第二十六章 船の上で
天地達ハンターは大きな船に乗っていた。
今から絶鬼達と戦いに行くと言う感じの船ではなく、豪華な船だった。
その船には各地から集まったハンター、総勢80名近く乗っていた。
殆どが、天地達より年上で、20代から40代位までだろうか。
天地は由美と二人で船の外にでて、夜の海を見ていた。
空にはどんよりと雲がかかり、月も出ていなかった。
風は強く、波も高かった。
船はその影響を受けて、大きく揺れていた。
「結構揺れるな……」
「……うん」
二人は静かに暗い海を見ていた。
そこに、魁人と昴と神谷の三人がやって来た。
神谷は相変わらず、黒いスーツに口にタバコを銜えていた。
タバコの煙で天地は神谷達に気付いた。
右手を軽く上げながら、神谷が声を掛けた。
「どうした。暗いぞ」
「それは、夜だからだ」
「いやいや……。雰囲気がって事だ」
笑いながら神谷はそう言った。
そんな事、天地はわかっていた。ただ、神谷の側に居たくなかった。
その理由はタバコの匂いだ。
天地はタバコの匂いが嫌いだった。
神谷も手すりに手をかけて、海を眺めた。
暗くどこまでも続く海の先を見つめていた。
天地も魁人も神谷も由美も昴も不安だった。
その気持ちはどのハンターも同じだ。
だから、口には出さないでいた。
五人は黙って流れる景色を見ていた。
冷たい風が、五人の間をすり抜けていき、船に当たる激しい波が水しぶきを上げていた。
神谷は体を振るわせた。
「それじゃあ。俺はそろそろ部屋に戻るから、お前らも風邪引かない程度にな」
そう言い残して神谷は、そそくさと部屋に戻っていった。
その後も、四人の間には沈黙が続いていた。
暫く続いた沈黙を破ったのは、由美だった。
「……ねぇ」
天地には何が言いたいのかわかった。
だから、すぐに答えた。
「ああ……。皆、無事に帰ってこれるさ……」
その言葉に、魁人も昴も頷いた。
すると、由美がポケットから何かを出した。
色違いのお守りの様だった。
それを、三人に渡した。
「……お守り。皆が……無事戻って来られる様に」
「お守りか……。効果あるのか?」
天地は疑いの目でお守りを見ていた。
そんな天地に昴の鉄拳が飛んだ。
「ぐはっ」
天地はその場に倒れたが、すぐに体を起こして怒鳴った。
「何すんだ!」
「せっかく、由美が作ったお守りなのに、そんな事言うから!」
「冗談じゃないか!この場を和まそうと……」
そう言うと、三人の顔から笑いが溢れた。
何で笑ったのわからないが、天地も一応笑った。
暫く、四人は今までの事を振り返ってた。
初めて由美と会った学校裏の森の奥での事。
この時は、本当に嫌な奴だと天地は思っていた。
哀のオウガとの戦いで苦戦した事。
由美がやられて、天地一人で三体のオウガと戦った。
火龍神が目覚めなければ、どうなってたか……。
風邪でダウンしてた日の事。
大浴場で湯船に浸かるはずが、まさかの由美がいたため、天地はそのせいで風邪を引いたようなものだった。
その次の日、天地は初めて由美の笑顔を見た。
神谷と魁人と昴との出会った時の事。
凄まじい殺気を放っていたオウガを、一撃で倒す力を見せ付けた神谷と魁人。
この時は、天地も驚かされた。
全てを破壊する鬼、絶鬼が現われた日の事。
学校に突如現われた白髪の色白の肌の少年。彼が、絶鬼だった。
天地達に力の差を見せつけ、天地は右腕を大怪我させられた。
寮がオウガに囲まれて大変だった事。
天地と由美が戦えず、魁人と昴の二人で寮の周りのオウガと戦った。
この時、由美がいなくなり、天地は裕二と由美を探し回った。
阿修羅が現われ、由美が死に掛けた時現われた、蒼き龍の事。
右腕を負傷しながらも、天地は五龍神で阿修羅と戦った。
そんな天地をかばう様に、由美が阿修羅の槍に刺された。
蒼き龍が現われなければ、由美とはもう会う事ができなかっただろう。
遊園地で出会った雷犬神の持ち主、千春の事。
一人だけ、荷物持ちをさせられ、置き去りにされた天地の前に現われたのが、千春だった。
憎のオウガが現われ、死人をゾンビに変えて襲ってきたが、武器を持っていない天地と魁人は逃げ回るだけだった。
その時に、千春の稲妻がオウガを貫いたのだ。
突然変異で現われたオウガと戦った事。
怒のオウガと哀のオウガの力を併せ持った少し変わったオウガだった。
この時は、天地もやられてやばかったが、何とか魁人が倒してくれた。
その後にあった、水鮫神の暴走と由美が帰ってきた時の事。
魁人の持つ水鮫神が暴走し、天地や昴に襲い掛かってきた。
天地も火龍神で対応したが、水との相性が悪くあえ無く力尽きた。
そんな時に現われたのが、由美だった。
そして、雨の日の林の中で出会った青髪の夜叉との戦いの事。
阿修羅と違う気配を漂わせる変わったオウガ。
林の中には様々の罠があり、魁人も昴も千春も罠にかかって捕まってしまう。
天地は夜叉と一対一で戦ったが、邪魔が入り結局決着はつかなかった。
そんな中、魁人達を助けたのは謎の少年だった。
未だに名前は知らないが、多分この船に乗っているだろう。
色々な事があった。
思い出すと、本当に限が無かった。
「色々あったね……」
「ああ。そうだな」
魁人の言葉に天地がそう言った。
暗い海を見ながら四人の顔は笑顔だった。
「……大変だったよね」
「まさか、こんなに沢山のオウガと戦うとはな……」
「私……。結構……足引っ張ったね……」
「そんな事ないよ。由美だって、頑張ってるんだから、オウガが強くなってるだけよ」
昴はそう言って由美を励ました。
微かに微笑みかけた由美は小声で言った。
「ありがとう」
でも、その言葉は風の音と波の音で掻き消され、誰の耳にも届かなかった。
「僕はそろそろ、部屋に戻るよ」
「そうだな。俺も戻るかな。まだ、鬼ヶ島まで着きそうに無いし……」
「天地、鬼ヶ島は無いでしょ?桃太郎じゃないんだから」
そう言って昴が冷やかな視線を送った。
しかし、天地はそんなのお構いなしで、笑い声を上げていた。
「それじゃあ。オヤスミ」
魁人はそう言って由美と昴に手を振った。
「おやすみ。また、明日ね」
ゆっくりと昴は魁人に手を振った。
欠伸をして、天地も歩き出した。
「明日も早いんだ。寝坊するなよ」
「天地と……一緒にしないで……」
「そうよ。あんたこそ、寝坊しないでよ!」
天地の言葉に、由美と昴が言った。
笑いながら天地は自分の部屋に戻った。
「私たちも……戻ろうか」
「そうね。天地の言う通り、明日も早いし……」
二人も、自分の部屋に向って歩き出した。
本当に静かで、波の音と風の音だけが響いていた。
これが、嵐の前の静けさだろう。
そして、着実に船は絶鬼のいる島に近づいていた。