置を確認するが、薄らとしか見えなかった。
「出でよ! 水龍神の化身・水鮫!」
轟々しい音が響き、床が激しく揺れた。天地は何が起ころうとしたのか、わからなかった。
「神谷さん。魁人は何を?」
「んっ? あいつは、水鮫を呼んだんだな」
神谷がそう言った瞬間、床から透通る様な蒼い鮫が姿を現し、鋭い眼光で漸を睨みつけている。そして、疲れの見える魁人に、ゆっくりと言葉を発した。
「また、俺を呼んだか」
「悪いね……。今回は結構やばくて……」
「そうか。まぁ、俺には関係ない話だ」
「今回も、全て君に任せるけど、あんまり長くは持たないよ」
「わかっている。お前の姿を見ればな」
そう言って、尾で激しく床を叩いた。その瞬間、床は崩れて下の階が見えた。水鮫は勢いよく、漸に体当たりした。軽々と吹き飛んだ漸の体は、壁を突き破り外に落ちた。
「外に逃げられたか」
「お前が、飛ばしたんだろ」
「あれくらい、耐え切れるだろ」
「無理だよ……」
魁人が水鮫にそう言った時だった。崩れた壁から、ゆっくりと漸が這い上がってきた。服は裂けて、体には切傷が出来て、多少血が出ていたが、あんまり気にはしていないようだった。
「水鮫の封印を解くとは、驚きだね。それなら、僕も封印を解かしてもらうよ」
そう言って、漸は瞼を閉じる。土蛇神の甲の蛇の刻印に向って、漸はゆっくりと口を開いた。
「広大な大地は、全ての生命を支え、大いなる力を与えん。
この鉤爪に封じられし邪悪な蛇。今、目覚め我の前に立ちはだかる敵を喰らえ」
そう言い終えると、土蛇神の蛇の刻印から、緑の眩い光りが辺りを照らした。皆は目を伏せたが、サングラスを掛けた神谷だけは、漸の方を見ていた。緑の光りの中で、漸の声が響いた。
「姿を現せ! 土龍神の化身・土蛇!」
光りは納まり、大地が揺れた。激しい揺れで、魁人の体は床に倒れた。もう、体力も限界だろう。そんな魁人の前に、床を破り巨大な土色の蛇が現われた。水鮫よりも更に鋭い目付きで、魁人の事を見下している。そして、漸の方を見てガラガラの声でゆっくりと言う。
「我の封印を解いたのは貴様か」
「その通りだ。お前の敵は奴等だ」
「敵だと?」
土蛇はゆっくりと漸の指差した所を見た。そこに居る、水鮫に気付くとゆっくりと言った。
「貴様は、水鮫か……。久し振りだな」
「そうだな。最後に会ったのは、1000年前だったか」
「まさか、貴様が我の敵か」
「そう言う事らしいな」
「そうか……。ならば、容赦はせぬ」
「お前に、容赦される覚えはねぇな」
水鮫はそう言うと、勢いよく尾で床を叩き土蛇に、襲い掛かった。一方の土蛇は、体をくねらせながら、襲い来る水鮫を避けていた。
「1000年の間に、鈍った様だの。水鮫よ」
「鈍っただと? それは、お前の方じゃないのか?」
そう言って、水鮫は大きく口を開いた。その口の中に水が球体なり、集まり始めた。
「砕けろ! 激流水波」
大きく開かれた口から、放たれた球体の水は、轟く音を辺りに響かせながら、土蛇の体を貫いた。土蛇の土の体が、崩れ落ち床には無残に、泥だけが残された。だが、漸は表情を変えずに、水鮫と魁人を見ていた。
床に膝をついたまま、魁人は立ち上がる事が出来なかった。水鮫はゆっくりと魁人の横に来ると、静かに口を開いた。
「大丈夫か?」
「君が、人の心配をするなんて……。どういう風の吹き回し……」
「フッ……。別に心配をしている訳じゃない。お前が力尽きれば、俺も消えてしまうからな」
弱々しい魁人の声に、水鮫はそう答えたその瞬間だった、床を突き破り太く長い土蛇の体が、水鮫の横に居る魁人に巻き付いた。そして、ガラガラの土蛇の声が響いた。
「忘れたのか? 我の体は脱皮する事で更に、堅くなることを」
「グアアアアッ」
土蛇の体が魁人を締め付け、魁人の叫び声だけが響いた。水鮫の体は徐々に薄くなっていき、魁人の力が弱まりつつあるのを感じ取った。
その時、神谷がゆっくりとタバコを床に落とした。そして、火虎神で鋭く土蛇の体を突いた。爆音と共に、土蛇の体が砕け、そこから魁人を助け出した。
「ううっ……」
「よくやった、後は俺が時間を稼ぐから、ゆっくり休め」
神谷はそう言って、魁人を床に寝かせた。水鮫は神谷を見て、ゆっくりと口を開いたが、水鮫の体は消滅し、言葉は届かなかった。だが、水鮫が何を言いたかったのか、神谷には分かっていた。
「さて、俺の弟子を散々いたぶってくれたみたいで」
「何を言ってるんだ? やられている彼を、あんたは見ているだけだったじゃないか」
「それじゃあ。まずは、その巨大な蛇を退治しようかな?」
「あなたも、封印を解くのかな?」
「それも、いい考えだな」
神谷はそう言って、火虎神を構えて力を集中した。だが、漸が簡単に封印を解かす訳が無かった。土蛇に目で合図を送ると、土蛇が神谷の体に巻き付いた。
「土蛇! 思いっきり奴を潰せ」
「言われずとも、そうするさ」
握りつぶそうと、力を入れた土蛇の体に激痛が走る。そして、ゆっくりと神谷の声が聞こえてきた。
「激しく燃え盛る炎は、全ての物を焼き尽くまで燃え上がる。
この棍に封じられし勇敢な虎。永き眠りから覚め、向かい来る者を焼き払え」
この言葉が終ると、神谷の体に巻き付いた土蛇の体の隙間から、真っ赤な光りがもれてきた。そして、もう一度神谷の声が響き渡る。
「出て来い! 火龍神の化身・火虎!」
その瞬間、土蛇の体が弾けとんで部屋中に土が飛び散っていた。そして、土蛇が居た場所には、真っ赤に燃え盛る虎と神谷の姿があった。タバコを取り出した神谷は、燃え盛る火虎の体で火を点けて口に銜えた。
「久々に封印を解いたが、動けるか?」
「あぁ……。それより、俺の体で火を点けるな」
「そう言うな。減るもんじゃないし」
「緊張感の無い奴だ」
「よく言われるよ」
神谷はそう言って笑った。そんな神谷に呆れつつも、火虎の視線がゆっくりと漸に向いた。
「火虎、言っておくが、俺達は時間稼ぎだ。奴は俺達の力で奴は倒せんからな」
「分かっている。俺は土蛇や水鮫と違うんでな」
そう言って火虎は、床を蹴った。鋭い火虎の爪の跡が床に残り、勢いよく漸に向って行った。




