第二十九章 カウントダウン
翌朝。
天地はあまりの揺れの激しさに、目を覚ました。
気分が悪い。
船酔いだろう。
そんな体を無理やり起こし、食堂に向った。
暗い通路をフラフラの足取りで歩いていると、いきなりドアの扉が開き天地は顔を強打した。
「ウウッ……」
顔を抑えながら天地はその場に蹲った。
部屋から出てきたのは、由美だった。
由美は蹲っている天地に気付き声を掛けた。
「何……してるの?」
「何ってな……」
声を震わせながら由美の顔を見上げてそう言った。
だが、由美が微笑みながらこっちを見ているので、天地の怒りは一気に引いた。
天地はすっと立ち上がった。
そして、鼻を真っ赤にしながら言った。
「あのな……。いきなりドア開けたら危ないだろ……」
「……そうだね。今度から……気をつける……」
微笑みながら由美はそう言った。
昨日の事は吹っ切れたのだろう。
暫く沈黙が続いたが、由美のお腹が鳴った。
もちろん天地にも聞こえた。
由美は恥ずかしそうに呟いた。
「……お腹……空いた」
「そ…そうだな」
天地は由美に気を使いそう言った。
二人は食堂に向って通路を歩き出した。
食堂の前で魁人と昴に会った。
「おはよう。天地君、由美さん」
「どう?ゆっくり眠れた?」
魁人と昴が続けてそう言った。
それに対し、天地と由美が同時に言った。
「おはよう」「おはよう」
「何ハモってるのよ」
何か面白く無さそうな表情で、昴は二人を見ながらそう言った。
「別に、ハモってるつもりはな」
天地はそう言って、由美の方に合意を求めようとした。
だが、そんな天地に向って由美は首を傾げながら聞いた。
「ハモっちゃ駄目……なの?」
「駄目ではないよ……な」
少し戸惑いながら天地は魁人の方を見た。
魁人は昴の横で笑いながら言った。
「別に悪くはないよ。ただ、昴が嫉妬してるだけ」
そう言った時、昴の右拳が魁人のお腹に飛んだ。
ズッシリと手応えはあったが、何か何時もとは違った。
魁人は笑いながら答えた。
「僕がそう何度も同じ手を!?」
その時、左の膝がお腹に入った。
一瞬にして魁人の体が崩れ落ちる。
膝が決まった瞬間、天地は顔を引きつらせた。
そんな天地の顔を見て由美が微笑みながら呟く。
「天地は……アレくらい……平気だよね」
「イヤ……。多分、俺もアレは……」
「……駄目? ……やっぱり」
少し残念そうな顔をしながらそう言った。
顔を引きつらせながら天地は笑っていた。
苦しそうにお腹を押さえながら、天地の肩を借りて魁人は立ち上がった。
由美と昴は先に食堂に入っていった。
天地と魁人はゆっくりとした足取りで食堂に入っていく。
二人は空いている席に座った。
と、言っても殆ど空席なのだが――。
天地と魁人の正面には神谷と岩柳が座っていた。
いつもと変わらぬ様子で、神谷はタバコを口に銜えている。
食堂は静かで誰一人言葉を交わしていなかった。
そんな中、魁人が小声でぼやいた。
「痛いな……。本当にすぐ暴力ふるうんだから……」
お腹を押さえている魁人に天地が言う。
「お前、最近裕二に似てきたな」
「そう……かな?」
「そうだって……。昔は絶対にあんな事言わなかったのに……」
「う〜ん。考えてみれば、そうだね」
顎に右手を添えながら目を細くしてそう言った。
あの寮に来てから本当に魁人は変わった。
始めの頃は女性にあんな事を言わなかったのに――。
裕二の影響を受け過ぎている。
そんな事を思いながらも、天地は反省した。
一応、自分のせいでもあるのだとわかっているからだ。
ため息を漏らした天地に神谷が声を掛けた。
「どうした? 失恋か?」
「んなわけあるか」
即答だった。
まるで、何を言うか判っていたかの様だった。
つまらなそうな顔で、神谷は口から煙を吐いている。
とりあえず、朝食を済ませた天地達は、話し合いを始めた。
もちろんこれからの事だ。
「これからの事だが……」
そう言ったのは岩柳だった。
一応、一番ハンター暦が長いので、この場を任せているが……大丈夫なのだろうか?
まぁ、そんな事を思っていたが声には出さないでいた。
そして、話し合いの結果、これから船に乗っている小型ボートで、島に移動する事になった。
天地達は早速準備に取り掛かっていた。
「なぁ、あの人に全て任せてるけど大丈夫か?」
「さぁ?僕に聞かれても……」
「だよな……」
ため息を漏らしながら二人は準備をしていた。
鞄に食料を詰め込み、傷薬なども詰め込んでいた。
準備が終った二人は小型ボートのある場所にやって来た。
すでに他のハンターは小型ボートに乗っていた。
「遅いぞ」
「すみません。神谷さん」
魁人は丁寧に神谷に頭を下げていた。
その横で天地は欠伸をしていた。
その天地の右頬に昴の鉄拳が決まった。
頭の中で脳が激しく揺れる様な感じだ。
足もよろめき、その場に座り込んでしまった。
昴は天地を見下して言った。
「遅れて来たんだから、ちゃんと謝りなさい!」
「す…すいませんでした……」
そう言って天地は倒れた。
「何も、そこまでしなくても……」
思わず魁人の口からはその言葉が出ていた。
天地が目を覚ましたときには、大分島に近づいていた。
天地のすぐ傍には由美が座っていた。
「ウウッ……」
まだ激しい頭痛がする。
日に日に昴の力が強くなってる気がする。
ボンヤリとしている天地の顔の前に、由美が顔を出した。
鼻と鼻がぶつかりそうだった。
驚いた天地は仰け反り距離をとった。
「な、何?」
「……大丈夫?」
少し間があったが、由美は心配そうに天地を見つめていた。
まだ天地の心臓はバクバク言っている。
何とか気を静めようと深呼吸を何度か行った。
そんな天地に向って昴が言った。
「もうすぐ着くわよ。いつでも戦える状態にしなきゃね」
「……うん」
昴の方を向いて由美は頷いた。
頭痛の残る天地は、フラフラながらも何とか立ち上がり、五龍神を手に取った。
雨の降り頻る海の波は荒れていて、小型ボートが大きく揺れていた。
いつ転覆してもおかしくない。
だが、小型ボートは絶妙なバランスと取りながら、島へと着実に近づいていた。
そして、天地達ハンターと絶鬼達オウガの激闘へのカウントダウンが始まっていた。