第二十七章 悲しい事実
明け方。
船の甲板に一人の少年が居た。
歳は天地達と同じ位だろう。
黒いフードを被り、顔はよく見えないが、茶色い髪がチラチラとフードから見えている。
体格はさほど大きくは無い。
精々、160cm後半と言った所か。
少年はゆっくりと船の先端に歩き出した。
海の向こうに日の光りが見え隠れしていた。
風も強まり、波も高くなっていた。
少年の黒いフードは風で激しく揺れ、船に当たる波が水しぶきを上げて、彼の黒いフードを湿らせていた。
暫く歩いて少年は足を止めた。
そして、ゆっくりと言った。
「何の用かな?」
少年のその言葉で、どこからとも無く10人のハンターが少年を取り囲んだ。
白髪交じりのハンターや金髪に染めた頭のハンターと様々だったが、どのハンターも少年に向って武器を向けていた。
「貴様、ハンターではないな!」
黒フードを被った少年の真正面に立った男が、そう言って槍の刃を黒フードを被った少年の喉元に突き出した。
黒いフードを深く被っているため、表情は見る事は出来ないが、少年の口元には笑みが浮かんでいた。
一瞬、殺気が黒いフードを被った少年から感じた。
周りを囲んだハンター達は、武器を一斉にその少年に向けて突き出した。
だが、その瞬間ハンターの体が、甲板にバラバラに崩れ落ちた。
甲板は真っ赤に染まり、黒フードの少年は顔に飛び散った赤い血を、右手の親指で拭った。
黒フードを被った少年の出したほんの少しの殺気に、船の中にいたハンター達は気付いて甲板に集まった。
もちろん、天地達もだった。
しかし、そこには、十人のハンターの無残に切り裂かれた肉片と、大量の真っ赤な血だけが残されていた。
「クッ!なんて事だ!」
いかにも、ハンターとしての経歴の長そうな、体格のいい40代位の男が、その肉片の前に跪いた。
彼の足には真っ赤な血がベッタリと付着した。
その後、ハンター達はその肉片を処理して、船の中へと集まっていた。
天地・魁人・由美・昴の四人は向い合わせの席に座って、小声で話をしていた。
「十人のハンターを一瞬で倒すなんて、普通じゃ考えられませんよ」
「そうね。魁人の言うとおりだわ」
通路側に座っている昴は、向かいの魁人の方を見ながら頷いていた。
窓際に座っている天地は、窓の外を見ていた。
昨晩とは打って変わって、空はすっかり澄み渡り、海の蒼さが際立っていた。
しかし、波は次第に高くなり、船は大きく揺れている。
そんな天地の顔を由美は心配そうに見ていた。
嫌な予感がしていた。
今回の戦いで天地と会えなくなる様な気がした。
それが、気のせいである事を願っていた。
「ちょっと、二人とも聞いてるの?」
睨みを利かせながら、少し怒りのこもった声で昴はそう言った。
天地はすぐに昴の方を見た。
その瞬間、昴と目があった。
今にも殴りかかってきそうな目つきだ。
殴られるのが嫌だった天地は、一応作り笑いをしながら言った。
「き、聞いてるって……」
「本当に?」
昴の目つきが更に鋭くなる。疑っているのだ。
天地の背中からは冷や汗が流れ出ていた。
まるで、蛇に睨まれた蛙状態になっていた。
その間に入ったのが、神谷だった。
お決まりの黒いスーツ姿にタバコを銜えて、話に割り込んできた。
だが、そのおかげで、天地は鉄拳を喰らわずに済みそうだ。
「最悪の事態だ」
最悪の事態。
天地達には、大体予想がついた。
そして、その予想は的中した。
「この船にハンターの姿に成りすましたオウガがいる」
そんな事が出来るオウガは、憎のオウガだけだ。
人の皮を被り、人間に成りすまし、他の人間を喰らう。
一番質の悪いオウガだ。
絶鬼の差し金だろう。
船の中は重い空気が流れていた。
皆が皆を疑っている。
天地達のすぐ横の席に、黒フードの少年が腰を下ろした。
今まで外に居たのか、フードが濡れている。
天地は何となくその少年が気になった。
「お前らも気をつけろよ。どいつがオウガか判らないからな」
そう言いながら神谷は口から煙を吐いていた。
暫く沈黙が続いた後に、由美がふと何かを思い出した。
「千春……。見かけないね……」
「そう言えば、そうだな」
天地は立ち上がると船の中を見回した。
だが、船の中に千春の姿は無かった。
船が大きく揺れるため、天地はバランスを崩し、窓に頭を打ち付けその場に蹲った。
「だい……じょうぶ?」
心配そうに由美が天地の方を見ていた。
顔を上げた天地は、由美に微笑んだ。
「だ……大丈夫」
そう言いながらも、天地の目は涙目になっていた。
頭を摩りながら、天地は席に座った。
その天地の横で魁人が笑っていた。
「な、何がおかしいんだよ」
「べ……別に……」
少々恥ずかしそうに、天地は魁人を睨んだが、魁人は笑いながらそう言った。
暫く和やかに話をしていた。
その時、隣の座席に座った黒フードを被った少年が動き出した。
ゆっくりと、席を立つと船の外に出て行った。
天地は何か胸騒ぎがした。
「ちょ、ちょっとトイレ行って来る」
そう言って天地は五龍神を手にして立ち上がった。
それを見た昴が不思議そうに訊いた。
「ねぇ、トイレに五龍神を持っていくの?」
「エッ」
一瞬、戸惑った。
確かにトイレに刀を持っていくなんて普通は、おかしいだろう。
何とか、誤魔化そうと口を走らせた。
「いや、トイレで襲われるかも知れないし」
「私……一緒に行こうか?」
「いいよ。一人で行けるから……」
「遠慮……しないでいいよ」
微笑みながら由美は天地に視線を送った。
天地は由美の笑顔に弱かった。
「大丈夫!すぐ戻るから」
そう言い残し、すぐその場を走り出した。
そして、トイレに行くフリをして、裏から外に出た。
外は風が強く、天地は吹き飛ばされそうになった。
「のわっ」
バランスを崩し、フラフラとしながら甲板までやって来た。
船の先端には黒フードを被った少年が立っていた。
黒フードは風で激しく揺れていた。
そして、天地を待っていたと言わんばかりに、大声で言った。
「君は……。気付いているか?」
「?」
全く判らなかった。
彼が何が言いたいのか全く。
天地はゆっくりと五龍神の柄を握った。
だが、天地はすぐに五龍神の柄から手を放した。
後ろから首筋に何か、鉄の様な物が向けられたからだ。
チラッとそれを見た。
それは、千春の雷犬神だった。
それを、見た瞬間に色んな事が頭の中で繋がった。
「まさか!」
「その通り、今君が思ったとおりだよ」
黒フードの少年は微笑みながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。
雷犬神は天地の首筋に触れた。
その瞬間に、血が滲み出てきた。
「君にはここで、死んでもらうつもりでしたが、邪魔が入ったようだ」
千春はジャンプすると、黒フードの少年の隣に移動した。
その二人の視線の先には、息を荒げながら疾風丸を構えた由美がいた。
「ど……どうして……」
「そんな顔しないで……」
黒フードの隣で困った顔をしながら千春が言った。
由美の目には涙が溜まっていた。
船内は慌しくなっていた。
海の中から次々とオウガが船に乗り込んできていたのだ。
黒フードの少年は微笑みながら天地の顔を見ていた。
天地は五龍神を抜くと、黒フードの少年に斬りかかった。
五龍神を握る天地の手には、何の手ごたえも感じなかった。
黒いフードだけが二つに裂かれ、そこに少年の姿は無かった。
もちろん、千春の姿も無い。
黒いフードは、風で宙を舞って行った。
「くっ!」
悔しそうに天地は下唇を噛んだ。
船内は一瞬にして戦場とかし、船内はハンターとオウガの血で染まった。
天地と由美はショックで動けないで居た。
そんな二人に上空から黒いフードの少年の声が響いた。
「君達ハンターは、すでに僕の手の中に居る。
絶鬼様の軍師を務めるこの霧雨 漸が」
蒼い空に浮いた少年はそう言って笑いながら消えていった。
その笑い声は天地と由美の耳にしっかりと残っていた。