第二十五章 残り一ヶ月
世界の崩壊まであと一ヶ月――。
オウガ達は行動を活発させて、人々は恐怖に怯えていた。
何度か、ハンターが絶鬼の居る島に入り込んだが、絶鬼の姿を見る事無く消えていった。
「あと一ヶ月か……。結局、誰も僕の所まで辿り着かなかったな……」
バルコニーから蒼く煌く海を絶鬼は眺めていた。
と、絶鬼の背後に阿修羅が現れた。
阿修羅は膝まづき絶鬼の背中を見た。
「絶鬼様。近頃、獲物が減り城内が張り詰めております。
そろそろ、人間共を喰らい尽くしに……」
「駄目だよ。約束は一ヶ月後だよ」
「しかし……」
何かを言おうとしたが、鋭い目つきで絶鬼が睨み、言葉を飲み込んだ。
そして、絶鬼はゆっくりとした口調で、阿修羅に部屋を出るように言った。
部屋を出ると、夜叉が壁にもたれたまま立っていた。
「夜叉か……」
「絶鬼殿と何の話を?」
「貴様には関係のない話だ」
「そうか……」
そう言って夜叉は壁から体を離して、長い廊下を歩き出した。
阿修羅はその背中を睨んでいた。
城内の大木の枝の上に天邪鬼が寝そべっていた。
青々と茂る木々の葉の間から、日の光りが差し込んでいた。
緩やかに流れる風が木々の葉をざわめかせた。
そんな木の下に悪鬼がやって来た。
木の枝の上に眠る天邪鬼を見上げた。
その気配に気付いた天邪鬼は体を起こした。
「天邪鬼……。見回り……サボるな」
悪鬼のその言葉に天邪鬼は鼻で笑った。
「フッ……。悪いが、俺は誰の指図も受けない」
「なら、なぜここに?」
「ここにいれば、何かと楽だからな」
「そうか。それじゃあ、俺は見回りに行く……」
悪鬼はそう言い残し、去っていった。
木の枝の上で、欠伸をして天邪鬼はまた眠りについた。
綺麗で頑丈に出来た城の門の前には、密迹と那羅延の二人が立っていた。
真っ直ぐ海に続く道を二人は見ていた。
「獲物がこんな……」
「仕方ないさ。まぁ、あと一ヶ月すれば、食い放題さ」
「そうだな。楽しみだ」
そう言いながら二人は笑っていた。
その頃、天地達が居なくなった町では、沢山のオウガ達が暴れまわっていた。
修行をすると言い、神谷が天地達五人を連れて行ったのだ。
そのせいで、オウガ達に好き放題させられていた。
「くっそー。早く戻って来いよ」
寮では裕二と歩美が管理人の部屋に隠れていた。
管理人の部屋の周りには、オウガが入り込めないように決壊陣が張られていた。
だが、その決壊もいつまで保つか分からなかった。
「ねぇ、魁人達がハンターって本当なの?」
「まぁな……」
「そっか……」
ため息を吐き暗い表情の歩美に裕二は何の声もかけることが出来なかった。
電気も消して暗い部屋に祐二と歩美の二人だけ。
外ではオウガ達の暴れる音が響いていた。
その時、部屋のドアが激しく揺れた。大きく激しく。
「オウガか!」
「ど、どうするの?」
声を震わせながら歩美はそう言った。
暫くドアは揺れていたが、急に静かになった。
そして、ドアが開いた。
「大丈夫か?」
その声と共に天地が入ってきた。
裕二も歩美も天地を見ると安心して座り込んだ。
「オイオイ……。どうしたんだ?」
「何か安心してな……」
裕二がそう言って半笑いしていると、隣にいた歩美が叫んだ。
「か、魁人は?」
「知らないな。修行って言っても、皆別々だったからな」
「そう……」
ため息交じりにそう言った。
不満そうな顔をしながら天地は言った。
「俺より魁人の方がよかったのか?」
「別に……」
ふてくされながら歩美はそう呟いた。
町中に漂うオウガ達を退治するために、天地はすぐに寮を出ていった。
寮を出て街道を走りながら、五龍神で人々を襲うオウガを切り裂いていった。
市街に出た天地は一人の少女を発見した。
後姿だが、身長が低く肩まで伸ばした黒髪。
腰には刀がぶら下がっていた。
天地は足を止めて彼女の方に声を掛けた。
「お前……」
声に気付き彼女が振り向いた。
「由美!」
「……天地」
「お前、髪切ったのか?伸ばしてた方がよかったぞ」
「邪魔……だったから」
「邪魔だったって……」
呆れながらも天地は嬉しかった。
由美が無事だった事が。
ゆっくり話しがしたかったが、そんな状況では無かった。
「それじゃあ。ここは、任せるぞ」
「……うん」
天地は由美と別れて住宅街にやって来た。住宅街は静かでオウガの居る気配がしていなかった。
そこには、一人の少年と一人の少女が居た。
ボロボロの服装のその少年は右手に槍を持っていた。
少女の方は綺麗な身だしなみで、弓を左手に持っていた。
後姿だが一目見てそれが誰かわかった。
「魁人!昴!」
二人はその声を聞いて同時に振り向き叫んだ。
「天地君」「天地」
二人は同時にそう言って天地に駆け寄った。
「何だ。二人とも変わらないな。当たり前か、二ヶ月じゃ変わらないよな」
「そうよ。二ヶ月で変わったら凄いわよ」
「まぁな」
「寮には戻った?」
「ああ、戻ったよ。歩美が会いたがってたぞ」
「そうなんだ」
トーンの低い声で魁人はそう言った。
何か元気の無い魁人に天地は首を傾げた。
「どうした?そんな暗い顔して」
「いや。元気だったんならいいんだよ」
「会わないのか?」
「ああ。今会えば気持ちが揺るぐし、絶鬼との戦いで命を落とすかもしれないし……」
暗い表情でそう言って俯いた。
その隣で、昴も寂しげな顔をしていた。
やはり、魁人と同じ理由だろう。
それを察し、天地は何も言わなかった。
暫く沈黙が続いていたが、魁人が何かを思い出した。
「そうだ。さっき、神谷さんから連絡があって、今夜港に集合だそうです」
「今夜か……」
「えぇ、他のハンター達も集まっているみたいよ」
「いよいよ。絶鬼との総力戦か……」
怖かった。本当にあの絶鬼に勝てるのかという不安からだった。
もちろん、天地だけじゃない。他のハンター達も皆同じだ。
「それより、由美と千春にこの事伝えなくていいの?」
「そうだな。確か、由美は市街に居るよ。
あっちはまだオウガがウヨウヨいるから、そっちを任せるよ。
俺は千春を探すから」
「わかった。それじゃあ、今夜港で」
「ああ……」
天地はそう言って魁人と昴と分かれた。
住宅街を抜けて、人通りのない裏道の方に出た。
そこには、大きな剣を振り回した少女がいた。
それが千春だとわかったが、何だか雰囲気が変わっていた。
「ち…はる……だよな?」
千春は振り返り天地に気付いた。
ゆっくり雷犬神を下ろし天地に言った。
「久しぶり。元気でした?」
「えぇ……。元気だったけど……。何か変わったか?」
「そうですね。修行で一皮剥けたって所ですかね?」
「そ…そうなのか?」
「えぇ」
明るく微笑んだ。
「それより、今夜港に集合らしいよ」
「わかりました。今夜港ですね」
「ああ。それじゃあ、ここは任せるよ」
「はい。今夜、港で」
微笑みながらそう言うと裏道の奥に走っていった。
一応、千春に港に集まるという事を伝えた天地は、市街に戻る事にした。
天地が市街に戻ってきた頃には、オウガはいなくなっていた。
呆気に取られている天地を見て、魁人と由美と昴の三人が歩み寄ってきた。
「おどろいてるようだね?」
「そりゃな。あんなに沢山いたのに……」
「私達だって、強くなったのよ」
「でも……遣り過ぎて……疲れた……」
疾風丸を鞘に収めながらそう言った。
足元がふらついている事から、かなりの体力を消耗していると分かった。
魁人も昴もそうだった。
体力をかなり消耗していた。
「それじゃあ、僕と昴は神谷さんと合流するよ」
「由美と天地は寮に戻るなり、二人っきりで話をするなり、好きにしてて良いわよ。
でも、時間は忘れないでよ」
「わかってるさ。裕二と歩美に伝える事はあるか?」
魁人と昴はその言葉を聞いて動きを止めた。
暫く沈黙が続いたが、魁人が口を開いた。
「伝える事か……。全てが終ったら会おうで良いかな?」
「俺に聞くなよ。自分で考えろ」
「じゃあ。さっきのでいいよ。あと、僕は元気だって伝えといて」
「わかった。昴はどうする?」
天地が昴の方を見た時には、昴の姿が無かった。
魁人は首を振りながらため息をついた。
仕方なく、天地と由美の二人と魁人は別れた。
天地と由美は寮に戻ると、裕二と歩美に魁人と昴が戻らない事を伝えた。
歩美は泣くかと思っていたが、泣かなかった。
結構意外だった。
そして、夜。
大勢のハンターが港に集まった。
そこに、天地達の姿もあった。