第十九章 暴走と帰ってきた風
裏道には魁人の笑い声が響いていた。
それを見た瞬間、昴は背筋がゾッとした。
「まさか!暴走してるの!」
「暴走?違うな・・・・・・」
そう言いながらゆっくりと昴と千春の方に歩き出した。
そして、ゆっくりと語りだした。
「暴走は、自分の力を制御できずに起こる現象だ。
今は俺自身がこいつの望む力を引き出しているんだよ」
「どういう事ですか?」
千春は複雑な表情で昴の方を見た。昴は厳しい表情で魁人の方を見ながら千春の質問に答えた。
「水鮫神は時々暴走するのよ。しかも、質が悪くて持ち主の意識を乗っ取るのよ」
「それじゃあ、今は魁人さんの意識は無いんですか?」
「えぇ、今は完全に水鮫神に乗っ取られてるわ」
風鳥神を構えると風の矢を引き、魁人の方をにらみつけた。
表情を変えず、魁人は昴を挑発した。
「お前に撃てるのか?」
「撃てるわよ!」
風の矢を何発も放ったが、全ての矢を水鮫神で弾かれた。
小さく舌打ちした昴はもう一度、風鳥神を構えて大きな風の矢を魁人に向けた。
凄まじい風が辺りを取り巻いていた。
魁人はゆっくりと腰を下ろして水鮫神を引いた。水鮫神の周りには水が集まり渦巻いた。
二人は構えたまま対峙していた。
先に動いたのは昴だった。
「射抜け!大燕!!」
大きな風の矢は魁人に向って一直線に飛んでいった。
しかし、魁人は一向に水鮫神を引いたままだった。そして、大きな風の矢が水鮫神の刃先に触れた瞬間に叫んだ。
「噛み砕け!!水牙鮫!」
水鮫神を突き出すと、大きな風の矢は裂けてそよ風となって魁人に届いた。
水鮫神に集まった水の渦は鮫の形に変化し、昴と千春に向かっていった。
二人は動く事が出来なかった。その場で、目を閉じた。
しかし、爆音と爆風だけが二人の間を抜けた。目を開くと、目の前には真っ白な蒸気だけが残っていた。
「はぁ・・・はぁ・・・・・・」
魁人の後ろで、息を荒げながら天地が立っていた。その手には火龍神が握られていた。
炎裂弾で水牙鮫を相殺したのだろう。ゆっくりと天地の方を見て笑った。
「まだ、立てたのか」
「今すぐ魁人の体から出ろ!」
「悪いな。今は俺の体だ」
「なら、力ずくでも追い出す!」
そう言って天地は魁人を睨んだ。闘志が体から溢れ二人は対峙していた。
二人の闘志が激しくぶつかり合い、昴と千春は何もする事が出来なかった。
火龍神の刃は燃え盛る炎に包まれ、水鮫神の刃には水の膜が張っていた。
何か嫌な予感のした昴は一応、結空陣を張った。
その瞬間、天地と魁人が同時に地を蹴りぶつかり合った。
火龍神と水鮫神が、ぶつかり合うと白い蒸気が出ていた。
先程とは打って変わって、互角の攻防を繰り広げていた。リーチの違いを感じさせなかった。
「す、凄いですね・・・・・・」
「そ、そうね・・・・・・。私達には手が出せないわ」
激突する天地と魁人を離れた場所から見ていた。離れているのに、火龍神と水鮫神がぶつかり合うと起こる熱風が、二人の所まで届いていた。
火龍神から出る熱気からなのか、疲れなのか天地は汗だくだった。
一方の魁人は額から汗が出ているだけで、顔色一つ変えなかった。
「どうした?汗だくだぞ」
「だ・・黙れ・・・・・・」
苦しかった。立っているのが辛く、腕が重かった。目は霞み始めた。
だが、ここで止める訳にはいかなかった。何としても魁人の中から水鮫の力を出すために。
天地は重い体を必死に動かして魁人を攻め立てた。
しかし、火龍神の刃を取り巻いていた炎の勢いは、明らかに弱まっていた。
「そろそろ、終わりかな?」
そう言うと魁人は腰を落として水鮫神をゆっくりと引いた。水鮫神の周りには水が渦巻き始めた。
天地も何とか反撃しようとしたが、炎を思うように集める事が出来なかった。
「だめ!このままじゃあ、天地が!!」
「どうしましょう!」
「こうなったら!」
風鳥神を構えて風の矢を構えた。そして、魁人目掛けて何発もの風の矢を放った。
水鮫神に水を集めたまま魁人は全ての矢を叩き落し、昴と千春の方に体を向けた。
「邪魔をするなら、お前達からしまつしよう!」
「ま、待て!」
思うように動く事の出来ない天地は、そう言うと同時に地面に膝をついた。
体が重く、力が入らずもう立つ事も出来そうに無かった。
大量の水の渦が水鮫神に集まっていた。
「噛み砕け!大水牙鮫!」
水鮫神を突き出すと同時に、水の渦は鮫の形に変わりそのまま昴と千春に向っていった。
風の矢を何本も放ったが水の鮫には効果がなかった。
今度こそ、二人は駄目だと思った。大きな鮫の口が目の前に来た時、二人は目をつぶった。
その時、突風が吹き大きな水の鮫が消滅した。
「また、邪魔が入ったか・・・・・・」
昴と千春の後ろの人影に目をやった。そこには、髪の長い蒼いワンピースの少女が立っていた。
少女の右手には刀が抜かれていた。
昴と千春はその人物を見た。天地も遠退く意識の中、その少女を見た。そして、それが由美である事がわかった。
天地は由美を見た途端に、意識が無くなり倒れた。火龍神は五龍神に戻り地面に落ちた。
「も、もしかして・・・・・・」
「誰ですか?」
千春はそう言って昴の顔を見た。ゆっくりとした口調で昴は言った。
「ゆ・・・み・・・・・・?」
微笑みながら昴を見た由美はゆっくりと歩き出した。
「何だか・・・・急に変わっちゃったね・・・・・・。
私が・・・・居ない間に・・・・・・」
疾風丸を構えながら、ゆっくりと昴と千春の間を通り抜け、魁人の前に出た。
魁人の後ろに倒れている天地の姿を確認すると、小さく呟いた。
「やっと・・・・・・帰ってきたよ」
魁人はゆっくりと腰を下ろして水鮫神を引いた。水鮫神に水が集まり渦巻いた。
由美は目を閉じて、疾風丸を顔の前に構えた。疾風丸の刃の周りに風の吹き荒れた。
二人は対峙したまま、動かなかった。目を閉じたままの由美に向って、魁人が動いた。
「噛み砕け!水牙鮫!」
水鮫神を突き出すと、水は鮫の形に変化して由美に襲い掛かった。
ゆっくりと目を開いた由美は、風の吹き荒れる疾風丸を構えなおした。
「貫け!疾風一点!」
水の鮫目掛けて、由美は疾風丸を突き出した。疾風丸を取り巻いていた風が、槍の様に水の鮫を貫いて、魁人に向かっていった。
風の槍は徐々にスピードを上げて、一瞬にして魁人の右肩を捕らえた。
右肩から血しぶきが舞い、魁人は後ろに吹き飛んだ。そして、壁に体を打ち付けると、気を失った。