第四十三章 聳え立つ門の先に
天地達は、ついに絶鬼の居る城の前に辿り着いた。
城の前には大きな門がそびえたち、行く手を遮っている。門の前には、森が広がり細い道筋が一本延びていた。
本当に静かだ。まるで、誰もいないかの様な静けさだ。この城に絶鬼がいるとは思えなかった。
「ここに、絶鬼が居るの?」
「あぁ、そのはずだが?」
「何だか、静か過ぎない?」
不安そうな声で昴がそう言うが、神谷は気にするなと言わんばかりに笑い出した。それが逆に昴を更に不安にさせた。
門を見上げる天地は、横に居る魁人に声を掛けた。
「この門、俺達開けられるかな?」
「さぁ? 見た目からすると、結構重そうだよね」
「どうするつもりだ?」
「さぁ?」
門を見上げながら話す、二人の後ろで由美が静かに目を閉じていた。不思議そうな顔をしながら、神宮寺が近付いてきて声を掛けた。
「ねぇ、何してるの?」
「……」
暫く待つが、返事は無い。寝ていると思い、立ち去ろうとした時、由美の声が聞こえた。それで、神宮寺は足を止めて振り返った。
「……風を集めてる」
「風を? どうして?」
「お城の中だと……風が集め難いから……」
「へ〜っ。色々考えてるのね」
「……うん」
ゆっくり首を縦に振って、また目を閉じた。確かに、疾風丸の刃の周りには風が吹き荒れていた。
皆は自分の気持ちを整理していた。
そして、ようやく門を開けることにした。
「神谷さん。どうします?」
「よし、昴。お前の鉄拳で砕くんだ」
魁人の言葉に、軽いノリで神谷はそう言って昴をみた。びっくりした様子の昴は、両腕を激しく上下させながら言う。
「む、無理ですよ! 私は、か弱い乙女なんですよ」
その言葉に一瞬にして、皆が疑いの目を向ける。そして、誰もが口にしなかった事を、三上が口走った。
「か弱い乙女が、男を殴るかな?」
皆の視線が、一斉に門の前に居る三上に向く。何食わぬ顔で欠伸をしている三上に、風を切る音と共に鋭い鉄拳が飛んだ。三上はその拳を右に避けた。その瞬間、三上の後ろに聳え立つ門に、昴の鋭い鉄拳が打ち込まれる。鈍い音が響き渡り、その瞬間に門に亀裂が走る。
そして、昴の悲鳴がこだました。
「イッターーーーーイ」
右の拳を真っ赤にしている昴を尻目に、他のメンバーは亀裂の走る門を見ていた。先に口を開いたのは神谷だった。
「う〜ん。やっぱり、無理か……」
「普通に考えたら、無理ですよ。人の拳でこんな大きな門を砕くなんて」
「そうだな」
そんな会話をする神谷と魁人に、門の前で右手を押えて蹲る昴が怒りのこもった声で言う。
「何なら、神谷さんと魁人の骨を砕きましょうか……」
「えっ、いや……。スマンスマン。冗談だよ。なぁ」
「そうだよ。冗談だよ」
「おい。天地、昴の傷を癒してくれ」
一瞬、昴の目に殺意を感じた神谷と魁人は、焦りながらそう言って苦笑いを浮べていた。背中には冷や汗を掻いていた。オウガよりも、昴の方が怖いと、この時悟った。
天地は水龍神で昴の右手を癒している。
門の前に立ち尽くす他のメンバーは、ゆっくりと門に出来た亀裂を目で追っていった。強い衝撃さえ与えれば、門は砕けそうだが、誰がその衝撃を与えるかにあった。三上のライフルと神宮寺のナイフでは、威力が足りないだろうから、それをやる人物は自ずと絞られていった。
それは、火虎神を持つ神谷か、水鮫神を持つ魁人の二人だった。由美は風を集めたばかりで、今放てばどうなるか分からないし、昴は治療中、天地は昴を治療しているからだ。向い合う神谷と魁人。いつに無く真剣な顔つきの神谷は、ゆっくりと息を吐きながら大声で叫ぶ。
「最初はグー!」
「ジャンケン!」
「ポン!」
二人の声が重なりあいながら、同時に手をだす。その一瞬で勝負は決まった。
愕然とする魁人の前で、神谷は両手を天に突き出し喜んでいる。何て、大人げない人なのだろう。と、周りの皆がそう思っていた。ため息を吐きながら魁人は、門の前に立った。
「勝負は勝負でしたから……」
「よし、任せるぞ!」
「はいはい……」
魁人は神谷にそう言い返して、腰を低く落とす。そして、ゆっくりと水鮫神を引き、力を集中させる。誰もが息を呑み、魁人の方を見ている。水鮫神の周りに集まる水が渦巻いてる。そして、ゆっくり息を吐きながら魁人は叫んだ。
「噛み砕け! 水牙鮫!」
水鮫神を一気に突き出す。
門に刃先が触れると同時に、水鮫神の周りに集まっていた水は、鮫の形になりて一瞬にして亀裂の走る門にぶつかる。ぶつかると同時に、門と水の鮫が砕け散る。水飛沫が門の外側に居る天地達の方に飛び散り、砕け散る門の破片が門の内側へと砕けて落下する。門の破片は轟々しい音をたてながら、地面に突き刺さる。その度に、土埃が立ち込めた。
「ゴホッ、ゴホッ」
土煙の中で魁人が咳き込んでいるのがわかった。飛び散った水飛沫で、天地達はびしょ濡れになっていた。
「魁人……。いくら何でも、やり過ぎだろ?」
「ゴホッ、そんなゴホッ…。事、言われても……」
咳き込みながら魁人は、そう言って神谷の方を見る。びしょ濡れになっている神谷は、手で隠していたタバコを出し、口に銜えて火を点けた。
「全く。もう少しで、タバコが全部駄目になる所だったぞ」
「神谷さん。気になってたんですけど、タバコ何本持ってるんですか?」
「細かい事は気にするな。さぁ、行くぞ!」
「エッ、ちょっと!」
神谷は魁人の質問を無視して、門の中へと入っていく。それに続いて他のメンバーも、門の中に入っていく。
天地は魁人の横で立ち止まり声を掛けた。
「俺も、不思議に思ってたんだが、気にしても始まらないぞ」
「そ…そうだね」
天地は魁人の肩を叩きながら頷き、一緒に門の中へ入っていった。
門の中には、庭園が広がっていた。噴水があったり、花壇があったりと、不思議な感じだった。白煉瓦で出来た道が、真っ直ぐ城に伸びていた。オウガの姿など、全く無かった。とても静かで、噴水の音だけが綺麗に聞こえていた。
「どうなってるの?」
「とても……静か……」
「もしかして、罠とかじゃないわよね?」
女性陣が次々と言葉を発する。
穏やかな風が城壁を越えて、静かに天地達の間を吹きぬける。一応、周りを警戒しながら、天地達はゆっくりと白煉瓦の道を歩んでいく。7人の足音がバラバラに庭園に響き渡る。誰も言葉を交わそうとしない。それだけ、神経を集中させているのだろう。暫く足音が鳴り響いていたが、それが止まった。天地達は城の入り口に辿り着いたのだ。
中で待ち伏せしているかもしれないが、恐る恐る神谷が扉を開いた。扉は軋みながら、ゆっくりと開いた。その瞬間、中からかび臭い匂いが漂ってきた。案の定、城の中はいたる所にカビが生えていた。城に入ると、すぐ目の前に幅の広い階段が真っ直ぐ伸びていた。
そして、その階段の上には2体のオウガが立っている。三日月形の剣を両手に持ったオウガと、ボーガンと斧を持ったオウガ。2体は階段の下にいる天地達を見下している。