第三十四章 黒フードとの戦い&森の中で……
足元に倒れる岩柳の死体を黒フードは見た。
そして、ゆっくり足を上げるとそのまま顔を踏みつけた。
岩柳の頭蓋骨の砕ける音が響き、それと同時にその顔からは真っ赤な血があふれ出てきた。
「――ウウッ……」
その光景を目にした正気に戻った昴と神宮寺は、吐き気を覚えると同時に、奴に対する恐怖を覚えた。
体は硬直し、全く動かなかった。
そんな二人の方を見て、黒フードの少年は笑みを浮かべていた。
「岩柳と言う男……。全く役に立たない」
独り言の様にそう言いながら、ゆっくりと二人の方に歩み寄っていた。
武器を構えようとするが、全く体が言う事をきかない。
風で吹き飛んだ天地は、ようやく瓦礫から這い出た。
そして、五龍神を構えて、先程まで黒フードがいた所を見た。
すでにそこには、黒フードの姿は無い。
あるのは無残に顔を潰された岩柳の死体だけだ。
「あれ? 奴…は?」
そう言ってその先に目をやると、黒フードの少年がいた。
しかも、昴が襲われそうになっていた。
天地はすぐに走り出した。
「先程の突風は見事でしたよ」
笑みを浮かべながら黒フードの少年はそう呟く。
黒フードの少年はゆっくりと、昴に向って右腕を伸ばした。
その刹那、上空から何やら大きな物が、物凄い勢いで黒フードの少年の伸ばした右腕目掛けて落下してきた。
「――!?」
「キャッ!?」
それは、岩柳のハンマーだった。
ハンマーは黒フードの少年の右腕を引き千切り地面にめり込んだ。
血飛沫が上がり、苦痛に黒フードの少年が顔を歪めた。
左手で血を止めようとするが、血は止まらなかった。
昴はその黒フードの少年と、目が合った。
その目には憎しみ・悲しみ、そして、怒りが宿っていた。
「――僕は、こんな所では死ねない……」
そう言った直後、天地の声が背後から迫ってきた。
「ダアアアァァァッ!!」
「クッ!」
背後から振り下ろされた五龍神を避けて、天地を睨んだ。
ゆっくりと、天地は五龍神を構えなおす。
静かに風が二人の間を吹き抜ける。
その刹那、黒フードの少年は波の荒い海に飛び込んだ。
「!?」
驚きながら天地は海を見た。
蒼い海は黒フードの血で少し赤くなっている所があった。
しかし、天地はわかっていた。
奴がこの程度で死ぬわけが無いと。
五龍神を鞘にしまい、昴に駆け寄った。
「大丈夫か?」
「……」
放心状態の昴は何の反応も示さなかった。
天地は昴の顔の前で軽く手を振ってみるが、やはり反応はない。
「おーい。昴、しっかりしろー」
天地はそう言いながら昴の肩を揺すっていた。
昴はようやく気付いた。
「エッ!? な、何?」
「大丈夫か? アチコチ血だらけだが……」
「う、うん。服はボロボロになったけど、全然平気」
そう言って笑う昴の顔を見て、五龍神を鞘から抜いた。
驚き後ろに仰け反る昴に向って、五龍神の刃先を向けた。
「動くなよ。昴……」
そう言って天地は心を静め力を五龍神に集中した。
五龍神の刃の龍の刻印が蒼く光りを放った。
「目覚めよ! 水龍神」
五龍神は水龍神に変わった。刃が水の膜に覆われている。
更に天地は力を集中した。
「傷を癒せ。清水泡」
刃を包んだ水の膜は、緩やかな波を放ちながら、ゆっくりと刃から離れて行き、昴の体を包み込んだ。
「な…何?」
「俺が、修行中に覚えた回復術みたいなものかな?」
「へ〜ッ……」
昴の体を包む水は、傷口に触れると気泡を出していた。
そして、十分くらいすると、昴を包んでいた水は弾け、傷は消えていた。
「すご〜い。全然痛くない」
「それは良かった。神宮寺さんは怪我してないですよね?」
微笑みながら木の傍に倒れている神宮寺に天地は言った。
不満そうな顔をしながら神宮寺は答えた。
「なんかさ、私と昴とで、扱いが変わりすぎじゃない?」
「そうかな?」
「絶対そうよ。何、二人とも付き合ってるわけ?」
疑いの目で天地と昴を見る神宮寺。
その言葉を聞いた瞬間、天地は腹を抱えて笑い出した。
何がおかしいのか、分からない神宮寺はキョトンとしていた。
もちろん、昴もキョトンとしていた。
そして、なぜか恥ずかしくなった。
「な、何がおかしいのよ」
「だってさ。俺が、こんな暴力女――!?」
その瞬間、鈍い音が響いた。
天地の視界は一瞬にして真っ暗になる。
瞼が閉じたのだろう。
地面に崩れ落ちた天地の体は暫くピクピクしていた。
目の前の光景に、ただただ呆れる神宮寺だった。
そんな中、森の中を彷徨う神谷達は――。
やはり、森の中を迷っていた。
「なぁ、本当に道わかってんのか?」
「う〜ん。おかしいな……」
タバコの煙を口から吐きながら神谷はそう呟いた。
その声が、聞こえたのか、魁人と由美は同時にため息を吐いた。
流石に皆歩き疲れて、言葉を失いつつあった。
かれこれ、2・3時間は歩き通している。
「神谷さん……。また、同じ所ですよ……」
「みたいだな」
「みたいだなじゃ無いですよ……。これで、ここ通るの10回目ですよ」
「みたいだな」
「わかってるんですか? この森入ってまだ、オウガにすら会ってないんですよ」
「みたいだな」
「みたいだなって、ちょっと、聞いてるんですか?」
少し怒りのこもった魁人の言葉に、ゆっくりと足を止める神谷。
それにつられて、魁人・由美・国道・黒川の順に足を止める。
暫し、沈黙が続く。
風が木々を揺らし、ざわめかす。
そんな中、口を開いたのは神谷だった。
「よし、今日はここで休もう」
「――なっ!?」
のんきな口調でそう言った神谷に、流石に四人は驚いた。
と、同時に深いため息を吐いた。
呆れて何も言えなかった。
黙々と野宿の準備をする神谷に対し、あんまり乗り気じゃない魁人・由美・国道・黒川の四人。
魁人と由美は何も言わずに、枯れ枝を集めていた。
暫くして、魁人は由美の方を見て声を掛けた。
「天地君達、大丈夫かな?」
「大丈夫……だと思う……」
静かにそう言って由美はゆっくり立ち上がった。
魁人はその由美の後姿を見ていた。
暫くして、二人の所に神谷がやって来た。
「おう。二人でイチャついてるのか?」
タバコを銜えながら神谷が笑っている。
そんな神谷の口からタバコが落ちた。
火の粉がシャツに点いた。
「ウオッ! ややや、やばい!!」
慌てながら神谷は服に点いた火の粉を払っている。
魁人と由美は変な物を見る目で神谷を見ていた。
そんな神谷の足元のタバコが目についた魁人は、神谷に聞こえる程度の声で言った。
「神谷さーん。タバコの吸殻はちゃんと拾ってくださいよ」
それに対し神谷は、慌てふためきながら返事を返した。
「お前、俺のシャツとここの自然どっちが大切なんだ」
「当然、ここの自然です」
魁人は当然の様に即答した。
「即答か! お前、少しは俺の事も心配しろよ」
「何言ってるんですか。シャツは買えばいいですけど、自然は買えないんですよ」
「お前は、いつからそんなに冷たい人間になったんだ……」
泣き真似をしながら神谷はそう言ったが、魁人は完全にそれを無視して枯れ枝を拾い集めていた。
その光景を見ながら由美は小さな声で笑っている。
由美に笑われ神谷は、恥ずかしくなり顔を真っ赤に染めた。
「おい! 魁人、何か突っ込みを入れたっていいだろ!」
「イヤですよ。そんな事したら、僕まで笑われちゃうじゃないですか」
「な、何だと! 師匠は笑われてもいいって言うのか!」
「えぇ。自業自得ですから」
冷静にそう言いながら魁人は神谷の方を見て微笑んだ。
深いため息を吐き、神谷は地面に落ちたタバコの吸殻を拾った。
そして、ポケットから新しいタバコを出して口に銜えた。
ライターでタバコに火を点ける神谷に、由美が言った。
「タバコ……体に悪い……です」
「んっ?」
ライターをしまい神谷は由美の方を見た。
由美は軽く微笑みながら言った。
「タバコは……体に悪いんです……」
「何だ。俺の事を心配してくれるのか。由美は、何て優しいんだ」
嬉しそうにそう叫びながら、神谷は由美に抱きつこうとした。
そんな神谷に気付いたのか、魁人は神谷に背を向けながら言った。
「神谷さん。そんな事したら、天地に報告しますよ」
「ウッ……。別に俺は何もしてないぞ」
「……?」
不思議そうに首を傾げる由美の前で、神谷がそう言って苦笑いを浮かべている。
魁人は伸びをすると、由美の方を見て言った。
「由美さん。気をつけた方がいいよ。神谷さん、何するかわからないから」
「――どういうこと?」
少し間があって由美がそう言った。
神谷は焦りつつも笑いながら答えた。
「べべべ、別に何でもないんだよ。気にする事はない」
「――?」
軽く首を傾げる由美。
神谷は早足で魁人の傍に移動する。
「魁人! 変な事を言うもんじゃないぞ」
「――プッ、冗談ですよ。いつも神谷さんが言ってるじゃないですか」
笑いを噴出しながら魁人はそう言って神谷の顔を指差した。
唖然とした顔をしていた神谷だったが、徐々に顔が赤く染まり大声で怒鳴った。
「魁人! 大人をからかうとは」
「エーッ! ちょ、ちょっと、待って下さいよ! 軽い冗談じゃないですか!」
「問答無用! 天誅だ」
その声と同時に驚きの隠せない顔をしながら魁人は、走り出した。
顔を鬼の様にしながら、神谷が魁人を追いかけていく。
由美はそれを見ながらクスクスと笑っていた。
結局、数分も経たない内に魁人は神谷に捕まり、頭を何度か小突かれた。