第四十五章 悪鬼との死闘
城の入り口で悪鬼と戦う三上は、防戦一方だった。交互に鋭く振り下ろされる三日月形の剣が、三上の服を掠めていく。
「どうした? 攻撃をしないのか?」
「そうだね……。こうも、攻撃をされちゃねぇ」
やる気の無さそうな声で三上はそう言う。三日月形の剣は、何度も風を切る音を鳴らす。逃げ回る三上は、徐々に追い込まれていく。流石に室内だと、逃げ場が限られていた。
ライフルに入っている弾丸は残り3発。どう考えても3発では、悪鬼は仕留められないだろう。だが、三上は焦りを見せなかった。後方に下がりながら、銃口を真下に向けて引き金を引く。銃声が鳴り響き、床に跳ね返り、三日月形の剣を振るう右腕に突き刺さった。
その瞬間に、真っ赤な血が飛び散り一瞬動きが止まる。だが、左手に持った三日月形の剣が振り下ろされる。それを、かわした三上は左肩に向って、銃口を向けて引き金を引く。銃声が鳴り響き、弾丸が左肩を貫き真っ赤な血を飛び散らす。
「グッ……」
痛みに顔を歪めながら三上と距離をとる。近くに居ると、弾丸の勢いが強いのに気付いたのだ。悪鬼が後ろに下がったのを確認すると、三上はライフルに素早く弾丸を詰めた。
「ウウッ……。凄い命中率だな。今の所、全部命中しているぞ」
「へ〜ッ。そうなんだ」
やる気の無い声でそう答える三上に悪鬼が言い放った。
「だが、もう俺にお前の放つ弾丸は当たらん」
「それじゃあ、試そうか?」
「やってみるがいい」
そう言われ、弾丸を詰めたばかりのライフルの銃口を、悪鬼に向けると引き金を引く。銃声と共に弾丸が2発放たれた。だが、それは、三日月形の剣に弾かれ、澄んだ音色を奏で部屋の中を跳ね返る。
そして、そのまま悪鬼に襲い掛かるが、それも悪鬼は難なく三日月形の剣で弾く。また、澄んだ音色が響き弾丸が勢いを無くして床に落ちる。
「あらっ。本当にもう当たらないの?」
「そうだ。お前の攻撃はもう通じない」
「あらら。厳しいかな?」
「あぁ。お前が俺を倒すのは不可能に近い」
そう言いながら悪鬼は剣を振り回している。剣を振り回すと、風を切る音が聞こえてきた。少し焦ったような顔を見せた三上だったが、すぐに欠伸をしてやる気の無い顔にかわった。
「この状況になっても、そんな顔をするか」
「そんな顔って、失礼な。僕は生まれつきこんな顔なんだ」
「フッ。そうか。変わった顔だな」
「よく言われるよ」
「なら、その顔は焦っていると見ていいのか?」
「さぁ? そうとも限らないんじゃない?」
そう言って眠そうな顔で微笑む。その笑みが何を意味するか全く分からなかった。かび臭い匂いが漂っているが、三上は一切顔色を変えない。ポーカーフェイスというのか、ただ単に鈍いだけなのか、全く性格が見えてこない。そんな三上が、悪鬼には恐ろしく覚えた。
「どうしたの? 攻撃してこないけど?」
「フッ……お前の動きを観察してるだけだ」
「僕、動いてないけど?」
「黙れ。お前はどうやって俺を倒すか考えるんだな」
「わかった。そうする」
三上はそう言って銃口を床に向けたまま引き金を引いた。銃声が響き渡り、3発の弾丸が飛びかう。そして、バラバラに悪鬼に襲い掛かるが、澄んだ音色を響かせながら、弾き返される。回転する三日月形の剣が、更に回転を速める。風を切る音も鋭くなっていく。
「う〜ん。やっぱ無理っぽいな」
「諦めろ。俺に、お前の弾丸は届かない」
「僕も、疲れるのは嫌だし、早めに終わらせるつもりだったんだけど」
「それは、残念だったな。相手が悪かったな」
そう言いながら悪鬼は、徐々に間合いを詰めてくる。回転する三日月形の剣が起こす風が、三上の前髪を舞い上がらせる。刃先が三上の服を更に裂く。後方に下がる三上だが、すでに壁際まで追い詰められていた。
「アラッ……。もう、壁際だ」
「もう逃げ場は無いな」
「そうだね。まずいね」
「そんなのんきな事を言ってると、俺の剣が体を切り刻むぞ」
三上は顔色一つ変えず、ニコニコしていた。何を考えているのか、本当に分からない。切り裂くのに少し躊躇している悪鬼に、三上は銃口を向けた。
「躊躇してると、命を落とすよ」
「クッ!」
銃声と同時に血飛沫が舞った。しかし、それは悪鬼の血では無く、三上の血だった。悪鬼の右手に持った三日月形の剣が、三上の左脇腹に深く切り込む。
「――ぐふっ」
三上の口から血が噴き出る。その血は悪鬼の顔に飛び散っていた。そんな中でも、三上は顔色を変えず、微笑んでいる。深く切り込まれた三日月形の剣は抜けなくなっていた。三上の血が床に広がり、床を真っ赤に染める。
「どうして、この状況で笑える」
「う…生まれ……つき……こんな……顔なんだ」
「そうか。ならば、そのまま楽にしてやろう」
悪鬼はそう言って、もう1本の三日月形の剣で右腹部を突き刺した。血が勢いよく噴き出て、更に悪鬼の体を赤く染める。三日月形の剣は三上の体を突き抜けて壁に突き刺さっていた。徐々に体に感覚が無くなっていくのが分かった。血を流し過ぎた。
視界も薄らとして来た。やっと、ゆっくりと眠る事が出来る。朦朧とする意識の中で、そんな事を考えていた三上だが、遣り残した事がまだある。それは、目の前にいる悪鬼を倒す事だ。霞む視界の中で、三上のライフルを持った腕がゆっくりと動く。
「ぼ…く…は、まだ……」
「いい加減に死ね!」
左手に持った三日月形の剣を更に置くまで突き刺す。だが、体から出る血の勢いは弱弱しい。すでに、大量の血を流し過ぎたのだろう。
苦しい。早く眠りに就きたい。でも、やる事が……。
そんなの他の奴にやらせればいい。他の奴?他の奴って誰? ここは任せろって言って、他の奴に任せるのか?
でも、僕は全力を尽くした。もう体は動かない。本当に、全力を出したのか? 本当にもう体は動かないのか?
三上の頭の中で色々な言葉が飛び交った。
そんな中、笑い声が響く。悪鬼の笑い声だ。
「フハハハハッ。さぁ、どこから喰ってやろうか」
悪鬼はそう言って、三上の体に向けて牙を向けようとしていた。だが、その悪鬼の口の中に三上のライフルの銃口が入る。
「ムッ! お、お前!」
「こ…れで……終わ……りだ……」
弱弱しい声でそう言った三上は、口元に笑みを浮かべゆっくりと引き金を引いた。銃声が鳴り響くと同時に、悪鬼の頭が破裂し肉片と、真っ赤な血が辺りに飛び散る。ゆっくりと悪鬼の体が後ろに倒れる。飛び散った悪鬼の血は、細かい微粒子となり消え去った。床に倒れる悪鬼の体は、石化して消滅していった。
それと、同時に三上の瞼がゆっくりと閉じた。その右手に持ったライフルが、ゆっくりと血の広がる床に落ちる。体はうな垂れ、動かなくなった。