第三十一章 岩柳のグループと神谷のグループ
足場の悪い岩場を進む、岩柳のグループ。
ただでさえ足場が悪いのに、激しい波と降りしきる雨で更に足場は悪くなっていた。
「何で、私がこんなところを!」
一番後ろを歩く神宮寺が、そうぼやいた。
確かに一歩間違えば、波に飲み込まれてしまうだろう。
そんな事になれば、命を落としかねない。
神宮寺の前を歩いていた三上が立ち止まり、眠そうに欠伸をしながら言った。
「怖いなら、引き返せば?」
「引き返すわけないでしょ!」
そう言って神宮寺はムスッとした表情で三上の横を追い抜いていった。
欠伸をして、三上は再び歩き出した。
天地は昴の手を取ってちゃんとリードしていた。
「気をつけろよ。お前が足滑らせたら、俺まで巻き込まれるんだからな」
「何よ! そう思うなら手放しなさいよ」
昴はそう言って手を振り払おうとしたが出来なかった。
天地がしっかりを手を握っていたからだ。
「ちょっと! 放しなさいって!」
立ち止まり天地は昴の方を向いた。
「これは、裕二との約束だ。お前に何かあったら、俺が裕二に何されるか……。だから……その……」
色々と考えたが、言葉が見つからなかった。
結局、出た言葉は、
「だーっ! 面倒だ。とりあえず、手は放さないからな!」
そう言って天地は昴の手を引いて、また歩き出した。
その後、昴は文句も言わず黙って天地についていった。
その頃、森の中を進む神谷のグループは――道に迷っていた。
「ちょっと! 神谷さん、ここはさっきも通りましたよ!」
「そうだな……」
「そうだなじゃないですよ!」
怒鳴る魁人の横で、タバコを口に銜えながら神谷は笑っていた。
森の中は複雑な構造で、神谷達は先程から同じ道を何度も行ったり来たりしていた。
「おめぇ、やけに落ち着いてるけど、大丈夫なのか?」
「ンッ? 焦っても仕方ないからな」
口から煙を吹かせながら、国道の方を見て笑っていた。
そんな神谷に、黒川が言い放つ。
「あなたは本当に戦う気があるのですか?」
「戦う気はあるが、こうなってはな……」
(誰のせいだよ)
誰もがそう思った。
暗い森の中で、神谷のタバコの火だけが真っ赤に燃えていた。
静かに時だけが過ぎていく。
「……大丈夫かな?」
木の根の上に腰を据えた由美がボソッと言った。
木々のザワメキで聞き取り難かったが、近くに居た魁人だけははっきりと聞き取れた。
「天地君が心配?」
由美は魁人の方を見てゆっくり頷いた。
やはり、天地の事が心配なのだろう。
「やっぱり、天地君と同じグループがよかったんじゃない?」
魁人のその言葉に由美は首を横に振った。
それが、なぜか魁人にはわからなかった。
不思議そうな顔をしている魁人に、由美はゆっくりと言った。
「……天地、私が居ると……、かばうから……。
それで、天地が傷つくの……いやだから……」
そう言って由美は笑って見せたが、その瞳は寂しげだった。
魁人にも何となくその気持ちがわかる気がした。
その時、暫く黙っていた神谷が立ち上がり言った。
「さて、そろそろ行くか」
「また、同じ所を回るのか?」
立ち上がった神谷に、冷やかな視線を送りながら国道はそう言った。
暫く沈黙が辺りを包み込んだ。
「街道だっけ?」
「国道だ」
神谷の問いに国道が瞬時に答えた。
わざとらしく間違えるものだ。
そんな事を魁人は思っていた。
神谷は内ポケットからタバコを出すと口に銜えた。
「俺が考えも無しに同じ場所をうろうろすると思うか?」
「さぁな。俺はあんたと会って、間もないからな。
ンな事、知るわけ無いだろ」
「それもそうだ」
神谷はそう言って大笑いした。
何となくムカついた、国道は神谷に掴みかかろうとしたが、一瞬にして捻じ伏せられた。
ぬかるむ地面に、国道は勢いよく倒れた。
泥で服がグチャグチャになっている。
「てめぇ!」
体を起こして神谷を睨み付けた国道は、耳のピアスに手をかけた。
その国道を見ながら、神谷はタバコに火を点けて言った。
「止めとけ、お前じゃ俺に勝てない」
「何だと! やってみねぇーとわからないだろ!」
「分かるさ。なんなら、試してみるか?」
そう言った神谷の頭上を国道が飛び越えた。
振り返ろうとした神谷の体に、何かが巻き動きを封じた。
細く糸状の物の様だが、とても頑丈だった。
その糸状の物は、神谷の体を締め付ける。
「これが、お前の武器か。珍しい武器だな」
「お前はもう逃げられないぜ」
不適に笑いながら国道は更に力を加える。
糸状の物は神谷の体に食い込んでいき、さらに体の自由を奪っていく。
しかし、神谷は顔色一つ変えず、タバコを口に銜えたまま煙を吐いていた。
「この程度で、俺に勝てるとでも思っているのか?」
神谷のこの言葉で、完全に国道はキレた。
「おめぇ、自分の立場を分かってねぇーみてぇーだな」
怒りに顔を真っ赤にして、声を震わせながら国道はそう言った。
「ちょっと、神谷さん。何、挑発してるんですか。無駄な争いは止めましょうよ!」
二人を止めようと魁人はそう言ったが、すでに手遅れだった。
完全に理性を失った国道に、この言葉は届いていなかった。
「細切れに成りやがれ!」
腕をクロスさせると、神谷を捕らえていた糸状の物が、神谷の体を一気に切り裂く。
黒い背広が細切れにされ、宙を舞う。
しかし、そこに血の跡も無ければ、神谷の姿も無かった。
確かに手応えを感じた国道は、驚きを隠せないでいた。
「奴が……消えた!?」
「残念だったな。まだまだ、格が違うんだよ」
驚いている国道の背後から神谷の声がした。
四人はいつ背後に回ったのか、わからなかった。
大きな丸い岩の上に座り、タバコの煙を吹かしていた。
「勝負あったようだな」
「何!?」
黒川の言葉に、納得がいかないと言うような顔で国道は叫んだ。
だが誰が見ても、この勝負は神谷の勝ちだ。
岩の上から降りた神谷は、国道の横を普通に通り過ぎて、細切れにされた黒い背広を見て何やら落ち込んでいた。
何となく心配になった魁人は、一応声を掛ける事にした。
「大丈夫ですか? 神谷さん」
「ああ……。それよりも、この背広……」
「大事なものなんですか?」
「ああ……」
(この背広、大事なものだったのに……)
落ち込む神谷の後ろ姿を見ながら、そう思った魁人は何とか励まそうとした。
その瞬間だった。
「ウウッ……。俺の財布が……」
「財布!?」
「ああ、三万も入ってたのに……」
悔しそうに拳を握り締める神谷に、魁人は呆れた。
心配した自分が情けなく感じた。
ため息を漏らし、魁人は由美の横に腰を下ろした。
「……どうしたの?」
「いや……。たいした事じゃないから、気にしないで」
「……うん。気にしない……」
静かに由美はそう呟き遠くの方を見つめた。
と、言ってもどこまでも続く森は、光りが入らず真っ暗で遠くの方など見えてはいない。
落ち込んでいた神谷も、ようやく息を吹き返した所で、先に進む事になった。
また、道に迷うとも知らぬまま……。