第四十七章 3つの戦い
激しく火花を散らせる魁人の水鮫神と夜叉の刀。その二つがぶつかり合う音は、妙な感じで、心に響き渡る感じがする。
その二人の隣では、阿修羅の鋭い突きを最小限の動きでかわす、神谷の姿があった。
その二つの戦いが行われている中で、天地と由美は絶鬼の前で足を止めていた。
余裕なのか、顔色一つ変えず笑みを浮かべている。五龍神の柄をゆっくりと握った天地は、絶鬼を見ながら口を開いた。
「えらく余裕だが、俺達をなめてるのか?」
「いいえ。僕は、君と戦えるのが嬉しいんですよ」
「そうか。それじゃあ、真剣勝負と行こうか」
「そうですね」
絶鬼がそう言って手を掲げると、一本の刀が手の平に現れた。その刀は鞘に納まっているが、禍々しい程の殺気を漂わせている。まるで、その刀が絶鬼を作り出している様に思えた。
「それじゃあ、1対1と行きましょうか?」
「いいだろう」
「天地……」
「由美は、離れていろ」
心配そうな表情をしている由美に、天地はそう言って五龍神を抜いた。心配だったが、由美は天地から離れた。絶鬼が自分のやりあえる相手じゃないと悟ったからだ。
五龍神をゆっくり構える天地に、絶鬼は刀を抜いて言い放った。
「僕と君の戦いで、全てが決まる。僕が負ければ世界は救われ、君が負ければ世界は滅ぶ」
「そうか。責任重大だな」
「そう言う事になるかな? まぁ、そんな事気にせず、全力で戦えばいいだけの話だけどね」
絶鬼はそう言って微笑み、ゆっくりと天地に刀の刃先を向ける。睨み合い沈黙が二人の間に生まれる。大きく開いた窓から、穏やかな風が吹く。その瞬間、睨み合う二人が同時に床を蹴る。踏み込んだ瞬間に、床が砕けて破片が宙を舞う。刃と刃のぶつかり合う澄み渡る音が、部屋の中に響き、火花が散る。
「グッ」
「フフッ」
一瞬で二人は距離をとり、睨み合う。天地の右頬には薄らと一筋の線が現われ、そこから真っ赤な血がゆっくりと溢れ出てきた。
絶鬼の刀が掠ったのだろうか。しかし、確かに天地は刀を五龍神で防いだはずだった。
「フフフッ。驚いたみたいだね」
「無駄口は叩くなよ。目覚めよ! 火龍神」
五龍神の刃の刻印が真っ赤に染まり、燃え盛る炎が刃を覆った。火龍神と化した五龍神は、更に炎の勢いを強めていった。それを見て、嬉しそうに微笑む絶鬼が呟いた。
「それを見るのは、これで三度目かな? 君も懲りないね。僕としては、他の龍を見たいんだけど?」
「随分、余裕だな。火龍神じゃ役不足か!」
そう言って、天地は勢いよく火龍神を振り上げた。その瞬間、火柱が床を走り絶鬼に襲い掛かる。だが、その火柱は絶鬼の刀に切り裂かれ、火の粉を舞い散らせながら火柱は消滅した。
「その程度?」
首を傾げながら、絶鬼はそう呟いた。天地は振り上げた火龍神を、ゆっくりと構えなおして、真っ直ぐ絶鬼を睨む。刀を構えず、振り下ろしたままの絶鬼は、欠伸をしながら言った。
「まだ、早かったかな? 君と戦うのは」
「どういう事だ」
「その程度の力じゃ、僕を満足させられないって事かな?」
「ふざけるな!」
絶鬼の言葉に天地は一気に走り出した。歯を食い縛り、勢いよく右上から火龍神を振り下ろした。だが、絶鬼は火龍神を刀で、簡単に受け止めると、そのまま右に払って逆に天地の体を切りつけた。
右肩から左脇腹までを切りつけられ、服が裂け血が勢いよく噴き出した。体を斬り付けられ天地は、距離をとってゆっくりと右膝を床についた。血が床に滴れている。
「うっ……」
「これが、力の差ですかね?」
「本気を出してないのに、そんな事がわかるのか?」
「本気を出さなくても、これだけの力の差があると言ってるんですよ」
微笑みながら絶鬼は、そう言って天地を見る。白装束は天地の血で、所々が赤く染まっていた。
ゆっくり息を吐きながら、天地は火龍神を目の前に構える。火龍神は五龍神に戻り、その刃の刻印は蒼く染まった。水の膜が刃を包み、水龍神と化す五龍神。
「傷を癒せ! 水清泡」
天地の体を水の膜が包み込み、体についた切り傷から泡が立ち、塞がっていく。それを見て、少し驚きの表情を絶鬼は見せた。
「それが、癒しの力を持つ水龍神の力ですか」
「癒しか……。その優しい水龍神も、時として怒りの刃を向ける!」
「――!?」
いつの間にか、絶鬼の体を水の膜が覆っていた。それは、絶鬼の体の自由を奪っている。そんな状況でも、絶鬼は微笑んでいた。水龍神の刃を床に向けたまま振り上げた。
「突き刺され! 水氷柱」
勢いよく水龍神を床に突き刺すと、絶鬼を包む水の膜が鋭い氷柱の様になり、絶鬼の体に襲い掛かった。絶鬼の体からは血が噴き出て、血飛沫が舞う。だが、さほど痛みを感じていないようだった。
「水龍神の力は、この程度か……」
天地には、絶鬼が五龍神に封じられる力が、どの程度か測っているように思えた。それだけ、絶鬼には余裕があると言う事なのだろう。
激しく火花を散らしている魁人と夜叉。水鮫神と刀が幾度と無くぶつかり合う。両者共に額からは、汗が流れていた。
「お主は天地殿とは違う力を感じる」
「だから、何だって言うんだ」
鋭く水鮫神を突き出すが、夜叉は刀で右に弾く。澄み渡る音が響き、火花が散る。水鮫神を弾いた刀は、鋭く魁人の体に斬りかかる。だが、魁人も刀の側面を水鮫神の柄で、右に払った。
魁人と夜叉は距離をとって、睨み合った。どんなに、水鮫神を突き出しても、夜叉に届かず、体力だけが失われていった。
「ハァ…ハァ……」
息を荒げる魁人の姿を見て、夜叉が刀を下ろして息をゆっくりと吐く。魁人にはなぜ夜叉が刀を下げたのか、全く分からなかった。隙を見せる夜叉だが、魁人にはどうしても攻撃する事が出来なかった。そのまま、魁人と夜叉は静かに向い合っていた。
鋭く振り抜く阿修羅の槍が、激しい風を巻き上げながら、空を切る音が微かに聞こえる。軽快な身のこなしで、神谷は阿修羅の槍をかわしていた。
「どうした? そんな大振りだと、俺には傷はつけられないぞ」
「クッ、焼き尽くせ!」
「――!?」
阿修羅の槍が、神谷の足元の床を砕く。その瞬間に、禍々しい炎が神谷の体に襲い掛かった。瞬時にそれに気付いた神谷は、身を翻してその場を離れた。
距離をとった神谷のズボンの裾が、阿修羅の炎で少し燃えていた。
「危ないな……」
「フッ、次はお前の体が丸焦げになる」
「丸焦げは……。嫌だな」
「それなら、本気を出すんだな」
「そうだな。さっさと終らせるか」
軽く火虎神を振り回しながら笑みを浮べている。それに対し、阿修羅は右手に持った槍を、引いてゆっくりを腰を低く構えた。殺気を漂わせる阿修羅は、凄まじい勢いで床を蹴った。その勢いで、床が砕けて破片が飛び散った。
激しい爆発音の後に、部屋の扉の横の壁が崩れた。先程まで神谷の立っていた場所には、阿修羅が槍を振り抜いたままの姿で、動きを止めていた。土埃をたてながら、崩れ落ちる壁の瓦礫には神谷が倒れていた。
「どうした? あまりに速過ぎて、反応できなかったのか?」
瓦礫の上に倒れる神谷に、阿修羅はそう言って笑っていた。立ち上がった神谷の額から、ゆっくりと血が流れる。
「折角の顔が台無しじゃないか……」
ボソッと神谷はそう言って、タバコをポケットから出した。どこと無くまだ、余裕があるような雰囲気だ。それが、阿修羅の逆鱗に触れた。神谷はそんなつもりは無いのだろうが、確実に阿修羅は怒りを募らせていた。